22話 褪せてくれない記憶
――その日、私は遊園地に行く予定だった。
私の家族と、留衣の家族の六人で。
すごく楽しみだった。
すごく待ち遠しかった。
だって、初めての遊園地だったから。
中学ニ年生にもなって初めての遊園地だというのはもしかしたら馬鹿にされるかもしれない。
実際、私は遊園地に行けないほど田舎に住んでいるわけではなかった。
だが親の仕事の都合が合わず、行きたくてもなかなか行けなかったのだ。
その日はお父さんもお母さんも仕事が休みで、以前から話していた遊園地に行くことになった。
ようやくお父さんとお母さんと三人で行ける。
そして奇しくも、その日は留衣の家族も予定が空いていたので折角なら一緒にと誘ったのだ。
私と留衣の関係は、言わば幼馴染。
だけどその繋がりは私たちが生まれる以前からあったらしい。
というのも互いのお父さんの職場が同じなようで、家が近所であることからお母さん同士でも交流があったとお母さんから聞いたことがある。
それくらい深く関わっている家族と初めての遊園地を一緒に楽しむことが出来るのだ。
私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
内に秘めていたその気持ちを存分に発散するように、遊園地では留衣と一緒に遊び尽くしたような気がする。
……よく覚えていない。
観覧車の中から見えた景色も、ジェットコースターに乗って怖がっていた留衣の顔も。
あんなに楽しんでいたはずなのに、その後の出来事に全て掻き消されてしまった。
「――楽しかったね!」
「うん!」
「今日は誘ってくれて本当にありがとう」
「そんな、こちらこそだよ。うちのこころと遊んでくれてありがとうね、留衣くん」
「また一緒にどこかへ出かけない? 水族館とか」
「いいわね。その時はうちから誘わせてもらうことにするわ」
みんな、笑顔だった。
みんな、楽しそうだった。
そんなみんなの顔を見て、私はもっと楽しくなった。
だから、つい浮かれてしまったのだ。
「こころ危ないわよ。人もたくさんいるからあんまりはしゃがないで」
「邪魔にならないようにするから大丈夫ー!」
「ちょっと、こころ!」
「こころ、危ないよ!」
人集りの間を縫うように走っていく。
注意するお母さんの声もお父さんの声も無視して、私は楽しさに身を任せる。
ふとそれを抜けたかと思えば、真っ青なアスファルトが視界を埋め尽くすと同時に耳をつんざくようなブレーキ音が辺りを震わせた。
「こころっ!!」
私が侵した罪は、「つい」じゃ絶対に許されない。
だから私は、幸せになんかなれない。
あの人たちの幸せを奪った私が幸せになることを、きっとあの人たちは許さないから――。
◆
――ふと目を覚ませば、隣からすすり泣くような音が聞こえる。
おぼろげな意識を覚醒させながら、俺はなんとか彼女の名前を口にした。
「ここ、ろ……?」
寝返りを打って彼女に視線を向ければ、彼女は俺に背を向けながら肩を震わせていた。
その姿に、俺は不安を覚えてしまう。
「どうした、何かあったのか?」
体を起こして再度声をかけるが彼女からの応答はない。
何も言わずに、ただ泣き叫ぶことを必死に抑えているような気がした。
今、彼女が何を考えているかは分からない。
だけど、彼女が涙を流している理由はなんとなく察しがついてしまった。
きっと彼女も起きてすぐだろう。
夢でそれを見ていても何らおかしくはない。
俺は苦しそうに背中を丸めている彼女を後ろからそっと包み込んだ。
驚くように、彼女の体が大きく震える。
「……大丈夫か?」
大丈夫じゃないことは、俺がよく分かってる。
だって、彼女が抱えている過去はそれだけ重く苦しいものだから。
それを俺は、目の前で見てしまったから。
でも彼女は……。
「大丈夫、ありがとう」
そんな嘘をつく。
嘘だと分かっていても、彼女がそう言うなら俺はそれ以上踏み込むことは出来なかった。
「……そうか」
一言だけ零すと、俺は一歩引き下がるように彼女から離れてベッドから下りる。
「もう朝ご飯は出来てるだろうから、食べたかったら下りてこい」
「……うん」
どうすれば、もっと彼女に寄り添うことができるのだろう。
どうすれば、もっと彼女を楽にしてあげられるのだろう。
事が事なだけに、どうすれば一番彼女のためになるのか分からなかった。
振り返って今一度彼女の丸まった背中を見た俺は、無力感を覚えながらゆっくりと部屋を後にした。
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