第62話 やけに細かい


翌朝、頬をツンツンと突かれている感触で目を覚ます。

ゆっくりと目を開けると、柔らかい表情でこちらを見ている彼女と目が合う


「あ、おはよ。起きちゃった?」

「ん…おはよ…」

「うふふ…可愛い…」

「ん…」


まだ寝ぼけてる俺は、目の前にいる彼女が現実に今ここにいるのか、はたまたまだ夢から覚めていないのか、どちらか分からずぼんやりと見つめる。


「まだ時間あるし、もう少し寝てても大丈夫だよ?」

「ん…」

「疲れてる?…昨日いっぱいするから…」

「ん…?」

「蒼くんって…草食系っぽいのに、割とケダモノだよね…」

「は?」

「もう…ギャップ萌えだよ…」


照れ顔の静流を見て、なんとなく思い出して恥ずかしくなってきたけど、ギャップ萌えを使うところが間違ってる気がする、なんて思う冷静な自分もいた





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


昨日言われたように、俺の服を一緒に見に行くということで、電車に乗って家から少し離れた街までやって来た


「普段はどういう所で買ってるの?」

「だいたいファストファッションだね」

「ふむふむ。シーズン毎に買うの?」

「いや。よれよれになったりしたら買い換える感じかなぁ。普段ほとんど制服で、私服とかあんまり着ないし」

「む~…それってどうなの?」

「だって、本当に必要に迫られないと、特に欲しいとか思わないもん」

「ダメだよ!勿体ないよ!」


そうは言われても、本当にそうなんだよ。

でも最近、俺と一緒にいる時の静流は、ファッションとかよく分からない俺の目から見ても、オシャレな装いなんだと思う。

でも最初会った頃、そう、バイト先で見てた服はラフな感じばかりで今とは違った


「ねえ。静流は服とかには気を使ってるんだよね?」

「まあ。人並みにはね」

「でもバイト先で最初会った頃は、パーカーとかジャージみたいな服ばっかりじゃなかった?なんで?」

「いや。楽だから」


真顔で返されちょっと驚く


「それを言うなら俺もそうなんだけど」

「うん。蒼くんはそういうの多いよね」

「じゃあ、最近オシャレなのはどうして?」

「そりゃ…好きな人には…綺麗だな、可愛いな、って思ってもらいたいじゃない…」


うん。俺が悪かった


「ごめん…あんまり気を使ってなくて…」

「だから、今日は私の好きにさせてもらうからね?」


「ふふ…」と、少し暗い目でそう言った彼女に、俺は黙ってついて行く





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「はぁ~…満足♡」

「…それはよかった…」


だいたいお店が開く11時くらいから回り始め、間に昼食休憩を挟み、その後夕方の5時前まで、ずっとあーでもないこーでもない、あ、やっぱりこっち!といった感じで連れ回され…もとい、いろんなお店に連れて行ってもらった。

とりあえず、試着室に入ってくるのだけはもうやめて下さい。お願いします



そして結局、最初に入ったお店に戻ってきて今に至る。

その後のお店って、なんだったんだろう…


「蒼くん、ちょっと大人しめの雰囲気だし、一人で佇んでる感じがクールで、私は好き」

「ありがとう…」


そんな真っ直ぐに言われると普通に照れる…


「なので、これにしようと思います」

「え?はじめに来た時に着たのと違うね」


黒のスキニーパンツにネイビーのシャツ。あと、今の季節に合いそうな薄手のコート


「ね?これ着てみて」

「分かった」


そのまま当たり前のように一緒に試着室に入ろうとするので、今度こそ止める


「ちぇ…」と呟いてるのは可愛いんだけど、他の人の視線が気になるし、俺もいい加減恥ずかしいんで、勘弁して下さい…


さっさと着替えて中の鏡で見てみると、全体的にシックな感じで大人っぽい。あと、このコートかっこいいし、好き


カーテンを開けると、


「うわ…やば……」

「え?何が?そんな似合ってないの?」


手で口元を抑え、絶句した様子の静流。

俺の問にも答えてくれない。


「そっか…。ごめんね。じゃ、着替えるよ」

「ふぇ!?え?なんだっけ?」

「だから、似合ってなかったんでしょ?」

「違う違う!むしろ逆だから!」

「ならいいんだけど」

「ちょっと、あの、えっと、ポケットに手入れて、少し俯き加減で、何か考えてるようにフッと、空を見る感じでよろしく」


設定がやけに細かいな


仕方ないので、俺は出来るだけ言われたようにやってみると、「はわわ…!」と言って、静流は興奮気味


「ダウナー系だ…やば…カッコよすぎ…」

「ダウナー系?それ何?」


説明してくれたけど、まだ興奮してるし凄く力説してるしで、いまいち分からなかった


「これに決まりで。いいよね?」

「うん。このコートかっこいいし、俺も好きだよ」


こういう格好したことなかったし、何より、彼女に服を選んでもらうなんて、経験したことなくて嬉しかった俺は、素直に感謝の言葉を伝える


「選んでくれてありがとうね」


ちょっと照れくさいのはそうなんどけど、やっぱり嬉しくて、笑顔になってしまう


「はうっ!…蒼くん…その顔は反則…」


なぜか静流は真っ赤になっておろおろしてるけど、喜んでくれてるならなによりだ





その後一緒に夕飯を食べ、帰路に着く


手を繋いで歩いていると、「学園祭楽しみだね」と自然に言葉になって出てきた


「そう?うん、なら良かった」

「うん」

「でも、他の子に目移りしちゃダメだから」

「するわけないよ」

「あと、ちゃんとくっついててね」

「分かったよ」

「私もちゃんと見張っとくから」

「なにを?」

「あんな格好で一人で歩いてたら、逆ナンされるに決まってるからね」

「そんな事あるわけないじゃん」

「蒼くん…自覚なさすぎ…」


ジト目で見てくる彼女が可愛くて、つい頭を撫でてしまう


「ふぇっ…!」

「静流だけがカッコいいって思ってくれてるなら、俺はそれで十分だよ」

「もう…もう!」


そう言って頬を膨らませ、手をギュッと握ってくる彼女。

学園祭か…。大学とか入ったこともないけど、静流と一緒なら楽しみだな



あ…そういえば、来週テストだ……





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