第73話 諦めないよ


「みんなで少し、お話しましょうか」


母さんはこれまでの事をあらかた兄さんに説明したけど、静琉は何も話さず、俯いてこちらを見ようとはしない


「そうか。蒼介は速水さんと付き合ってるのか。どうりで大人びて見えたはずだな」

「そ、そんなこと…」

「蒼介?大切にしてあげるんだぞ」


そう兄さんが言った刹那、静琉はバッと顔を上げたけど、俺と目が合うと、また俯いてしまう


兄さんは俺達を優しい眼差しで見てたけど、静琉の様子がおかしい事には触れなかった。

たぶん、ある程度察しているんだろう

相変わらず、優しくてカッコいいな


静琉は今、俺と同じように、色々感じるところがあるんだろう。

俺も何か悪いことをしたわけでもないのに、妙に気まずい


静琉は…今、何を思っているんだろう…


俺は…俺は、やっぱりちゃんと話さないといけないと感じた




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「兄さん…」

「どうした?」


みんなで話をしてて、少し休憩しようということになったので、俺は兄さんを呼んで二人きりで話すことにした


「…その、母さんから聞いたんだ。兄さんは昔、速水さんのこと…」

「ああ…。うん、まあ、そうだな」

「うん…」

「でも、今は蒼介の彼女だろ?そんなのもう関係ないじゃないか」

「兄さんは…それでいいの?」

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。兄さんは、俺が速水さんの彼氏でいいの?」

「…よくない、って言ったらどうする?」

「っ!?…それは…」

「俺がそんなの気に入らない、お前にはもったいない、なんて言ったら、それでお前は諦めるのか?」


諦める…か…


はは…俺が引いたおみくじの恋愛運。

「諦めが肝心」だったな


それでいい…のか?



まだ付き合って四ヶ月くらいかもしれないけど、ちょっと怖いところもあるけど優しくて、ヤキモチ妬きで、甘えさせてくれて、彼女も俺に甘えてくれて、可愛くて、綺麗で…


何より、あの雨の中、こんな俺を追いかけて来てくれた、かけがえの無い女性…


「…諦めないよ」

「蒼介?」

「兄さんが、ううん、他の誰かが何と言おうと、俺は静琉と一緒にいたい」

「ふっ…蒼介…」

「兄さん…」

「ちょっと見ない間に、大人に、いつの間にか男になったな 」

「に、兄さん…」

「心配するな。確かにちょっとショックだった。でも、相手がお前なら、今のお前なら、俺は満足だ。だから、自信を持て」

「うぅ…ありがとう…」

「ほら、泣くな。せっかくのイケメンが台無しだぞ?」

「くっ…!…兄さんに言われたくないよ…」

「ははは!ほら、早く彼女のところに行って来い!」

「もう、分かったよ」



そう言われて俺は静琉の元へ行こうとした。

すると兄さんに肩を掴まれる


「蒼介。もし泣かせるような真似をしたら、その時は許さないからな?」

「うん、分かってる。もう二度と泣かせるようなことはしないから」

「ん?なんだ?お前、もう泣かせた事があるのか?」

「あ、いや、それは…」

「全く…。意外と隅に置けないな」

「そんなこと…」


兄さんはニッと笑って、軽く背中を叩いた


「ほら、行ってこい」



本当に…本当にこの人はカッコいいな


いつかは俺も、こんな男になりたい




そう思いながら、俺は彼女の元へと向かった





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