25話 自分に正直に
「やっぱり辛いな……」
グラウンドで棒引きの練習を終えた俺は膝に手をついて上がった息を落ち着かせる。
一週間くらい前からグループを超えての交流練習が始まっていたが、一向に慣れる気配がない。
普段から運動していない俺が悪いのだが、それでも自分の適応能力のなさに戦慄すらしていた。
本番は今よりももっと混戦になるだろう。
俺、もしかしたら死ぬかもしれない……。
「――留衣君」
先を見据えて絶望していると、不意に後ろから最近よく聞く声が響いた。
後ろを振り向いて、俺はまだ整わない息のまま口を開いた。
「夕陽か……どうした?」
「だ、大丈夫ですか? 大分辛そうですけど」
俺を見た夕陽は心配げな言葉を発すがその実、
「悪かったな、体力がなくて」
「別に責めてるわけじゃないですよ……まぁ、体力が致命的にないのは否めないですけど」
「おい後半」
わざわざ間を開けてまで付け足すことじゃないだろ。
それに関しては俺が一番よく分かってるし。
あと致命的にって言うな。
色々とツッコみたかったが、夕陽の言う通りなのでそれ以上は何も言えなかった。
「冗談ですよ」
「本当かよ……」
「というよりも、私が話したいのはそこじゃないんです」
「そうなのか?」
話の流れから察するに俺をからかいに来たのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
俺が疑問符を浮かべれば夕陽は周りを気にするように視線を動かしたあと、俺に顔を近づけて小声で話し始めた。
「この後、時間ありますか? この前の話の続きがしたいんですけど……」
「この前の話の続き、か」
ということは、あれから何か進展があったのだろうか。
「分かった。俺は大丈夫だぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ、ちょっとこっちに来てください」
そうして俺は夕陽に連れられてグラウンドを後にする。
その最中、俺はいい方向に進展していてくれと願うばかりだった。
◆
とりあえず人が来なさそうな空き教室に入り、俺は隅に固めて置いてあった机の上に、夕陽はその隣から引っ張り出してきた椅子にそれぞれ座った。
「んで、あれから進展はあったのか?」
「はい。留衣君に言われた通り、私はお母さんに最近の趣味を話しました。小説の話だったり、趣味とは違いますが、最近同じクラスの友達が出来たことだったり。そしたら私、話すのが楽しくなっちゃってついつい言葉を捲し立てちゃったんです」
「へぇ、意外だな」
思わず目を見開いてしまう。
いつもは穏やかな彼女が言葉を捲し立てている姿は想像しにくい。
でも、分からなくはなかった。
俺やこころも好きなことを話すときはついつい興奮してしまうからな。
「今まで好きなことを誰かに話すことがなかったので、私も正直驚きました。ついつい自分の世界に入りすぎてしまったんですけど、お母さんが私の話を嬉しそうに聞いてくれたことだけは鮮明に覚えています」
「嬉しそうだったか」
「はい。私の趣味のことを何も知らないはずなのに、その時はまるで自分の好きなことの話を聞いているかのように嬉しそうに聞いてくれました」
そんな母親の話を俺に話す夕陽の顔には嬉しそうに笑顔が咲いている。
どうやらいい方向に進展してくれたようだった。
「俺がどうして趣味の話をしろって言ったか分かったか?」
「まだ一回だけですから確証はないですけど、きっと分かったと思います」
夕陽は席を立つと窓を開けた。
そこから日差しで火照った体を冷ますような涼しい風が入ってくる。
「私はお母さんのためにと苦手だった勉強を頑張って、特待生としてこの学校に入学しました。でも、きっとそれはお母さんが望んだことじゃなかったんです。お母さんはきっと、私に笑顔でいてほしかった。だから私、笑顔でいることに決めたんです」
窓に背を向けて話す夕陽の顔は何か吹っ切れたように清々しい。
その姿を見て、俺の口角は自然と上がった。
「もちろん、無理して笑顔でいるつもりはないです。それだと前と一緒になっちゃいますから。だから笑顔でいられるように、自分に正直でいることに決めたんです」
そう言うと、夕陽は「留衣君」と突然俺の名前を呼んだ。
「な、なんだ?」
自分の名前を呼ばれるとは思わなかったため、俺は思わず身構えてしまう。
そんな俺が可笑しかったのか、くすりと笑みを零しながら夕陽は再び喋り始めた。
「相談に乗ってくれて、本当にありがとうございます。留衣君の助言がなかったら、きっとこのことに気づけなかったと思います」
「助言って、大袈裟だよ。俺は別に何もしてない。それに、気づけたのは夕陽が行動したからだ」
「その行動をするきっかけをつくってくれたのは留衣君です」
「そ、それは……」
反論できず、言い淀んでしまう。
「留衣君は私に真摯に向き合ってくれました。まるで自分のことのように話を聞いてくれて、優しく言葉をかけてくれました。そんな留衣君の人間性に、私、惹かれちゃったみたいなんです」
「ひかれたって……」
俺が思考していると、夕陽の頬は段々と染まっていく。
どこか恥じらうように視線を逸らすも、その瞳はチラチラと俺を視界に入れる。
生まれてこの方、告白など受けたこともしたこともなかった。
そんな恋愛経験のない俺でも、彼女が今何を思っているかはなんとなく分かってしまった。
だからこそ、それが信じられなかった。
やがて夕陽は決意の色を瞳に込めると、ゆっくりと口を開いて言った。
「留衣君。私、留衣君のことが好きです」
「っ――!?」
初めて「告白」というものに触れてしまった俺はどうしていいのか分からず、ただ目を見開いて言葉を失うことしか出来なかった。
留衣、まだかなぁ――
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