13話 顔合わせに向けて

「――そういえば留衣って、棒引きのグループ割見たか?」


 こころと屋上で昼食を取ることが習慣化しつつある今日この頃、彼女はサラダを口に運びながら俺に尋ねてくる。


 というのも、今日から約一ヶ月後には体育祭が控えているのだ。

 その中でのメインプログラムが、こころの言った棒引き。

 この学校では棒引きでクラス間という横の繋がりではなく学年間という縦の繋がりを深めることに重きを置いているらしく、一、二、三年生がそれぞれ入り混じったグループで棒を取りに行くという少し特殊なルールの元、行われているそうだ。


 今日の放課後に顔合わせがあるようで、そのためにグループ割が張り出されたようなのだが……。


「俺は見てない。見ても、誰がどういう人なのか分からないだろうしな」


 クラスメイトでさえ未だに話したことのない人がいるというのに、俺が縦の繋がりを持っているわけがなかった。

 友達と呼べる人もいるにはいるが、それでもここまで関わりを持った友達、というか幼馴染はこころだけだった。


「そういうお前こそグループ割見たのか?」

「見たは見たが……誰が誰なのかさっぱり分からなかった」

「だろうな」


 こころも俺と同じく交友関係が広いわけではない。

 というか、友達と呼べる存在すらいないかもしれない。

 こころはこういう性格で、なおかつ周りに隙を見せたくない人だから。


「不安か?」

「ど、どうして分かったんだ」

「顔に書いてある」

「そ、そうなのか……」


 いつもの如く表情は変わらないが、その顔には影が満ち満ちている。

 それはどこか迷子になってしまった幼い子供のようで、とても心細そうだった。


「……留衣が言った通り、正直に言うと不安だ。見ず知らずの人とグループになって協力する。本番だけならどうにかなるのかもしれない。でも、それまでにグループで話し合って作戦を練ったり練習したりすることが……怖い」

「それは、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないからか?」


 問いかければ、こころは瞳を伏せてコクンと頷く。

 彼女はは頭も切れて、運動神経も抜群だ。

 それでも彼女は自分がその場にいると、周りに迷惑がかかると思い込んでしまっている。


 そんな彼女に俺が出来ることは……彼女の居場所をつくってあげるしかなかった。


「なんかあったら、俺に言えよ」

「っ――!」

「俺にだったら言えるだろ? なんかなった状況を変えることは難しいかもしれないけど、こころを慰めるくらいだったら俺にだってできる」


 気休めにしかならないかもしれない。

 だって俺がしようとしているのは一時的な心の回復であって、物事を解決することではないから。

 でもそれで彼女が少しでも笑ってくれるのなら、俺はやってあげたかった。


 結局、自己満足でしかないが。


 俺が微笑みを浮かべて言うと、彼女は少しだけ黙ったあとゆっくりと口を開いた。


「……じゃあ、言ってもいいか?」

「何をだ?」


 思わず聞き返してしまう。

 俺が言おうとした意味は、グループで活動するにあたって何かがあったときに話を聞かせてくれということだ。

 グループで集まってすらいない今なのに、何を言うことがあるのだろう。


 疑問符を浮かべていると、彼女の顔から影がなくなったことに気づく。

 それと同時に段々と赤みが差してきて、彼女は視線を右往左往とさせながら両腕を開いて俺に向けた。


「ぎゅって、してくれるか?」

「い、いや、なんでそういう話になるんだ?」

「留衣がぎゅってしてくれたら、放課後の顔合わせも頑張れるから」

「そ、そうなのか?」


 というか、なんで俺がぎゅってしただけでこころが顔合わせ頑張れるんだ?

 俺のぎゅーくらいじゃ、やったってやらなくたって同じじゃないのか?


「だから……だめ、か?」

「っ……」


 不安げな上目遣い。

 染まる頬。

 荒い吐息。


 何故こういうときだけ彼女はこうも色っぽく、可愛く見えるのだろう。

 こんな姿を見せられたら、俺だって断るにも断れなかった。

 まぁ、断る理由もないのだが。


 深く息をついて、俺は口を開く。


「……分かったから、早く来い」


 そう言って両手を広げた俺を見て彼女は目を見開かせると、熱に浮かされたような瞳で俺の胸に体を預けた。


 ふわっと香る、彼女の香り。

 嗅ぎ慣れた安心する甘い香りのはずなのに、今はそれが鼓動を早くすることをいとわない。

 そこを意識してしまうと、いろんなところに意識が向いてしまう。


 彼女の体の柔らかさ、温もり、最早そこにいるという事実そのものさえ、全てが俺に牙を剥く。

 鼓動の高鳴り、こころには気づかれていないだろうか。


「……安心する」

「そ、そうか」

「放課後も、頑張れそうだ」

「なら、よかった」


 俺の声が震えているのに対し、彼女の声は酷く落ち着いている。

 何故彼女はこんなにも平然としていられるのだろう。

 こんなにも戸惑っているのは、俺だけなのか?


「留衣」

「な、何?」


 俺の名前を呼んだこころは俺の顔を覗き込むと、優しく笑みをつくった。


「ありがとう」


 彼女の可愛い笑顔を近距離でくらってから数分間の記憶が、俺の中にはない。

 彼女が平常でいるところを見ると、何かやらかしたわけではなさそうだった。


 どういう風の吹き回しなのだろう。

 こころの満面の笑みを見るのは、実に三年振りだった。

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