12話 格好良い

「――本当にそれでよかったのか?」


 デパートにある本屋のブースから出てくると、こころは同じことを再度尋ねてくる。


 俺がこころに買ってもらった誕生日プレゼント。

 それは、ある小説だった。


「これでいいんだよ。アニメ化されて前々から気になってたし、お前もこのアニメの話をしてくれるときがあっただろ? だったら、お前も読めるんじゃないかと思って」

「……後者は後付みたいな感じで言ってるけど、むしろそっちが本命なんじゃないのか?」


 睨みつけられるものだから、思わず笑ってしまう。

 やっぱり幼馴染なだけあってこころは侮れないな。


「それは本当に偶然だ。俺がこの小説を気にするきっかけはアニメもあるが、お前が楽しそうに話してくれたのもあるからな」

「た、楽しそうに話してたか?」

「そりゃあもちろん。こころって、本当に好きなことを話すときはいつもと勢いがまるで違うから」

「そ、そうなのか……」


 俺から視線を外し、恥ずかしそうに頬を染めるこころ。


 何とか話題を逸らせたな。

 実を言うと、この小説を買ったのは主にこころが言った通り「彼女が読めそうな小説だったから」だ。

 俺が気になっていたのももちろんそうだが、彼女は娯楽に使えるお金が全くと言っていいほどない。

 だから、小説があれば少しか彼女に楽しい思いをしてもらえると思った。


 もちろん貰い物なので自分の部屋に置いておくつもりだが、こころは結構な頻度で俺の部屋に来るので問題ないだろう。

 俺も楽しめて、彼女も楽しめる。

 俺にとっていいとこ尽くしな誕生日プレゼントはこれしかなかった。


「ちょ、ちょっとトイレに行ってきてもいいか?」

「あぁ、いいぞ」

「すまない、なるべく早く戻ってくるから!」


 彼女はそう言うと、そそくさとトイレに向かって走って行った。


 大方、恥ずかしさで発生した火照りを冷ますのだろう。

 今まであんな反応を見せることもなかったのに、最近になってよく恥じらいや照れる仕草が見られる。


 彼女の中で何か変化があったのだろうか?

 何にせよ、彼女の表現が豊かになることは俺にとって嬉しいことだった。


 一人残された俺は近くにあったベンチに腰を下ろしてこころを待つことにしたのだが……いつになってもこころが帰ってくる気配はなかった。


「……遅いな」


 もしかして、お腹を壊したりでもしたのだろうか?

 だが今日食事したレストランではそんな変なものを食べている様子もなかったし、夏日の今日はお腹を冷やすこともまずないだろう。

 だったら、なんでこんなにも帰ってくるのが遅い?


「……行くか」


 何もなかったら何もないでいいんだし、行って損はないだろう。

 ただ、妙に嫌な予感がするのは気になるが。


 ベンチから腰を上げた俺は、こころの様子を見に行くために近くのトイレへ向かった。



         ◆



「こころは……」


 早くなる鼓動を感じながら辺りを見回すと、俺はそれを見つけた。


 いつぞやに俺に「ミスと関わるな」と言った男子生徒と、そいつに腕を掴まれて怯えているこころ。


「あいつ……!」


 俺は色々考えるよりも先に体が動いた。

 つかつかと歩み寄ると、男子生徒の腕を掴んだ。


「お前……香坂?」

「留衣……?」


 突然の俺の登場に男子生徒とこころは困惑している。

 俺は男子生徒を睨みつけると、こころから引き剥がした。


「お前、こころに何をしてる」

「香坂……ミスと関わるなって言っただろ!」

「そんなの知るか。どうしてお前にこころと関わることを制限されなきゃいけないんだよ」

「お前……覚えてろよ」


 苦い顔を浮かべた男子生徒は、捨て台詞を吐いてこの場を走り去った。

 その背中を見届けると、俺はこころに気づかれないように安堵の息をつく。


「おい、大丈夫――」


 俺が心配の声を上げようとすると、こころはいきなり俺に抱き着いてきた。


「留衣……留衣……!」


 俺の胸に顔を埋めて俺の名前を震えた声で連呼するこころ。

 そんな彼女の頭を、俺は安心させるようにそっと撫でた。


「怖かったな。ごめん、傍にいなくて」


 迂闊だった。

 まさかこんなに人がいる中でナンパするやつがいるとは。

 しかも、それがあの男子生徒だったなんて。

 俺が彼女に付き添っていれば、彼女が怖い思いをすることもなかったのに。


 そう思っていたが、彼女は首を横に振った。


「そんな、留衣が謝ることじゃない」

「……ありがとう。目当てのものも買えたし、もう帰るか」

「うん」


 彼女の承諾を得られた俺は、彼女を連れてデパートを後にするのだった。



         ◆



「……お邪魔します」

「どうぞ」


 とりあえず俺の部屋に連れてきたが、未だに彼女は落ち込んでいた。

 ジュースを飲んでも、ベッドに座っても、その表情は暗いまま。

 いても立ってもいられなかった俺は彼女の隣に腰を下ろすと思わず声をかけた。


「大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫。あの……」

「どうした?」


 こころの顔を覗き込みながら聞き返せば彼女は驚いたように目を見開いたあと、視線を背けて頬を赤くした。


「その……助けてくれて、ありがとう」

「何もされてないようでよかったよ。まぁ、腕は掴まれちゃったけどな」


 後で洗っておけよ、と付け足せばこころはくすりと笑みを浮かべる。


「留衣、格好良かったよ」

「は、はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 こころからそんなことを言われたことがとてもくすぐったくて、かぁっと顔を熱くするとともにぷいっとそっぽを向いた。


「べ、別に格好良くなんか全くないし……」

「留衣、照れてる?」

「照れてない! 照れてないからこっちを見ないでくれ」


 またもくすりと笑うこころ。


「留衣、照れてる」

「だから照れてないって!」

「照れてる」

「こころ!」


 このやり取りが形を変えながら、こころのくすくすと笑う声とともに何回も続くのだった。

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