23話 笑顔を見せて
「――ごめん、遅くなった」
「大丈夫ですよ。私も今きたところですし」
放課後、俺はメッセージアプリにて夕陽に呼び出されていた。
彼女は今きたところだと言っているが、机の上に乗っているノートや転がっているシャープペンを見るにそこそこの時間を待っていてくれたのだろう。
申し訳ないことをしてしまった。
「それで、どうして俺を呼んだんだ?」
今日はグループ活動が休みの日だ。
周りを見たところ俺しか呼ばれていないようだし、何か緊急の用事でもあるのだろうか。
「留衣君は今、時間は大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だけど」
「でしたら百均へ買い物に付き合ってください。今後の活動に向けて買いたいものがあるんです。……それと、昨日の話の続きも聞いてほしくて」
後者の理由を口にする夕陽は僅かに瞳を伏せて表情に影を落とす。
今まで相当思い詰めてきたのは昨日の話を文字で聞いているだけでも分かった。
だからこそ彼女は今まで一人で苦しんできたぶん誰かに頼りたいのだろう。
買い物に付き合ってほしいと言ってきたのも、きっと俺に話を聞いてもらうための口実に過ぎない。
そこまで俺に頼ろうとしてくれているなら、俺もそれに応えるしかなかった。
「分かった。じゃあ早速行こう」
「ありがとうございます」
視線を上げた夕陽は、微笑みかけていた俺の笑顔につられるように笑みを浮かべた。
◆
「――私には、お母さんしかいないんです」
百均へ向かう途中、夕陽は苦しそうにそう言った。
「母さんしか?」
「えぇ。お父さんは私が十二歳の時に病気で亡くなりました。それから今まで、お母さんは私を女手一つで育ててきてくれたんです。だから、私はお母さんの負担を少しでも軽くするために特待生としてあの高校に入学しました」
「……学費か」
「そうです」
特待生は学費の一部、もしくは全てが免除になる場合がある。
その例に漏れず、俺たちが通っている高校も学費が一部免除になるらしい。
それにしても、まさか夕陽に母親しかいなかったとは。
親を失った経験をしたのは、あいつと同じか。
「私、勉強が元々苦手で、お父さんの死がなければ特待生を目指すこともありませんでした。だけどお父さんが死んで、お母さんが悲しんでいるところを見て、今度は私がお父さんの変わりにお母さんを支えていかなきゃって思いました」
「夕陽は父さんの死を悲しんだのか?」
「私は十分悲しみました。だから次は、お母さんのために行動したいんです」
俺を見つめる夕陽の瞳からは決意が感じられる。
だがそれと同時に、苦渋の色も見えてしまった。
「……無理はしてないか?」
「無理、ですか?」
「夕陽は母さんのためを思って、特待生としてあの学校に入学した。でも、そのせいで周りから疎まれる存在になっちゃったんだろ?」
「そう、ですね」
「そういう存在になって、一時は不登校にすらなったんだ。俺は不登校になったことがないから分かってあげられないけど、すごく辛かったはずだ。その姿だって母さんに見られたんだろ。母さんは、その時どんな反応をしてた?」
「それは……」
夕陽が成し遂げたいことも分かる。
母親のためを思って行動して喜んでもらえることもきっとあるだろう。
でも、人間いつ死ぬかは誰にも分からない。
もしかしたら明日死んでしまうかもしれない。
だったら、親からしてみれば今この瞬間は子供の笑顔を見ていたいのではないのだろうか。
こんなにも母親思いの夕陽の母親なのだ。
悪い人ではないだろう。
だからこそ、自分のためとはいえ子供の苦しんでいる姿は見たくないのではないのだろうか?
ふと夕陽に視線を向けると、彼女は目を丸くしながら俺を見つめていた。
「っ……ごめん、なんか説教臭くなったな」
「いえ、ありがとうございます。すごく熱心に話すものですから、思わず考え込んじゃいました」
「俺、熱心に話してたか?」
「えぇ。やっぱり留衣君に相談してよかったです」
笑顔を浮かべる夕陽に、昔のこころの笑顔が重なる。
二人とも親のことで苦しんでいるのは変わらない。
だからきっと、夕陽にこころを重ねてしまったのだろう。
「……お母さんは、不登校の私を見て苦しそうにしていました。そんな姿を見て、思っちゃったんです。私は何をしてるんだろうって。でももう後戻りすることも、他の道を見つけることも出来なくて……私は……」
夕陽の声は段々と不安定さを増していく。
彼女は特待生となって母親に喜んでもらおうとしたが、結果的に周りから疎まれ、母親にも迷惑をかけることになってしまった。
そんな状況下に自分でしたものだから、彼女は俺が思うよりもずっとずっと苦しいのだろう。
「……すみません、はしたないところを見せてしまって」
鼻をすすり、目を擦って夕陽は零す。
もし親が子の笑顔を望んでいるのなら、答えは一つだった。
「夕陽は何か趣味とかないのか?」
「趣味、ですか?」
なんで突然そんなことを、とでも言いたげな表情で首を傾げる夕陽に俺は頷く。
「あぁ。これだったら没頭できるとか、これだったら好き好んでやれるとか」
「そうですね……最近は、小説をよく読みます。今ハマってる恋愛モノのある作品がとても面白いんですよ」
「だったら、その話を母さんにしてやったらいいんじゃないか?」
「今の話を、お母さんにですか?」
辛い自分を見せて苦しめているのであれば、その逆の自分を見せたらいい。
趣味に笑顔を咲かせている夕陽を見せてあげられたら、夕陽の母さんもきっと笑顔になるのではないのだろうか。
「どうして……」
「騙されたと思って話してみろ。そしたらきっと、俺が提案した意味も分かるはずだ」
俺が口で言うだけじゃ、本当の意味で彼女に伝わりはしない。
だから、実際に彼女に経験してもらって気づいてもらおう。
少なくともそれは俺が言うべきことじゃないし、彼女に気づいてもらわないいけないことだと思うから。
夕陽は僅かに納得がいかなさそうな表情を見せながらも、「……分かりました。話してみます」と首を縦に振った。
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