29話 傍にいてよ
「やっと見つけた……」
荒く息をつきながら俺は呟く。
こころが居そうな場所を手当たり次第回ってみたが全く見つからなかった。
それがまさか屋上にいたとは。
「来るの、分かってた」
俺に背を向けながら、こころは言葉を零す。
「そうなのか?」
「留衣、私のことよく見てるし。話をするなら人気のないところがいいかと思って」
だから屋上にいたのか。
話し方からしても、俺がどういう話をしたいのか分かっているのだろう。
「お前の様子が気になったんだ。いつもと、違うような気がしたから」
「違った?」
「上手くは言えないけど、声が震えてたような気がしたんだ。だから、何かあったんじゃないかと思って」
「……心配させた?」
「まぁ、そうだな。心配したよ」
最近こそ色々な表情を見せてくれるようになった彼女だが、それでも声が震えている程の変化に気づけない俺じゃなかった。
一緒にいなかったとはいえ、何の前触れもなく声を震わせていたのだから心配もする。
「きっと何かあったんだろ? 話せるなら、話してくれないか?」
俺が語りかけると、こころはゆっくりとこちらへ振り向く。
その頬は紅潮しており、濡れていた。
「……私、留衣とゆうひの間で何があったのか、知っちゃったんだ」
「えっ?」
「申し訳ないとは思ってたけど、それでも……留衣とゆうひの後を、ついていってた」
思わず目を見開いてしまう。
ということは夕陽が俺に告白をして、俺がその返事に悩んでいるということを知っているのか?
確かに、棒引きが終わってから俺たちはそのことについて会話をした。
頭が切れて察しのいいこころであれば、会話の節々から俺たちの間に何があったのか、ある程度予想を立てることは出来るだろう。
「留衣を助けられたのも、そのせい。私が留衣とゆうひの後をつけていたから」
「その件に関しては、ありがとうな。こころが来てくれなかったら、きっと滅茶苦茶にやられてた」
「助けられてよかった。私も、留衣が傷つく姿は見たくないから」
お互いに微笑み合う。
張り詰めていた空気が少しだけ和んだような気がした。
「何年か前にも同じようなことがあったよな。留衣が私のことを庇ってくれて」
「っ――」
「私、男を前にすると動けなくなっちゃってさ。そんなとき、留衣が私を庇うようにして立ち塞がってくれたんだ。でも、留衣はその男に突き飛ばされて、傷つけられそうになって。そんな留衣を見てるうちに不思議と体が動いてて、気づけば男を追っ払ってたんだよな」
「……あぁ、そうだな」
中学三年生の話だ。
あの時、俺はこころを守ろうと男に立ち塞がって、見事なまでに返り討ちにあった。
酷い話だ。
俺がもっとしっかりしていれば、返り討ちに合うことはなかったのに。
守ろうとして、何も出来なくて。
あの時から俺は何も変わっていない。
一人の少女すら守れないような、何の価値もない人間。
そんな俺のことを、どうして夕陽は好きになったのだろう。
そんな俺の傍に、どうしてこころは居たがるのだろう。
「私、辛かったんだ。留衣とゆうひが付き合うかもしれないって知って」
「どうして……」
「だって、私には留衣しか――」
「それじゃ理由にならないだろ!」
「っ!?」
思わず、声を荒らげてしまう。
自分の惨めさが苦しくて、こころのことを考える余裕すらもなくなっていく。
「る、い……?」
「こころだったら、俺に固執しなくてもたくさんの人たちと仲良くなれる! 信じられる人がたくさん出来る!」
今はただ親を亡くした過去を引きずっているだけ。
本当の彼女なら、もっとたくさんの人と繋がれるんだ。
「で、でも……」
「第一、どうしてそんなに俺に固執するんだよ! 俺には何もない! 頭の良さも、優しさも、こころを守れるだけの強さだってありゃしない! だからこころの
「違う!!」
「っ……!?」
こころの悲痛な叫びが俺の胸を刺す。
ふと我に返り彼女を改めて見つめると、彼女は鼻を
「確かに留衣は頭が良くないかもしれない。私を守る強さがないかもしれない。でも……それでも、私は留衣の傍にいたい!」
「どうして……」
「留衣が留衣だからだよ!」
「俺が、俺だから……?」
それは一体どういう意味だ?
興奮し過ぎたせいか、思考が上手く巡らない。
俺が問い返すと、こころはコクリと頷いて話を続けた。
「頭が悪いところも、弱いところも、全部留衣なんだよ。留衣だから、傍にいたいんだよ。留衣が傍にいてくれないと、私が私じゃなくなっちゃうんだよ」
「こころ……」
「だから、傍にいてよ。私と一緒にいてよ。私は……留衣がいいんだよ」
こころの目尻から涙が溢れ出しては、次々と頬を伝い落ちていく。
その姿を見ているうちに、何故か目の前が滲んできた。
そうして気がつけば、俺はこころを抱き締めていた。
「留衣……?」
「……傍に、いるよ」
「えっ?」
「もうどこにもいかない。俺はこころの傍にずっといる。……俺も、こころの傍にいたいから」
「……留衣!」
こころの嗚咽が耳元で鳴り響く。
俺はそれを聞きながら、彼女の背中を優しく擦った。
もう迷わない。
俺は、こころの傍にいる。
俺の生きる意味を、こころがつくってくれたから。
こころの傍なら、俺は生きる意味を見出すことが出来るから。
俺も、こころの傍にいたいから。
だから――。
俺はこころを慰めながら、静かに決意するのだった。
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