6話 留衣に会うため

 ――ある日の夜。

 晩ご飯を食べ終えた俺は、ふと食後のデザートが食べたくなり近所のコンビニへと足を運んでいた。


「いらっしゃいませー」


 店内に入ると聞き馴染みのある平坦な声が聞こえていたのでレジカウンターの方に視線を向ければ、そこにはコンビニの制服を身に纏ったこころがそこにいた。


「留衣?」

「お前ここでバイトしてたのか」


 言いながら、俺は目を見開いているこころの方に歩み寄る。


 彼女がバイトをしていることは彼女から聞いていたので知っていたが、どこでしているのかまでは聞かなかった。

 というよりも、彼女には高校へ上がる時に「私、バイトをしようと思うんだ」としか聞かされていなかったのでどこでしているかは聞く余地もなかったのだが。


 それにしても、まさかうちの近所でバイトをしていたとは。


「まぁ……な。それよりも、留衣は何をしに来たんだ?」

「何って、そりゃあ買い物だよ」

「じゃあ、何を買いに来たんだ?」

「食後のデザートだ」

「食後の……もうそんな時間か」


 俺がご飯を食べ終えた時間が確か七時だったので、後片付けとコンビニへ来る時間も含めて今は七時十五分くらいか?

 彼女の腕時計に視線を落とす仕草で俺も現在の時間が気になりスマホを開けば、そこには「PM7:16」と表記されていた。


おっ、今日の日付と同じ時間だ。

……まぁ、だからといってどうというわけはないんだが。


「とりあえず、デザート持ってくるから会計してくれ」

「分かった」


 視線を上げて俺の言葉に頷いたのを確認した俺は、陳列棚にあるみかんゼリーを手にとってカウンターに戻る。


「これ、頼む」

「みかんゼリーか……」

「どうした?」


 つぶやいて呆然と見つめるものだから、思わず問いかけてしまった。

 俺がみかんゼリーを食べることがそんなに珍しかっただろうか?

 確かに俺はそんなにデザートを食べることがないが……。


「あ、いや、なんでもない。とりあえず預かる」

「ん」

「スプーンはつけるか?」

「頼む」

「レジ袋は?」

「いや、それはいい」

「分かった」


 そう言って俺からみかんゼリー受け取ったこころは、容器の側面にあったバーコードを手際良く読み取ってレジを操作していく。


「百三十二円だ」

「ん……はい」


 財布を漁って硬貨をこころに手渡す頃には、もうスプーンが用意されていた。

 さっきの手際の良さといい、やっぱり彼女は何でも完璧にこなす。

 俺はバイトをしていないからよく分からないが、きっとこれに慣れるまでは苦労するんだろうな。


「丁度だな。レシートはいるか?」

「いや、大丈夫」

「分かった……なぁ、留衣」

「なんだ?」


 みかんゼリーを持って店を出ようと思えば、こころから名前を呼ばれた。

 彼女は少しだけ気まずそうに視線を逸したあと、俺を見て口を開く。


「私、もう少しでシフト終わるから、少しだけ待っててくれないか? 一緒に……帰りたい」

「っ……」


 ほんのりと頬を染めながら言うこころに大きく心臓が反応する。


 ……どうして俺は単なる幼馴染にこんなにもドキドキしているのだろうか。

 いや、そりゃあ恥じらいながらおねだりするこころが可愛いからだが、最近はいくらなんでもドキドキしすぎな気がする。


 別にこころは彼女でも何でもないのだ。

 ただ一緒に帰りたいと言っているだけなのだから、ドキドキする必要なんて全くない。


「分かった。待ってるから、終わったらさっさと来いよ」

「……うん」


 コクンと頷く彼女を見ていられなくて、俺はその場から逃げるように店を出た。



         ◆



「――お前、いつもあの時間にシフト入れてるのか? 晩ご飯は?」


 暗い夜道を歩きながら尋ねると、こころは俯かせていた顔を上げる。

 というのも、俺は先程までこころのことを妙に意識してしまってなかなか声をかけられずにいた。

 彼女が顔を俯かせていたのも、きっと俺の気まずさが伝わっていたからだろう。


「晩ご飯はまだだ。バイトに行く前に作り置きしたから、家に帰ったらそれを食べるつもり」

「そうなのか」

「シフトの時間に関しては、あそこのコンビニがそこしか受けてなかったんだ。本当はもう少し前か後ろの時間帯に入れたかったんだが……」

「晩ご飯か?」

「そうだ。作り置きしたら出来立ての美味しさを味わえないし、だからといって帰ってから作ったら寝る時間が遅くなってしまう」


 話す声がいつもより暗いことから、相当シフトの時間を気に入っていないのが伝わってくる。


 彼女にとって食事は数少ない楽しみの一つだ。

 それを最大限楽しめないのだから、精神的にも辛いだろう。

 だからといって寝る時間を削ってしまえば、翌日に影響が出てしまう。


 だからこの時間帯で我慢するしかなかったのだろうが……。


「だったら他のバイトに移るのもありじゃないのか?」

「いや、でもそれは……」

「だってシフトの時間がそこしかないんだろ? お前ならきっと何でも出来るだろうし、自分の望むシフトの時間で雇ってくれるところを探したらいいじゃんか」


 それに加えて、こころの部屋はあのコンビニから結構な距離がある。

 ここじゃなくても、もう少し彼女の部屋から近い場所で雇ってくれるところもあるはずだ。


 自分の望んだシフトの時間じゃなく、自分の部屋からも遠い。

 あのコンビニでバイトをしようとした決定打が全く持って見当たらないのだが、どうしてあそこでバイトをしようと思ったのだろうか。


 ふと疑問に思っていると、彼女にいきなり背中を叩かれた。


「いだぁっ!?」

「いいんだよあそこで! あそこがいいの!」

「どうしてだよ! もっといいバイトあるはずだろ!」


 というか、なんで背中叩いたんだよ!

 痛ぇよ!


「それはっ……秘密だ!」

「はぁ!?」

「いいから早く帰るぞ! お腹空いた!」

「お、おい! ちょっと待てよ!」


 つかつかと先を歩くこころの背中を追いかける。

 彼女の意味不明な言動の理由がいつまで経っても分からない俺なのであった。

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