第36話 どこまでが本当の
「ふふ…お泊まりなんだ…うふふ…」
え…なんで…
「先週、みんなで緋村くんのバイト先行ったよね」
「うん…」
「その帰り、緋村くんは仁科さんと駅まで一緒に行って、少しして、そのあと自分の家に帰ったよね?」
「そうだね…」
「あそこが緋村くんのお家なんだ」
「まあ…そうだね…」
つけてた…ってことか…?
「次の日、あのお店にいた女の人と一緒に帰ってきて、そのまま入って行って。次の日の朝、また一緒に出て来たから、ああ、お泊まりしたんだな、って」
そうね…
「…それで、話っていうのは?それを伝えるだけでわざわざ呼んだんじゃないよね?」
「うん、そうだったね」
俺を見据える相田さんは、俺が今まで見てきた、その上で勝手にイメージしてた相田さんじゃなくて、妖艶な、静琉とはまた違う種類の、危うい雰囲気を醸し出している
そして、目線を少し上に上げ、ポニーテールに結んでいたリボンをほどき、その綺麗な黒髪を靡かせながら言った
「あの人と別れて、私と付き合ってよ」
夕焼け空を見ながらそう言う相田さんは、俺がポンコツだなんだと思ってた相田さんとは全くの別人だ
「なんでそういう話になるの?」
「なんで…うん、なんでだろうね」
「ついさっきも言った通り、彼女と別れるつもりはないよ」
「そう言ってたね。でも、私の方があの人より、もっと良くしてあげるよ」
「言ってる意味が分からないよ」
「そう?私の方が緋村くんのことよく分かってるし、大切にするって言ってるの」
え…急になに言ってんの…?
これ、仁科さんの時の比じゃないくらい、全く別人じゃないか
「本当に…相田さん…なの?」
「ええ。あなたと同じクラスで、織田くんと一緒にクラス委員してる
そう言ってクスッと笑うその顔に、俺はどこか懐かしさを感じる
(みお…みお…?)
「ほら。私もあのお姉さんに負けてないと思うんだけど?」
そして自分の腕で自らの胸を押し上げ、俺に見せつけるようにしてくる
「あの時も、私のおっぱい見てたよね…。ふふふ…気付いてたよ?」
ちょっと…これ…ヤンデレとかそういう話じゃないだろ。なんなんだ、これ
「相田さん…いつからなの?」
「どう言う意味?」
「いつから、そんなふうになったの?」
「ふふ…あなたに初めて会った時からよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「え?じゃあなに?」
「高校に入学して、クラス分けでこのクラスになって、先生に指名されて織田くんと一緒に委員になって」
「ん?そうね」
「いつも真面目そうで少し近寄り難い雰囲気だったけど、クラスメイトと話してる時は普通の女の子で」
「そうかもしれないわ」
「俺と話してくれた時は、ちょっと恥ずかしそうにいつもうつむき加減で、それでも嬉しそうに話してくれてたよ」
「うん、そうだね」
「ねえ、どこまでが本当の相田さんなの?」
「え?ああ、そういう意味?」
「クラスでは…俺達の前では、猫被って演技してたってこと?」
「緋村くん、酷いなぁ」
彼女はシクシクと、分かりやすく泣きまねをしながら、こちらをニヤッと見る
「だって、真面目そうなのにちょっと天然で、しっかりしてそうなのにどこか抜けてて、大人しそうなのに意外と胸は大きくて。そういうギャップが好きなんだよね?男の子はそういう女が好きなんでしょ?」
これ…小悪魔とかそんなんじゃなくて、ただの悪魔だろ……
「そういうの、ギャップ萌えって言うんだよね?どう?ドキドキしてくれた?」
スカートからスラリと伸びる足とくびれた腰。その上にあるふくよかな双丘を右腕で支え、風に靡く綺麗な黒髪を、左側だけ耳にかける
その艶っぽい表情は、あの時の静琉のそれを彷彿とさせるものだった
でも…
「それで?」
「え?」
「ああ。ドキドキしたよ。満足した?」
「え…?」
「じゃあ、俺、帰るね」
「待って!」
「まだ何かある?」
「……私の方が…私の方が、絶対いいのに」
いや、無理だろ
もし俺に彼女がいなければ、この事を知らなければ、相田さんと付き合ったと思う。
でも俺には静琉がいるし、しかも彼女の本性を知ってしまった
「この事は誰にも言わないから安心して?」
そして俺は「じゃあね」と言って扉に向き直り、歩き出す
「後悔するよ…」
後ろで相田さんがそう呟いたけど、俺はそのまま扉に手をかけ、その場を後にしようとした。すると、
「なんの根拠も保証もなく、私がいきなりこんな事言うと思う?」
「え?」
俺は思わず振り返ってしまった
「私が、いきなりこんな事言って、緋村くんにすんなり受け入れられると思ってたとしたら、ずいぶんおバカさんだと思わない?」
そりゃそうだろう。そんなの、普通に考えて上手くいくはずない。クラス委員やってて、成績も良い相田さんなら簡単に分かるはず。
「これ、な~んだ?」
!?
え…そんな…嘘だろ……?
彼女が自分のスマホを俺に向け見せたもの
それは、俺の全く知らない男と、静琉が嬉しそうに腕を組んでいる画像だった
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