17話 連絡先

 活動が始まってから夕陽はしばらく頬を赤らめていた。

 当然見て気づけるほどの赤みであったため、周囲のメンバーからは「大丈夫ですか?」と心配されていた。


 何をそんなに頬を赤くしてしまっているのだろうか。

 流れからして俺が彼女の頬を染めたのは間違いないのだが、それでも彼女が頬を染めていた時間があまりにも長すぎる。


「……本当に大丈夫か?」

「こんなにしたのは誰のせいですか」

「お、俺か?」

「……違いますよ」


 もしかしたら熱を出しているのかもしれないと思い活動の合間に声をかけると、夕陽は唇を尖らせてしまった。

 その姿が可愛いと思ってしまったことは胸の中にしまっておく。


「調子が悪いんだったらすぐ休めよ。会って数日の俺が言うことでもないかもしれないけど、夕陽って何かと無理する性格のような気がするから」

「……そういうところですよ」

「何か言ったか?」

「なんでもないです」


 ぷいっとそっぽを向く夕陽。


 なんで彼女はこんなにも機嫌が悪いんだ?

 俺が何かしたのか?


「とりあえず、棒引きの体験はもう終わりです。今からみんなを集めて教室に戻りますから、留衣君も集めるの手伝ってください」

「な、なんで俺?」

「近くにいたからです。いいから早く手伝ってください」

「わ、ちょっと待てよ!」


 困惑に体を固まらせていると、いきなり夕陽に手を引っ張られる。


 ……俺、最近誰かに振り回されること多くないか?

 そんなことを思いながら、夕陽に引っ張られるがまま俺は集合を手伝うことになるのだった。



         ◆



「夕陽、今大丈夫か?」


 活動が終わってメンバーが続々と帰っていく中、俺は机の上にあるプリントとにらめっこしていた夕陽に声をかけていた。

 本当は彼女が何もしていないときに声をかけたかったのだが、今日はこころと一緒に帰る約束をしている(というか一方的にさせられた)ため、どうしても待っているわけにはいかなかったのだ。


「大丈夫ですよ。何かありましたか?」


 こちらを向いた夕陽の頬はもう赤く染まっていない。

 それと一緒に不機嫌な様子も消えていた。


「ほら、さっき夕陽を不機嫌にさせちゃっただろ? それを謝りたくて……」

「不機嫌に?」

「あぁ」


 彼女はもう不機嫌になっている様子もないのでわざわざ話を掘り返す必要もないと思ったのだが、話しかけた手前このまま引き下がるわけにもいかなかった。


 それに、単純に俺が彼女に謝りたかったというのもある。

 俺のせいなのかどうかは未だ分からないが、俺と話して彼女は不機嫌になってしまったのだ。


 少なからず俺にも非があるだろうと思い話しかけたのだが……。


「わ、私、不機嫌になってましたか?」


 当の本人が不機嫌になったことすら気づいていなかったようだ。


「唇を尖らせてたから、多分不機嫌になってたと思う」

「そ、そうですか……なら、すみません。気を遣わせてしまったみたいで」

「こっちこそ、わざわざ掘り返してごめん」

「…………」

「…………」


 気まずい空気が俺たちの間を満たす。

 彼女はそれを紛らわすためか再びプリントに視線を向けた。


 ……これ、このまま離れてもいいのだろうか。

 話は終わったといえば終わっただろうし、ここにいる必要はない。

 でも、この雰囲気で帰るのは流石に気が引ける。


 ど、どうすればいいんだ……?


 悩んでいると、夕陽は突然吹き出すように笑った。


「な、なんだ?」

「すみません、留衣君の困った顔が面白くて……」

「俺、困った顔してたか?」

「分かりやすく困った顔してましたよ」


 マジで? と思わず顔に手を当てた俺を見て夕陽は再びくすくすと笑い出す。

 なんかよく分からないが、とりあえず重い雰囲気から脱することができたみたいでよかった。


 ……それにしても、可愛いな。

 口元を抑えて笑みを零す夕陽の顔には影の一つもない。

 へにゃりと目を細めて、俺の困った顔をただひたすらに面白がっている。

 そこには俺を侮辱する気など全く感じられず、その純粋さが不思議と俺の口元も緩めた。


「……すみません、笑ってしまって」


 ひとしきり笑い終えた夕陽はその後申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「謝らなくていいよ、気にしてないし」

「ありがとうございます」


 夕陽に頭を下げられたところで、俺はふと思い出し、時計に目をやる。


「やっば……」


 気づけば活動終了から十五分ほど経っていた。

 このままではこころに怒られてしまう。


「どうかしましたか?」

「実は、こころと一緒に帰る約束をしてて」

「じゃあもう帰るんですか?」

「あぁ。ごめんな急で」


 急いで荷物をまとめて教室を出ようとすると「ちょっと待ってください!」と夕陽に声をかけられた。


「どうした?」

「連絡先、交換しませんか?」

「連絡先?」

「相談したいことがあるんです。だから……」

「分かった、いいぞ」


 俺は制服のポケットからスマホを取り出し明かりをつける。


「すみません、急いでるのに」

「気にしないでいい。これに関してはしょうがないからな」

「ありがとうございます」


 相談したいことがあるのならしょうがない。

 早々に解決させたいだろうし、それならメッセージアプリなどでやり取りした方が早いだろう。


 にしても、夕陽が俺に相談したい、か。

 彼女が誰かに相談するイメージがなかったため、思わず気に留めてしまった。


 イメージがなかったというのも、きっと俺の偏見だな。

 彼女の性格を決めつけないように気をつけないと。


 そう思っている間に、連絡先の交換は終わった。


「ありがとうございます」

「あぁ。じゃあ俺はこれで」

「はい、さようなら」


 今頃きっとこころは校門の前で怒ってるだろうなぁ。

 先が思いやられる中、俺は教室を出て必死に階段を駆け下りるのだった。

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