8話 水族館デート
――イルカが飛び跳ね、太陽に照らされた水しぶきが光る。
その様子はまるで絵に書いたような綺麗さだった。
再びイルカが水面の中へ消えると、客席からどよめきと拍手が響き渡る。
かくいう俺もイルカショーを見たのは生まれてはじめてだったので、その迫力と綺麗さに思わず声を上げていた。
「おぉ……」
こころも声を漏らしすっかりステージのイルカに釘付けになっている。
が、先程見せた笑顔は顔から消えていた。
近くに人がたくさんいるから、自然と笑顔が引っ込んでしまったのだろう。
こころが人と関わらないのは自分の意志だが、人が苦手だから関われないというのもあるのかもしれない。
「迫力あるな」
「あぁ。すごい」
余程イルカショーに気を取られているらしい。
話しかけるが彼女の視線は俺の方に向かず、返答もいつもより語彙力がなかった。
いつもはクールな彼女だが、こうしてイルカショーに夢中になっているところを見ていると彼女も年相応の女の子なのだと感じられる。
そのあどけなさが少しだけ可愛く思えて、俺は頬を緩めながら彼女と一緒にイルカショーを楽しんだ。
◆
「――面白かったな」
イルカショーが終わり周りが野外ステージから館内へ移動する中、俺は席を立ち上がってこころに声をかける。
イルカショーはイルカだけのパフォーマンスだけでなく、飼育員との共同パフォーマンスも見られた。
イルカと飼育員が互いに互いを信頼して成す技は完成度が高く、何よりとても微笑ましい。
こころを気にしていた俺も、共同パフォーマンスのときだけは見入ってしまっていた。
「あぁ。健気に頑張って技をするイルカたちはとても可愛かったし、見ててすごく楽しかったよ」
こころは声を明るくするとともに、心なしか目も少し細まっているような気がする。
普段は全く変わらないこころの表情を変えられるイルカショーは偉大だ。
「見られてよかったな」
「あぁ、これも全部留衣のおかげだ。ありがとうな」
「こころがここのチケットを福引で当てたから来られたんだろ。俺は何もしてない」
「そんなことない」
こころはそう言うと、さり気なく俺の手を握ってきた。
「ちょ、こころ?」
「うるさい、いいから黙って聞いてろ」
言いたいことは山ほどあったが、鋭い視線でそう言われては何も言い返せなかったのでとりあえず従うことにした。
こころは俺の手を掴んだあと、何か決心するようにゆっくりと息をついて喋り始めた。
「……留衣がいなかったら、私はきっとイルカショーを楽しむことは出来なかった。来られたのは確かに私がチケットを当てたからかもしれない。でも、楽しめたのは留衣のおかげだ。留衣が傍にいてくれたから、私は心置きなくイルカショーを楽しむことが出来た」
そこまで言い終えたこころは、そっと指を絡めてきた。
――恋人繋ぎ。
それを意識すると、どうしようもなく頬が熱くなる。
「だから……ありがとうって言ってるんだ」
ひそめられる眉。
泳ぐ視線。
そして、うっすらと色づいている頬。
今の彼女を見ていると自分が自分でなくなってしまいそうだと察した俺は、それを誤魔化すために繋がれていないもう片方の手でこころの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ、ちょ、留衣」
「うるさい。いいから黙って撫でられてろ」
誰もいなくなった野外ステージで俺はわしゃわしゃとこころを撫で回す。
だが、気が済む前に彼女に手を跳ね除けられてしまった。
「な、何するんだよ」
繋いでいた手を離して頭を抑えるこころはさっきよりも頬の赤みを増している。
そんな彼女を、俺は真正面から見据えた。
「な……なんだよ」
少し怯えた様子のこころ。
さっきのお返しに目を見て言い放ってやろうと思った俺だったが、直前に照れ臭くなってしまい視線を逸しながらも口を開く。
「俺も、こころとイルカショーを見られてよかった」
「っ……〜〜〜っ!」
目を見開いた彼女は声にならない声を上げたあと、震えた声で「ちょ、ちょっとトイレ行ってくりゅ……」と甘噛みしながら走っていってしまった。
「……どれだけ可愛いんだよ」
顔はいま水族館にいる女性全員と比べてもこころの方が整っているだろう。
高校に上がってから会ったのならまだ彼女を可愛いと言うのも分かる。
だが俺は昔から彼女と一緒にいるため、正直に言えば彼女の美貌にも慣れてしまった。
それなのに、今になってどうしてあんなにも彼女が可愛く見えてしまうのだろうか。
「本当にやめてほしい……」
心臓に悪すぎる。
異性として好きでもないのに、あんな仕草をされたら嫌でも可愛く思えてしまう。
「……落ち着こう」
せっかく彼女が離れてくれたのだ。
俺も心を落ち着かせることにしよう。
再び席に座った俺は、心臓をなだめるように大きく深呼吸をするのだった。
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