第57話 これからは


「そうか。あの時の女の子か」


父さんの言葉に母さんは驚いて、詳しく問いただす


「この子達が転校することになったあの日、担任の先生と何人か一緒に悠介を見送りに来てくれたんだが、先生と最後まで残ってくれてた女の子がいてね。名残り惜しそうにずっと手を振ってくれてたよ。悠介に聞いた時、確か速水さん、って呼んでたし、うん、君のさっきの表情はあの時と同じだったよ」



そうか…

あんな事があったんだ。しかも兄さんは…たぶん静琉にとって初恋の男の子だったんだから、辛いのは当然だろう


ずっと、俺的にはずっと静琉と仲良く過ごしてきたと思ってたけど、そもそものきっかけは兄さんでもあるんだよな。

そう思うと、なんか複雑だ…


チラッと彼女の方を見ると、さっきまでとはまた違って、少し困惑した様子が伺えるし、たぶん俺と同じように感じているんだろう



「それで?静琉さん、何かあるのかい?」

「え?…いえ、何もありません…」

「そうかい?じゃあ、蒼、送ってあげなさい。明日もあるんだから、気をつけてな」

「うん…」




┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄


家を出て、もう10月になり肌寒くなった夜道を二人で歩く


並んで歩いてはいるけど、いつものようにくっつくことも手を繋ぐこともなく、静琉は少し俯いて、俺は少し斜め上を見ながら、目線を合わせることなく無言で歩く


(なんか気まずい…)


もう半分くらいの所まで来たけど、このままずっと何も話さないっていうのもな…


「あのさ…」

「うん…」

「明日、どうする?」

「うん…」

「………」


ん~…心ここに在らずか…

もうなんて声をかけたらいいか、俺には分からないよ…



そのまま遂にアパートまで来てしまい、彼女は「じゃあ…」と言って、一人で階段を上って行ってしまった


俺は静琉の背中を黙って見送り、踵を返してまた家に帰る。

なんだかんだ言っても、俺も静琉と回るの楽しみにしてたんだよな…

俺、情けないな…




┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄


「ただいま」


さっさと風呂に入って、今日はもう寝てしまおう。そんなふうに思いながら、リビングに入った。

そこで俺が見たのは、シュンとして項垂れている父さんと、腕組みしてそれを睨むように見つめる母さんの姿だった


(どうした…?)


久しぶりに帰ってきていきなり夫婦喧嘩か?

もう…こっちは色々疲れたんだから、そういうのは後でやってよ…


「ただいま…」

「あ、蒼。おかえり。静琉さんは?」

「うん。ちゃんと送って来たよ」

「何か言ってた?」

「いや…特には……」

「そう…。はぁ…この人がデリカシーなくてごめんね」

「え?」

「全く…ほら!言うことがあるでしょ?」

「う……そ、蒼…父さんが悪かった…」

「え?なんで?」

「いや、その……」

「本当に、親子揃ってにぶいわね」


なんだなんだ…なんで俺まで怒られてんだ…


「あのやり取りで、母さんはだいたい察しはついたわよ」

「え?そうなの?」

「あんな分かりやすいリアクションされたら、誰でも分かるって」


そうだったのか…?


「蒼?あなたは知ってるのよね?」


母さんが何の事を言っているのか、その目を見てれば分かる


「うん…」

「たぶん、先生が言ってた、お兄ちゃんが庇ってあげてた女の子っていうのが、静琉さんなんでしょ?」

「うん…そうだよ……」

「でもね…」


母さんは俺の所まで来て、優しく言った


「転校する前がどうであれ、静琉さん、今はあなたの彼女なんでしょ?」

「うん…」

「お揃いのリングまで買って、大好きなんでしょ?」

「う、うん…」

「じゃあ、これからは、あなたが、お兄ちゃんじゃなくて、蒼が守ってあげなさい」


ポン、と手を俺の頭に置いて、優しく撫でながら母さんは言った。

その感触が、いつも俺を甘やかして撫でてくれてた静琉の事を思い出させた


「それで?静琉さんは何か言いたいことがあったのよね?蒼?分かる?」

「うん…実は…」


俺は、静琉がうちの文化祭に行きたがってた事を伝えた


「なるほどね。うん、分かった」

「え…」

「あとは母さんがなんとかするから、あなたはお風呂に入って、今日はもう寝なさい?」

「でも…」

「いいから。私に任せなさい」

「…分かった」



相変わらずバツが悪そうに項垂れる父さんと、それとは対照的にやる気に満ちたような母さんと。


俺は言われたように風呂に入り、その後、自室に戻る。

ベッドに横になってみるけど、やっぱり簡単には寝れそうにない


と思ったけど、昨日あまり寝てなかったせいか、すぐに睡魔に襲われる。

眠りに落ちる前、最後に頭に浮かんだのは、静琉のいつもの楽しそうな笑顔と、母さんの「任せなさい」と言った時の笑顔だった





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