18話 告白?
「――な、なぁ、こころ」
「…………」
厚い雲がかかる空の下、俺は帰路を辿る中で何度もこころの名前を呼んだ。
しかし彼女はむくれ顔のまま口を開いてくれなかった。
何故こうなってしまったのか、思い当たる節はある。
今はグループでの活動が終わった放課後だ。
ということは、こころは俺が夕陽と接していたことを少なからず察しているだろう。
この前こころが夕陽に見せた反応から、なぜかは分からないが彼女が夕陽をよく思っていないのは明らかだ。
ゆえにむくれているのだと思う。
だが、むくれた理由が分かっていても解決する手立ては一向に思いつかない。
表情が豊かになったのは嬉しいが、むくれるよりも笑顔でいてくれた方がずっと嬉しい。
だから出来れば別れる前に機嫌を直したいのだが、どうすればいいのだろうか。
「……なぁ。留衣」
「な、なんだ?」
歩みを止めて俺の名前を呼ぶこころ。
虚構を突かれた俺は思わず声を上擦らせてしまう。
どうして俺の名前を呼んだのだろうと思っていると、こころは途端に不安げな表情で俺を見上げながら小さく言葉をついた。
「留衣は、その……ゆうひのことをどう思ってるんだ?」
「夕陽……か」
「い、言えないんだったら無理して言わなくてもいい。いや、やっぱり今言ったことは忘れてくれ」
こころは慌てて訂正したあと、落ち込んだように顔を俯かせる。
その瞳は、どうしようもないくらいに酷く揺れていた。
俺はまた彼女のことをよく考えられていなかったのかもしれない。
彼女の傍から俺がいなくなることは、俺が思っているよりもずっと彼女にとって辛くて、寂しくて、苦しいことなんだよな。
「……別に俺は何とも思ってない。ただの優しい先輩だ」
「わ、忘れてくれって言っただろう。私が聞けば、きっと留衣に迷惑をかける。……留衣は、優しいから」
どうやら、俺の考えていることは全てお見通しのようだ。
確かに俺は今こころに同情している。
俺が夕陽に気があったとすれば、先程のこころの問いは俺にとって邪魔になるだろう。
夕陽を意識するたびに、きっとこころの問いと顔が脳裏にちらつくだろうから。
でも……。
「さっきから、俺がこころのことを邪魔に思ってるみたいな感じで話すよな」
「で、でも! ……実際邪魔だろう。私は留衣に迷惑しかかけてない。何かあればすぐにこうして落ち込むし、その度に留衣は私を励ましてくれる。……いちいち落ち込むなって、思ってるはずだ」
こころの最後の発言に俺は眉をひそめる。
そのままお腹の前できゅっと握っているこころの左手首を掴んだ。
「なっ……」
こころは驚くように体を大きく震わせて俺に視線を向ける。
怯える瞳を真摯に見つめると、俺はゆっくりと口を開いた。
「……いちいち落ち込むなって思ってたら、お前を励ますことなんてしてない」
「えっ?」
「第一、俺はお前が邪魔だなんて言ったことあるか? いちいち落ち込むなって言ったことあるか?」
「そ、それは……」
ない。
俺はそんなこと、思ったこともなければ口に出したことすらない。
こころが不安に苛まれたり、それで落ち込んだりすることは必然で、しょうがないことだから。
良くも悪くも、それが衣沙こころだから。
彼女が歩んできた人生の証だから。
「……ごめん。責めるような口調になっちゃったな」
「そんなっ、留衣が謝る必要なんかない。留衣は悪くない。悪いのは――」
「こころだって、何も悪いことなんかしてないよ」
図星を突かれたからか、それとも反論する言葉が見当たらないのか、はたまた両方か。
こころは苦い顔で口を閉じ、再び顔を俯かせた。
彼女がなんでこんなにも自分を卑下的に見ているのかは分からない。
でも、これだけは言える。
「俺はこころを邪魔だなんて思ったりしてない。むしろ俺にとって、なくてはならない存在だよ」
「っ……!」
照れ臭いことを言ったはずなのに、彼女の手を握ればそんな照れ臭さなど一瞬で消えてしまう。
そんな温もりがあるのに、彼女の手は夏だというのに酷く冷たい。
こころではこの手をきっと温められないだろうから、俺が温めるのだ。
幼馴染として。
俺に手を握られて息を呑んだこころはその後、目を細めてくすりと笑った。
「その台詞、まるで告白みたいだな」
「なっ!? 俺は別にそういう意味で言ったわけじゃ……!」
こころに指摘された俺は顔を一気に熱くすると、反射でこころの手を離す。
そんな俺を見つめたこころは、面白おかしく俺を笑った。
「お前、せっかく俺がお前を思って言ってやったっていうのに……」
「こんな私でも、留衣にはなくてはならない存在なのか?」
「掘り返すな! お前、俺が恥ずかしいのを分かってて言ってるだろ!」
「どうだかなー」
肝心なところで、こころはいつも俺の調子を狂わせてくる。
だが、そんなやり取りも密かに楽しく感じている俺がいた。
……だが、今だけは楽しんでいる場合じゃなかった。
いやらしい笑みを浮かべるこころを睨みつけていると、ふと腕に冷たい感触がある。
こころも俺と同じ感触を味わっていたのか、笑みを引っ込めて空を見上げていた。
「……これ、雨か?」
「えっ、マジで?」
そう思ったのも束の間。
今度は雨の存在が分かるほど大量に降ってきて、夏用のワイシャツをこれでもかと濡らしていく。
「これはまずいな」
「言ってる場合か! とりあえず、俺の家行くぞ!」
「告白の次はお持ち帰りか」
「だから言ってる場合か! というか違うし!」
俺は真顔で雨に降られているこころの手を掴んで走り出す。
普通なら濡れて冷たくなっているはずなのに、こころの手は先程よりも少しだけ温かく感じた。
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