第70話 おみくじ


「ねえねえ、どう?」

「う~ん、俺にはよく分かんないよ」

「むー!」

「それより、こっちはこれでいいの?」

「ああ、いいんじゃない」

「…そっけない」

「ふーんだ」


年明け、親御さんの所に挨拶に行く事になったので、手ぶらで行くのもどうかということで、お菓子でも買って行こうかという話に


「でも、これ…なんだろう…」

「ん?どうかした?」

「いや…なんでもない…」


その、なんというか、これは、よくあるあれなんじゃないだろうか。

ほら、「娘さんを僕にください!」的な。

そして「お前なんぞに娘はやれん!」的な


あれ…?…何しに行くんだっけ…?





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ほら、用意出来たよ」

「分かった。寒くない?」

「うん。これもあるし」

「そうだね。じゃ、行こうか」


大晦日の夜。静琉と一緒に初詣に出かける


俺が「毎年大晦日の夜に行ってるよ」と話したら、「じゃあ私も行く」と言ってくれてそうなった


去年は兄さんと二人で歩いたこの道を、まさか彼女ができて、並んで歩くことになるとは思わなかった


静琉は白、俺はグレーのマフラーを巻き、寒さのせいもあって、寄り添うようにくっついて歩き、神社に着く


「蒼くんはいつもここに通ってるの?」

「うん。家から歩いて行けてそこそこ大きな神社だし」


俺には毎年見慣れたこの神社の光景。

でも静琉は今年初めてこの街に来たんだな


「お参りしようか」

「そうね。ねえ、何お願いするの?」

「ん?うん…まあ普通だよ…」

「普通ってなによ」

「ほら、家内安全とか学業祈願とか…」

「へえ~、それだけ?」


…その期待に満ちた目は…

うん…分かってるよ


「…一緒に…」

「え?なになに?」

「くっ…!」

「教えてほしいなぁ」

「…静琉と一緒に…」

「私と一緒に?」

「一緒に幸せに過ごせますように…って…」

「…私も……ありがと…」


言わせておいて自分も恥ずかしくなったのか、顔を赤くして目を逸らし、でも繋いでいる手にはギュッと力が入り、体を俺にくっ付けてくる


「…お、お参りしよう」

「う、うん、そうね」


なんだかお互い照れくさくなった雰囲気だったけど、夜店の屋台を見ながら参道を進み、お参りは普通に済ませることが出来た


「じゃ、帰ろうか」

「あ、蒼くん、おみくじは?」


そういえば忘れてた。毎年必ず引いてたのに、なんで忘れてたんだろう。

初めて彼女ができて一緒に来て、緊張してた…のかな…?


去年だって兄さんと…にい…さんと…


「ん?蒼くん?どうかした?」


…うん…俺は…俺は今でも、兄さんの事を思い出す度に、どうしても静琉との事を考えてしまうんだ。

静琉はもう思い出だと言ってたけど、もし何処かで会ってしまったら…?

兄さんも、この街に来てから静琉と会えなくなったとしても、また会った時に、どう思うんだろう。まだ…好き…なのか?


もし再会した二人で、思い出話なんて楽しそうに目の前でされたら、俺は何も感じないだろうか…


…ごめん…無理だよ…


特に何も起こらないと分かっていても、無理だよ。だって、今ちょっと想像しただけで、こんなに嫌な気持ちになるくらいなんだから


俺は、あんなに尊敬してた兄さんと、こんなに大好きな静琉と…

なんなんだろう…この感情は…

…情けないな……





「…ねえってば!」

「へ!?」


気がつくと、静琉は心配そうに俺の顔を覗き込みながら、上着の袖をくいくいと引っ張っていた


「あ、うん、ごめん」

「どうしたの?急に何か悩んでるふうだったけど…」

「ううん、大丈夫だよ」

「…蒼くんは本当に分かりやすいね」

「…ごめん」

「なんとなく分かったけど、まあいいわ」

「…うん」

「ほら!おみくじ引こ?」

「うん」



静琉は中吉だった

中吉なので、書いてることもほとんどがいい内容で、「きゃー♪見てみて!」といった感じで見せてくれた


そして俺は安定の末吉

まあ、一番下でも吉は吉。そこまで悪い内容でもなかった。


うん。一つだけを除いては




おみくじを結びながら、静琉が言った


「待ち人、遠方より現る、なんて書いてたけど、もう私の隣にいるのにね」

「あはは」

「蒼くんは?」

「困難とか書いてたかな」

「もう!本当にあてにならないんだから!」

「まあ、おみくじだからね」

「でも恋愛はよかったんだ。えへへ」

「成就する、だっけ?」

「そうなの!」


そう言って、嬉しそうに俺の腕にしがみついてくる彼女


「蒼くんは?」

「…え?ああ、うん…そんな感じ…」

「蒼くん?」

「ほら、寒くなってくるし、帰ろ?」





『おみくじにしても占いにしても、いいことだけ信じてればいいんだよ』


そうだね、前に兄さんにそう言われたね


俺もそうやってきたつもりだったけど、今回ばかりは…ね…




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る