14話 後輩みたいな先輩
「――あの、すみません」
放課後に棒引きを行うグループの顔合わせということで、教室を移動して席に座ると同時に後ろから声がかけられたような気がした。
なんとなく振り返れば、そこには顔も名前も知らない女子生徒がいた。
「なんだ?」
「貴方、香坂留衣君ですよね?」
なんで俺の名前を、と一瞬だけ疑問に思ってしまったが、考えてみれば俺の名前がグループ割に貼り出されているのか。
ここにいるということは同じグループなんだろうし、俺の名前をグループ割を見て知っていてもおかしくはない。
「そうだけど……なんかあった?」
「急に話しかけてごめんなさい。私、三年生の
「三年生……?」
彼女の自己紹介を受け、俺の思考は一度止まった。
そうして、今度は意識して彼女に目を向ける。
俺の身長は普通よりも少し高いくらいだろうが、彼女の身長はきっと俺よりも頭一つ分くらい低いだろう。
瞳は猫を彷彿とさせるほどくりくりとしていて大きく、まさに童顔といった顔立ち。
赤髪のポニーテールはその顔立ちにとてもよくマッチしていて、こころまではいかずとも、彼女も相当な美貌の持ち主だ。
……って、今そんなことはどうでもいい。
問題は、彼女が自分を三年生だと言ったことだ。
どこからどう見ても、彼女は……。
「『中学生に見える』」
「なっ……」
「貴方今、そう思いましたよね?」
「なんでそれを……」
まさに図星を突かれ動揺していると、古川先輩は口元に手を当ててくすくすと笑った。
「気にしないでください。私自身、言われ慣れているので」
「す、すみません。しかも俺、タメ語で……」
俺は後輩としてあるまじき行為をしてしまった。
そのことを申し訳なく思って瞳を伏せてしまったが、古川先輩は焦ったように手を横に振った。
「あ、それはそのままでいいですよ。敬語を使われるとくすぐったいですし。もちろん、先輩もなしで」
「自分は、敬語なのに……ですか?」
「私のは癖みたいなものなので。あと、付け足さなくていいですから」
そう言って、先輩は眉をしかめる。
「ご、ごめん。でも、じゃあ先輩のことはどう呼べば……」
「『夕陽』でいいですよ」
「……本当にいいのか?」
「私がいいって言ってるんですからいいんです」
なんか罪悪感がすごいんだが……。
まぁ兎にも角にも、夕陽がそう言っているなら従うしかないだろう。
「分かった。それにしても、夕陽はなんで俺に話しかけてきたんだ?」
「もうすぐでグループの顔合わせがありますよね? 最高学年ですから、その前に後輩の人柄を少しでも知っておこうと思いまして」
「ということは、グループの人全員に話しかけてるのか?」
「そうですよ」
すごい意識の高い人だな。
俺が仮に最高学年だったとしても、絶対にそこまではしないだろう。
たかが学校の行事なのに、この人はそれすらも真摯に取り組もうとしている。
……真面目なんだな。
「もう少しで時間ですね。じゃあ私はこれで」
「俺の人柄は知れたか?」
「とりあえず、悪い人じゃないってことだけは分かりました。後は活動の中で知っていきますよ」
「そうか」
「では、失礼します」
そう言ってニコッと笑顔を浮かべると、夕陽はこの場を離れた。
コミュニケーション能力の高い人だな。
なんというか人見知りをしない、むしろ人懐っこい性格だ。
仕草や俺との話し方の逆転も相まって、ますます先輩だとは思えない。
だが顔合わせが始まってからは、彼女は紛れもなく『先輩』だった。
顔合わせは一対一で軽く会話を交わすことから始まり、始まってからも夕陽はグループの人達に笑顔を浮かべて接していて、周りの緊張を解いている。
それどころか交流が滞っているペアを見つければ、間に入って二人の会話を促していた。
実際、俺も人と関わることが苦手で何度か夕陽に助けてもらった。
相手に心を開かせるにはまず自分が心を開く、か。
心を閉じて誰とも関わることを拒むこころとは真逆の人だ。
いつもこころと接しているから、今の夕陽がとても輝いて見えるのかもしれない。
後輩だと勘違いしたことを本当に悔やむほど、彼女は『先輩』だった。
「――留衣君、もしかして人と関わるの苦手ですか?」
顔合わせが終わり帰宅しようとすれば、夕陽に声をかけられる。
他の人にも同じく声をかけていたから、きっと俺にも他の人と同じ要領で話しかけに来たのだろう。
「あぁ、苦手だよ」
「そんな感じしました。他の人も苦手そうに見えましたけど、少し会話を促せばすぐ話すようになりましたからね」
「手を焼かせるようで悪かったな」
「そんな問題児のようには思ってないですよ」
またも口元に手を当ててくすくすと笑う夕陽。
何故、彼女はこんなにも他人に笑顔を見せるのだろう。
そう疑問に思ってしまうほど、彼女は出会ってからずっと笑顔だった。
「留衣君はもう下校するんですか?」
「そうだな。他に学校ですることもないし」
「そうですか。私はまだすることがあるので、これで失礼します」
「今日は助けてくれてありがとう」
「いえ、先輩ならあれくらい普通ですから」
ニコッと笑顔を浮かべて、夕陽は教室を出ていった。
「……普通じゃないんだよなぁ」
あれが普通なら、俺はまともな先輩にはなれない。
あれを普通と言える夕陽には素直に感心してしまう。
こころではないが、俺もグループで活動することに後ろめたさを感じていた。
でも、彼女がいるなら大丈夫かもしれないな。
「……帰るか」
きっとこころが待ってる。
下校の約束をしたわけではないが、彼女ならきっと校門辺りで俺を待っているだろうと容易に想像がついた。
もし本当に待っていたらこれ以上待たせるわけにもいかないので、俺は足早に学校を出るのだった。
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