3話 一緒にいたい
「――香坂。お前、ミスとはどういう関係なんだ?」
ミス、というのはミス・アンドロイドの略称で、衣沙こころのことを指している。
そんな彼女の話題を出してきたクラスメイトの男子は、とても冷ややかな目をしていた。
「……幼馴染だよ」
言うべきか迷った。
見ず知らずの他人に俺とこころの関係を打ち明けるのには少し抵抗があったから。
だが特に隠す必要もないと判断した俺は、変に相手の気に障るような言葉をかけず正直に話す。
「幼馴染、か。幼馴染だから、お前はミスとそんなにも仲がいいのか?」
「そうだろうな。でも、なんで俺にそんなことを聞いたんだ。お前には関係のない話だろ?」
「関係あるさ。俺はミスが好きだ。ミスと付き合いたい。そのためにはミスと少しでも距離を近づけなくちゃいけない。だからミスと幼馴染であるお前は、俺の恋路の邪魔になる」
意味が分からない。
どうして俺がお前の恋路の邪魔になる。
俺とこころは単なる幼馴染だ。
こころが俺のことを好きでもない限り、俺は邪魔にならないはずだ。
言いたいことは山ほどあるが、それを口に出せるほど俺は強くなかった。
何も言い返せずにいると、クラスメイトは俺のことを睨みつけて、言い放った。
「……二度とミスに関わるなよ。お前がミスと釣り合うはずがない。分かったな」
俺だって、こころと釣り合うとは全く思っていない。
あいつは何もかもが完璧で、俺は何もかもが平凡以下だ。
俺にはいいところが何一つとしてないのに、どうしてこころは最近になって俺と関わることを望むようになったのだろう。
立ち去るクラスメイトの背中を見送りながら、俺はふと疑問に思うのだった。
◆
俺の昼食場所は、いつも屋上だ。
それは何故か。
人が誰一人としていないからである。
俺は人と群がることをあまり好まない。
高校でも、仲の良い友達などこころくらいだ。
その他のクラスメイトやなんかは全て他人と表現してもいいくらいに交流がない。
そして、そんな俺のためにある場所と言っても差し支えないほど屋上には人が全く来ないのだ。
それは多分、わざわざ屋上に来ようと思う人間が少ないからだろう。
屋上には何もない。
ベンチすらも。
屋上へ上がれるということが珍しいことだという認識のある人間がいればもしかしたら来ていたのかもしれないが、幸いにもそんな人間はいないらしい。
だからこそ、昼休みを一人で過ごしたい俺にとって屋上は天国そのものであった。
なのに……。
「なのにどうしてお前がいるんだよ!」
「うわびっくりした」
そう言いつつ欠片も驚いた様子を見せないこころ。
それはかろうじて俺に視線を向けるくらいあった。
「いつもはいないのにどうして今日はお前が屋上にいるんだよ!」
「どうしてって、留衣と関わるためだが」
「どういうことだよ」
「屋上には人の目も届かない。故に、私と留衣が付き合ってるって噂が流れる心配もない。留衣と関わるにはうってつけの場所だと思ったのだが」
留衣が昼休みにここにいることは知ってたし、と言葉を付け足すこころに思わずため息をついてしまう。
地べたに座って
「いいか? 人と群がることを嫌う俺にとって、誰も来ない屋上は天国そのものだ。お前がそこに来たら、俺が屋上にいる意味がなくなるだろ」
「そんなの、私の知ったことじゃない」
「っ……だったら、俺は他を当たる」
立ち上がった俺は、屋上の出口へと歩き出す。
「ここにいればいいじゃないか」
「お前がいたら意味ないんだよ。俺は一人でいたいんだ」
どうしてこころがいきなり屋上に来たのかはよく分からないが、そんなこと俺にしてみればどうだっていい。
今こころと一緒にいるわけにはいかなかった。
午前中のことがあったから。
だから俺はその場を立ち去ろうとしたのだが……制服の裾を掴まれることによってそれを防がれてしまった。
「っ!?」
思わず振り返れば、そこには俺の制服の裾をきゅっと掴んで悲しげに俺を見上げるこころの姿があった。
その表情は相変わらず変わっていないが、瞳には僅かに不安の色も浮かんでいる。
「……私は、留衣と一緒にいたい」
「どうして」
「私には、留衣しかいない」
彼女は、誰にも興味がない。
俺にしか、興味がない。
だから彼女には、俺しかいない。
彼女が俺と関わることを望むようになった理由が、少しだけ分かったような気がした。
「……分かったから、とりあえず離してくれ」
「もう逃げないか?」
どうやら彼女には、俺が屋上を立ち去る姿が自分から逃げる姿に見えたらしい。
そりゃそうか。
ここ最近はこころからずっと逃げてきたからな。
そうなれば不安になるのは当然か。
「逃げないよ」
「……なら、よかった」
安堵するように息をつくと、こころは制服の裾を掴む力を強めた。
「離してほしいって言った気がするんだが」
「……まだ、掴んでいたい」
そう言って頬を赤らめるこころに思わずドキッとしてしまった俺は、これ以上彼女を突き放す気にもなれなかった。
「……しょうがねぇな」
「ありがとう」
俺に感謝を述べたこころは、もう離すまいと両手で制服の裾を掴むのだった。
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