10話 甘える

 水族館を思い切り楽しんだあと、俺たちは近くのファミレスで食事を済ませていた。


「外食をしてしまった……」


 店を出ると、こころは虚ろな目でつぶやく。


 きっと罪悪感を感じているのだろう。

 何せ自分の懐を心配した挙げ句、俺に強引に奢られてしまったのだから。


「そんなに気にするなよ。俺は大丈夫だから」

「なんであんなことしたんだ。全部とまではいかずとも、少しは私も出せたぞ」

「そしたらお前の生活が苦しくなるだろ? それが嫌だったんだよ」

「にしてもやり過ぎだ」

「むしろ足りないくらいだよ」

「ああ言えばこう言う。私は――」


 何を言っても返されて埒が明かないと感じた俺は、誤魔化すように彼女の手を握る。


「る、るい!?」


 握られた彼女は先程のムスッとした表情を一転させ、これまでにないほど動揺していた。

 目を思い切り見開いて、上半身を軽く仰け反らせている。

 いつもの彼女はどこにも見当たらない。


「お前は十分に頑張ってる、誰の力も頼らずにな。だから少しくらい甘えることを覚えろ」

「い、いつもの留衣じゃないぞ!」

「お互い様だろ」


 まともに働くことすらままならない高校生が自立して生活することは、とても難しいことだと思う。

 少しは補助を貰っているようだが、それでも苦しいことには何ら変わりないだろう。


 それを文句も言わずに一人で耐え抜いているのだから、俺は心配だった。

 何も取り柄のない俺が彼女の傍にいることを許されるのなら、それで彼女が少しでも救われるのなら、俺は彼女の傍にいたかった。


「今日もまたあの時間にバイトか?」

「そ、そうだけど」

「なら、もう少し遊んでから帰ろうぜ。バイトの体力を残す程度にさ」

「で、でも……」


 今どき、何をして遊ぶにもお金がかかる。

 彼女もそう思っているのであれば、この言い淀みにも説明がつく。


 要は、また奢られることに罪悪感を感じているのだ。

 だから、罪悪感を感じさせないようにすればいい。

 お金をかけなくても遊べるところは、他にもある。


 頬を緩めて微笑みを見せていた俺は、彼女の反応を見るなり頬を引き締めた。


「じゃあ言い方を変える。今日はバイトの時間まで付き合え」

「あっ、ちょっと!」


 彼女の声を無視して、俺は彼女の手を引っ張って歩く。

 幼馴染なら、これくらい許されるだろう。



         ◆



「――飲み物、オレンジジュースでよかったか」

「あぁ、ありがとう」


 俺の部屋に来たこころは、どこか安心した様子だった。


「また奢られるんじゃないかって不安だったか?」


 テーブルの上にジュースの入ったグラスを二つ置くと、俺は尋ねる。

 彼女は俺の言葉に目を見開いたあと、思わず苦笑していた。


「よく分かったな」

「伊達に幼馴染やってないんでな」

「まさか留衣の部屋に連れて来られるとは思ってなかった」

「今日は非日常が続いて疲れただろうからな。ここならいつも来てるし、安心できるかと思って」

「……ありがとう」


 頬の内側から朱色が染まっていくとともに、少しだけ口元を緩ませるこころ。


 表情や声音は人と関わる上で欠かせない要素だ。

 一般的に人は表情や声音で相手がどういう気持ちでいるのかを潜在的に判断し、言葉を選んでスムーズに会話を進める。

 だがこころはそれらに何も変化がないから、何を思っているのか分かりづらいのだ。

 それがどうにかなれば、少しでもこころは周りと接することができるだろう。


 それにしても最近は本当にいろんな表情を見せてくれるようになったよな。

 これが人前に出たらまた引っ込んでしまうのだろうが、今は俺の前だけでも十分な進歩だ。


 こころにしてみればお節介に感じるかもしれない。

 でも俺は、少しでもこころに周りと接してほしかった。


 それが彼女の幸せに繋がると感じたから。


「久々にゲームでもするか? ほら、これ」


 俺は彼女にそう提案すると、テレビゲームのソフトを棚から取り出して見せる。


「懐かしいなこれ。リメイク版か」

「小さい頃によくやったよな。店で見つけてそのことを思い出したら、何となく買っちゃってさ」

「本当に久々だから上手くできるか分からんぞ?」

「俺だって最近は全く手を付けてないから。そこはフェアだ」

「なるほどな。じゃあやるか」


 そんなこんなで俺たちは、童心に戻ってゲームを楽しむことにした。


「――もうこんな時間か」


 そうして気がつけば、こころのバイトが始まる時間にまで差し迫っていた。


「ここから直行でも大丈夫なら、もう少しいてもいいんだぞ。自転車で送るし」

「それは悪いよ。一人で大丈夫」

「甘えることも大事だ」


 苦笑するこころをまっすぐに見つめる。

 実際こころは、名残惜しそうに眉を下げていた。


 こころは毎日頑張ってる。

 だから、これくらいは許されてもいいはずだ。


 こころは迷うように少しだけ視線を逸したあと、ぴとっと俺にくっついた。


「……じゃあ、もう少しだけここにいてもいいか?」

「自転車、飛ばすからな」

「……ありがとう」


 俺の顔を見上げて笑うこころに、俺も目を細めて笑い返した。

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