16話 泥棒猫は恥じらう

「――この前はこころがごめんな」


 グループでの活動一日目。

 今日はとりあえず実際に棒引きをしてみるらしい。

 各々がジャージに着替えて準備している中、俺は一足先に着替え終え体育倉庫にいた夕陽に謝るところから始まっていた。


「こころ……留衣君の、隣にいた、子ですよね」

「あぁ。そういえば名前を教えてなかったよな」

「彼女のことは、噂で聞いてますよ。……ミス・アンドロイド」

「やっぱりその名前で通ってるんだな」


 こころ自身その名前で通るというよりは、そもそも有名になること自体望んでいないだろう。

 犯人探しをするわけではないが、一体誰がこころのことをミス・アンドロイドと呼び始めたのだろう。

 まぁ、俺にとってはこころのことを説明する手間が省けて助かるのだが。


 夕陽が窮屈そうに棒引き用の棒を出そうとしていたので、俺も加勢に入る。


「あっ、ありがとうございます」

「いいよこのくらい、むしろ一人でやる方が無茶だ。他のメンバーは呼ばなかったのか?」

「これくらいは一人で出来るかなって思って呼びませんでした」

「あんまり無茶するなよ。持ってみて思ったけど、これ結構重いんだから」

「……ありがとうございます」


 口元に柔らかな弧を描く夕陽。


 これも彼女の真面目さゆえなのだろうな。

 大変な役を自ら買って出て、それを全て一人で背負おうとする。

 彼女と関わるのはこれで二日目だが、なんとなくそんな気がした。


 立てかけられていた棒を二人担いでグラウンドに運び出す。

 その最中、夕陽は前を向いたまま声を上げた。


「話が戻るんですけど、こころさんっていつもあんな感じなんですか?」

「普段はもっと無口で無表情だよ、ミス・アンドロイドの名の通りな。だから、あの反応を見せたときは俺も驚いた」

「……の割には、あんまりそんな感じしませんでしたけど?」

「自分的には驚いたつもりなんだけどな」


 俺もこころと同じようにあまり顔に出ないタイプなのだろうか。

 まぁ、こころに至っては出ないというよりも出さないという方が正しいが。


「私の中でのこころさんのイメージと実際があまりにもかけ離れていたので、私も正直驚きました」

「夕陽の場合はそのギャップで、というよりもいきなり突っぱねられたことに驚いたんじゃないか?」

「確かにそっちの驚きの方が大きかったかもしれません」


 いきなり泥棒猫なんて言われるものですから、と夕陽はくすくすと笑っている。

 そのつぶやきで、俺はあのとき感じた疑問を思い出した。


「そういえば、泥棒猫ってどういう意味なんだ?」

「あれ、留衣君知らないんですか?」

「あぁ。だからこころが何を言ってたのかてっきり……」


 泥棒……何かを盗むってことか?

 でも初対面で夕陽が何かを盗む人には見えないだろうし、俺も彼女と接する中で彼女をそんな風に見たことは一度もない。


 そもそも、何を盗むんだ?

 猫には何か意味があるのか?


 疑問の渦に迷い込んでいると、夕陽が急に足を止めた。

 そしてこちらに振り返ってくる。


「どうした、なんかあったか?」


 問いかければ、夕陽はくすりと笑って俺を見つめた。


「……まぁ、あながち間違いではないのかもしれませんね」

「何が?」

「なんでもないです。それよりも、急に止まってすみません。びっくりしましたよね」

「びっくりは、した。けど、それよりも夕陽に何かあったのか気になったから」


 夕陽が急に止まったことに関しては、気にする余裕がなかったという方が正しいだろう。

 特に躓くということもなく、本当にいきなり歩みを止めたので、何事かと不安にも近い気持ちを抱いたのだ。


 その気持ちを引きずるように彼女の顔色を伺えば、夕陽は目を見開いて頬を染めたあとに俺から目を逸した。


「……大丈夫か?」

「は、はい。えと……留衣君は優しいんですね」

「別に、夕陽と比べれば俺なんか足元にも及ばないだろ」


 後輩の人柄を知ることやペアでの交流にさり気なく助け舟を出すこと、一人で棒引きの棒を運ぼうとすることは全て夕陽の優しさによる行動だと思う。

 対して俺は夕陽を気にかけるしかしていない。

 どちらが優しいかなんて明白だろう。


 だが、俺が正直な気持ちを言葉に乗せれば乗せるだけ彼女の頬の赤みは増していく。

 加えて視線も落ち着きがなくなり、口は頑丈そうに閉じられていた。


 急にどうしてしまったのだろうか。

 反応を見る限り恥ずかしがっているのだろうが、もしかして彼女は気にかけられたり褒められたりすることに慣れていないのだろうか。


あと、急に止まったのには何か理由があるのだろうか。


「と、とりあえず、早く運んじゃいましょう。練習する時間がなくなっちゃいます」

「……分かった」


 浮かんだ疑問は何一つとして解けていないが、下手に詮索することは彼女もきっと望まないだろう。

 だから俺はそれを飲み込んで棒運びを再開させたが、彼女の足は先程よりも覚束なくなっていたため危なっかしく思うと同時に『やっぱり解決させた方がよかったかなぁ』とも思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る