第001話 ある年の大晦日


「蒼介。ダウン着とけ」

「うん。外、寒いよね」


出かける用意をして自室を出て、リビングに入ると兄さんは既に準備万端で待ってくれていた。


普段両親が仕事で家にいない我が家。兄弟二人きりで過ごすのが日常だった。

でも、今年大学入試がある兄さんはバイトも辞めて、ほぼ毎日予備校通いの日々で、家で顔を合わせることがないというのもざらにあった。

俺も高校入試に備え、自室に籠ることが多かったし、こうして二人でゆっくりと出かけるようなことは、もう久しくなかったのではないかと思う。



普段なら街灯の灯りしか辺りにはない夜道。

でも今日は、建ち並ぶ家屋からも明かりがよく見える。

今、俺は兄さんと二人で、近くの神社に初詣に向かっているのだ。


「兄さん、おみくじ引くの?」

「蒼介は昔から好きだよな」

「そうかもね。なんか大吉出るまで引きたくならない?」

「ならないよ」


呆れたようにこちらを見てくるけど、その眼差しは柔らかい


俺が小学生の頃は、まだ父さんも母さんもうちにいる時間も多かったけど、中学に入ってからは週末だけ、そこからまた減って月に一度。今では何か特別な用事でもない限り、長期の休みであるお盆やお正月だけになってしまっていた。


「明日、父さんも母さんも帰ってくるね」

「そうだな。久しぶりだよな」

「仕事が忙しいんだね」

「うん。それもあるだろうけど、ここから遠いんだよな」

「なんとなく聞いたことある気もするけど、そんなに遠いの?なんでわざわざそんな遠くで働いてんの?」

「そうだな…なんでだろうな…」

「兄さんは知ってるの?」

「………」


少しだけ悲しそうな、それでいて俺に申し訳なさそうな、兄さんはそんな目をしてたけど、でも、何も言わなかった。

たぶん理由を知ってるんだろうけど、俺には話せないんだな。 俺もそれくらいは察することが出来た



神社が近付くと人通りも増え、少し周りも賑やかになってきた


「蒼介?やっぱり、明日みんなで来る方がよかったか?」

「ん~…でも、なんか子供の頃から、ずっと大晦日の夜中に初詣って行ってたよね」

「そうだな」

「だから、やっぱりこの時間に行くのが初詣、って気分になるんだよね。明日は明日で、またみんなで行こうよ」

「お前は妙なところで変にこだわるよな」

「そう?」


そんな他愛ない話をしながらも、境内に入りお参りする。

みんなが健康で幸せに過ごせるよう。

そして何より、今年は俺も兄さんも受験なのだから、そこはやはり神だのみだと分かっていても、お願いしてしまう


「そんな熱心にお祈りしても、やるのは自分なんだからな。最後まで気は抜くなよ」

「分かってるよ。兄さんもね」



帰る前、最後におみくじを引きに行く。

くじを開いてみるこの瞬間は、いくつになってもドキドキしてしまう。


(今年はなんだろう…)


見てみると、吉だった。

今まで凶とか出たことないけど、今年ばかりは出て欲しくなかったし、俺はホッとした


「兄さん、俺、吉だったよ。学業も悪い感じじゃなかったし、まずまずかな」

「そうか。なら良かったな」

「兄さんは?」

「ん?ああ、俺も吉だったよ」

「本当に?見せて見せて」

「悪い。もう結んじまったよ」

「そうなの?早いなぁ」


昔からそうだ。

兄さんはおみくじで俺よりいいのが出ると、決まってそう言って見せてはくれない。


「じゃ、冷えるし帰るか」

「そうだね」




来た道をまた二人で並んで歩いて帰る


「兄さん。志望校、B判定なんでしょ?」

「そうだな」

「たぶん、行けそうなんだよね?」

「このまま順調にいけば、たぶんな」

「やっぱり凄いな」

「ん?」

「子供の頃から運動も勉強も出来たじゃん」

「そうか?みんなと変わらないよ」

「兄さんは俺とは違って、凄いよ」

「なんでそんなこと言うんだ?」

「だって俺より成績もいいし、イケメンで女子にモテそうだし」

「成績はともかく、モテはしないけどな」

「俺の中では、ずっとかっこいいんだよ…」

「ん?」

「こっちに引っ越してきてから、俺がいじめられたりしても、いつも守ってくれて…」


トン、と背中に手を触れ、兄さんは言った


「そりゃ、大事な弟だからな。でもな、お前も俺と同じ、父さんと母さんの子供だ。だから、俺に出来てお前に出来ないなんて事は絶対にないから」

「そうかな…」

「自信を持て。お前にも大事な人が…そうだな、好きな人でもできて付き合ったりするようになれば、そうなるから」

「兄さんは好きな人、いないの?」

「ん~…どうだろうな。忘れた」

「なにそれ」

「まあ、俺の事はどうでもいいさ。お前はどうなんだ?」

「え?いや、いるようないないような…」

「ほら、似たようなもんじゃないか」


そりゃ、クラスで気になる子くらいはいるし、学年で有名な美少女に憧れるなんてことも、人並みにはあった


「だから、俺は別に特別でもなんでもない。お前と同じだよ」

「そうかな…」

「とりあえず、俺も頑張るから、お前もうちの高校に入って来いよ?いいな?」

「うん。それは頑張る」



兄さんは兄さんであると同時に、俺にとっては、頼りになって励ましてくれ、そして時には俺を叱り、でも背中を押してくれる、父親のような存在でもあった。


お前は俺と同じだと言った兄さんに、少しでも追いつけるように、そして、いつか本当の意味で、肩を並べて歩けるように…


そんなふうに思うのはもちろんだけど、やっぱり俺には無理だよな、なんて思ってしまう






その年の春、兄さんは志望校に合格し、俺も兄さんが通っていた高校になんとか受かり、入学することが出来た。

そして、兄さんが大学に進学したことで、俺はこの家で一人暮らしすることになる。


更にその半年後には、うちの両親公認の年上の彼女ができ、俺は学校で許嫁がいる男として知られる事になるんだけど、この時の俺にそんな事、想像出来るわけもなかった







……………………………………………


(2022年の大晦日に投稿したお話です)






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