27話 あの時と同じ
――体育祭。
普段の俺なら、リレーやら棒引きやらが怠いとか言ってテンションを下げていただろう。
確かに今俺はテンションが低い。
だが、前述が主な理由ではなかった。
「留衣?」
聞き慣れた声が耳朶を叩く。
左隣に目をやると、そこには登校を共にしているこころが俺の顔を覗き込んでいた。
「体育祭だからそんな暗いのか?」
「……まぁ、そんなところだ。お前は嫌じゃないのか? 体育祭」
「私は体を動かすこと自体は嫌いじゃないからな。目立つのは嫌いだが、案外ワクワクしてるぞ」
薄っすらとだが笑みを浮かべているのは彼女が前を向き始めている証拠だろう。
「動ける人はいいよな。俺なんか運動神経がないことに加えて体力もないし……」
「骨は拾ってやる」
「よろしく頼む」
「冗談のつもりで言ったんだが……」
微妙な表情で困惑しているこころに「俺も冗談だよ」と返しながら苦笑を浮かべる。
やっぱり彼女と他愛もない話をするのは楽しい。
夕陽への返事のことで沈んでいた気持ちもいくつか明るくなった。
……彼女へ、どういう答えを返せばいいのだろう。
正直に言えば、俺は彼女を異性として好きになれる自信はある。
彼女の誰にも曲げることの出来ない正義感や、他者を優しく包み込む慈愛に満ちた心に惹かれているのは事実だ。
でも、そんな彼女の隣に俺がいてもいいんだろうか。
人としてたくさんの魅力がある彼女の恋人に、俺なんかがなっていいのだろうか。
何も取り柄のない俺が……。
「……留衣?」
不安げな色を滲ませる声に俺はハッとする。
「ごめん。先に学校行っててくれないか? 少し考えたいことがあって」
これ以上こころに心配かけるわけにはいかない。
だけど暗い顔をするのはきっと避けられないだろうから、彼女には申し訳ないが嘘をついて先に行ってもらおう。
今は一緒にいるよりも、その方がお互いに気を遣わずに済む。
「……分かった」
俺の言葉に頷いたこころは駆け足で学校を目指したが、すぐに足を止めてこちらに振り返る。
その瞳は、とても心配そうに俺を捉えていた。
「何かあったら言え。話くらいならいつでも聞いてやるから」
「分かった、ありがとう」
こころはまだ何かを言いたそうにその場で口を閉じていたが、やがて向き直ると走って学校に行った。
◆
「――結局、勝てなかったですね」
棒引きを終えた俺は夕陽とともに校内へ戻ってきた。
廊下を歩く中、隣で彼女が苦笑まじりに呟く。
「俺がもう少し動けたら、あの一本くらいは持っていけたんだろうな……」
「確かにあれは惜しかったですけど、少なくとも留衣君一人のせいではないですよ。棒引きは周りの人と息を合わせることで個々の能力以上の力を発揮出来ますから。……まぁ、今回はあと一歩足りませんでしたけど」
一ヶ月の練習期間があったとはいえ、練習できる回数や質にも限界がある。
夕陽の言う通り、俺たちのグループは夕陽を中心にして一生懸命練習してきた。
動きを見る限り、他のグループもきっと俺たちと同じくらい練習したのだろう。
だからこそ、やはり最後に勝負を分けるのは個々の能力なのだ。
その差が明白になるから、俺は体育祭が嫌いだ。
「とにかく、留衣君一人のせいではないです!」
「ありがとう」
前のめりで必死に訴える夕陽の姿に思わず笑みが零れてしまう。
彼女からの告白があったから距離が
体育祭は勿論嫌いだが、思ったより嫌に感じなかったのは彼女の存在があったからだろう。
改めて、彼女が一緒のグループでよかったと思った。
「……にしても、夕陽は本当にいつも通りだよな。気まずく感じたりしないのか?」
「告白」という言葉を口にするのが憚られたので伏せたが、夕陽にはその言葉がなくても伝わったらしい。
俺の顔を覗き込んで、夕陽は俺に問いかけてきた。
「留衣君は気まずいですか?」
「……正直、な。今だって、返事をどうするかまだ迷ってる」
「迷ってるってことは、まだ可能性があるってことですよね?」
「まぁ、そういうことになるな」
俺の答えを聞いた夕陽はニコリと微笑むと、体制を元に戻して前を向いた。
「なら、私はいつも通り接するだけですよ。私も少し気まずいですけど、それで変に躊躇いでもしたら留衣君に気を遣わせると思いますから。ただでさえ迷惑をかけているのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません」
「夕陽……」
彼女は自分と折り合いをつけて、後ろ向きな考えを持ちつつも前を向いて行動している。
折り合いもつけられずどんどんネガティブになる俺とは真逆だ。
だから尚更、俺でいいのかと思ってしまう。
でも彼女が俺と付き合うことを望んでいるなら……付き合ってもいいのだろうか?
「あれ、古川じゃん」
思考を巡らせていると前方から声が聞こえてくる。
夕陽の名字を呼んだのは、俺よりも少し背の高い男子生徒だった。
「……吉沢、君」
前方の男子生徒を認識した夕陽は顔を渋らせる。
対して夕陽が「吉沢」と呼んだ男子生徒は、夕陽を
「何、隣にいるの彼氏? お前一年の彼氏連れてんの? 同級生じゃ手も足も出ないから後輩を狙ったのか?」
「それ……は……」
夕陽を罵る様々な言葉が吉沢の口から溢れ出てくる。
その言葉に、夕陽は怯えた様子で俯いていた。
彼女の今にも泣きそうな姿を見て、俺は思わず間に割り込んだ。
「おい」
「あぁ? んだよ、古川を守ろうってのか? かっこいい彼氏さんだな」
「夕陽はアンタに何かしたのか? だからそんなに言うのか?」
「別に、ただ単に気に入らねぇだけだよ」
鼻で笑いながら話す吉沢。
こんなのがいるから、夕陽は不登校になったのだろう。
母親のために夕陽は頑張ったのに……こいつのせいで。
「ふざけるなよ」
「ふざけてんのはどっちだよ」
その瞬間、俺は吉沢に肩を思い切り押されて後ろにいる夕陽を巻き込みながら倒れ込んでしまう。
夕陽の上に倒れ込むのは何とか避けたものの、状況は圧倒的にこちらが不利だった。
「一年が三年に勝てるわけねぇだろうが」
ドスの効いた声で吐き捨てた吉沢は拳を握りしめて振りかぶる。
……あの時と同じだ。
守ろうとして、何もできなくて。
一度運良く助けられただけで、俺は結局あの時と何も変わっていなかった。
もしあいつがこうして暴力を振るってきたら、あいつはあの時のように俺を守ってくれたんだろうな。
吉沢は速度をつけて振りかぶった拳を振り下ろそうとする。
殴られることを覚悟して俺は歯を食いしばったが、体に痛みが走ることはなかった。
その代わりに、声が聞こえてきた。
「さぁ、それはどうだろうな」
声の主は、銀色の髪をなびかせながら拳を振り下ろそうとする吉沢の手首を掴んでいた。
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