24話 来てくれて嬉しい

 ――荒く息つきながら、俺はこころの家のチャイムを鳴らす。

 数秒待つと「はい」という声とともに玄関の扉が開いた。


「……留衣?」


 俺を見たこころは目を丸くしながら呟く。

 事前にこころの家に来ることは教えていなかったので、どうして俺がここにいるのか分からないのだろう。


「見舞いに来たんだよ。どうだ? 体調は少しかよくなったか?」


 悪夢を見たせいか、こころのメンタルは学校に行けないほど削られていた。

 本当なら学校が終わった後すぐに来たかったのだが、夕陽の相談に乗っていたため来られなかったのだ。


「うん、だいぶ良くはなったと思う」

「ならよかった」


 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、俺はあらかじめコンビニで買っておいたお菓子やらジュースが入ったビニール袋を掲げてニヤリと笑み浮かべた。


「お前の部屋、入ってもいいか?」

「わ、私の部屋か!?」

「あぁ。元々そのつもりで来たんだが」

「そうならそうと連絡よこせよ!」

「お前だって連絡よこさないだろ。いつもやられてるんだから、今日くらい仕返しさせろ」

「なっ……うぅ……」


 恨めしげにうめくこころ。

 それに加えて驚いたりも出来ているから、きっともうメンタルは大丈夫なのだろう。

 明日からは学校へ行けそうだ。


「……片付けるから、そこでちょっと待ってろ」

「へいへい」


 適当に返事返した俺を最後に睨みつけると、こころは頬を膨らませながら玄関の扉を閉めた。



         ◆



「――で、どうして私の部屋に来たんだ?」


 座布団の上に胡座あぐらをかいて持ってきたコーラに口をつけると、折りたたみテーブルを介した向かいに座っていたこころが口を開く。


「どうしてって、さっきも言っただろ。見舞いに来たって」

「あっ、そっか。そういえばそうだったな」

「…………」

「…………」


 ……前言撤回、やっぱり大丈夫じゃないのかもしれない。


 明らかにこころの様子がおかしい。

 そわそわとしていてどこか落ち着きがないし、顔もほんのりと赤く染まっている。


「大丈夫か?」

「なっ、何が?」

「いや、なんとなく。顔が赤いし、落ち着きなさそうだし」

「わ、私はいつも通りだぞ?」


 いやそれは絶対にない。

 いつもなら無表情無反応の感情皆無なこころなのに、今はちょっと話しかけただけで顔を引きつらせている。


 もしかして、メンタルを削った延長で体調でも崩したか?


「ちょっと動くなよ」

「へっ? な、何を言って……」


 こころの狼狽えを一旦無視して、俺はテーブルの上に身を乗り出す。

 そうして彼女に近づくと、前髪を退かして額に手を当てた。


「ひゃっ!?」

「ごめん、冷たかったか?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 触ってみた感じ熱を出しているというわけでもなさそうだ。

 だったらどうしてこんなにも浮ついた様子なのだろう?


「……な、なんで私のおでこを触ってるんだ?」

「ん? あぁ、熱があるんじゃないかと思ってな」

「な、なんで……?」

「だってお前、明らかに様子がおかしいだろ」


 こころから離れながら俺は言う。


 ここまで彼女が浮ついているのを見るのは初めてだ。

 風邪をひくとテンションが上がる人がいるように、彼女もそうなのかと疑ったが違うらしい。


 時間が経てば元通りになるのだろうが、朝の様子を見た後だったため俺は本気で心配していた。


「別に、普通だぞ?」

「いや普通じゃない。一緒にいたからそれくらい分かる」

「普通だよ。特に具合が悪いわけでもないし――」

「こころ」

「…………」


 俺がふざけていないことを悟ったのか、こころは諦めたように視線を逸した。


 というか、どうしてこうも頑なに様子がおかしい理由を隠そうとしたんだ?

 俺に知られたくない理由だったのか?


 だったら、それは一体なんだ?


「な、なぁ留衣」

「どうした?」


 いつもより優しい声音を意識して問い返せば、こころは何かを言いづらそうにもじもじと体をよじるも、やがて決心したように立ち上がって口を開いた。


「ちょ、ちょっとこっちに来てくれ」

「あぁ」


 何をするつもりなんだろう。

 こころに言われた通り俺は立ち上がって彼女の傍に寄ると、彼女にいきなり体を押された。


「おわっ!?」


 俺が情けない声を上げながらこころのベッドに倒れ込むと、その上に馬乗りのような形でこころが乗っかってきた。


「ちょっ、こころ!?」

「あれ、この前で上に乗った時とは違う反応だな。どうしてだ?」

「ど、どうしてって……俺にだって分かんねぇよ」


 心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴り響く。

 それを確認するように、こころが上半身を倒して俺の胸に耳を当てた。


「……心臓、バクバク言ってるぞ」

「あ、当たり前だろ。いきなり押し倒されたんだから」

「この前はこんなにバクバク言ってなかったぞ」

「それは……知らねぇよ」


 どうしてこんなに緊張しているのだろう。

 こころの言う通り、この前に押し倒された時よりも明らかに違う。


 この前と、同じなのに。


「なぁ、留衣」

「…………」

「私、気づいちゃったんだが、言ってもいいか?」

「だ、駄目だ! というか早く離れろ! いつまで俺にくっついてるつもりだよ!」

「くっついてるからこんなになっちゃったのか?」

「い、いいから早く!」


 ――こころが俺から離れると、俺はベッドの上でうずくまった。


 一言で言うと、最悪だ。

 恥ずかしいったらありゃしない。

 だって、だって……。


「なぁ、留衣」

「っ――!?」


 こころの言葉に、俺の体は大きく震える。

 そうしてゆっくりと彼女の方へ頭を回すと、彼女はやけに嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。


「男子のって、あれくらいのが普通なのか?」

「バカッ!」


 こころは本当にデリカシーというものが欠落している。

 途中からは完全に元通りになった彼女の独壇場だったし、もう早く帰りたい。


 叫んだ俺はため息をつきながら、一旦落ち着かせるために再び蹲るのだった。

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