8 心臓が止まりかけたアーデルハイト

 寒く吹きすさぶ日が出てくるようになっても、教皇様は旅を続けるのだと言い、その旅立ちの前に、わたくしにどうしても話しておきたいことがあるとのことで、本日、王都にある教会の面談室へとやってまいりました。


 曇り空の下から、こんにちは。

アーデルハイトでございます。


 大司教に案内されて向かった面談室の中へと入ると、相変わらず麗しいお姿の教皇様が、にこやかに迎えてくださいました。


 「ようこそ、アーデルハイト。外は寒かったでしょう。ああ、ここは、面談室ですからね。ここでは僕のことは教皇ではなく、名前のカリオで呼んでください」

「ええ、そうします。こんにちは、カリオ。外は、とても寒いけれど、そんな日に馬で駆けるのも気持ちの良いものですよ」

「ふふっ、そうみたいですね。でも、馬に乗るのも良いけれど、ちゃんと休まなくてはダメですよ。まあ、子供らしくいられる状況ではないのでしょうけれど」

「ええ、気をつけます。今は、少しゆっくり出来るようになりましたから」

「分かっているのならば大丈夫ですね。それにしても、アーデルハイトは馬で駆けることが出来るのですね。僕は馬に乗れないから少し羨ましいです」

「練習する時間が取れなかったのですか?」

「僕が乗ると、馬は進んでくれないのです。馬丁が言うには、僕をずっと乗せていたいから、進まないらしいのですけれどね」

「まぁっ、愛されてますのね」

「あははっ、そうですね、うん、そう。愛されていますね」


 まさかの、ずっと乗せていたいから動かないとは、驚きですわ。

わたくしのカローリは、ずっと乗せていたいから、止まらないことがありますけれど、動いてくれないのは困ってしまいますね。


 和やかにお喋りをして、お茶で喉を潤わせたあと、教皇様カリオは、真剣な眼差しになり、居住まいを正しました。

ここからが、「話しておきたいこと」なのでしょうと、わたくしも聞く体制を取り、耳を傾けましたが、その話の内容に心臓の鼓動が早まり、うまく息を吸えません。


 すると、ほっそりとした指先が、わたくしの肩に添えられました。


 ああ、後ろに控えていてくれたマヌエラの指だわ。


 そうね。一人じゃないもの。大丈夫よ。

わたくしには、頼れる仲間がいる。愛する家族がいる。

 それに、支えてくれようとしている婚約者と、その家族もいる。


 眉を下げて、しょんぼりした顔になった教皇様カリオに、「大丈夫?」と尋ねられましたが、返事もせずに少し冷めたお茶を喉へと流し込みました。

未だ微かに震える指をなんとか握り込んで誤魔化し、深呼吸をしてから、「大丈夫……」と答えたのですが、その声も少し震えており、なんだかおかしくって笑えてしまったわ。


 「はぁ……。カリオ、驚き過ぎて心臓が止まりそうだったわ」

「うん、ごめんね。でも、話しておいてって言われてしまったから、話さないわけには、いかなくて」

「っ!?……そ、それは、神様から、ということ?」

「そうです。ハイジが、最後の王になることは、話しておかなければならないって。世界のことわりが変わるから、と」


 教皇様カリオの話によると、まず、わたくしが祖となる王の証を顕現させることになるのは、アーデルハイトが死んで、次に生まれ変わってからだったそうです。


 しかし、セラ様がわたくしの時を戻そうとし、神様がそれに手を貸したことで、わたくしの次の生まれ変わり先が、再びアーデルハイトとしての人生になった。


 そして、"最後の王"とは、どういうことなのかというと、これより先に祖となる王の証も、王たる証も、この世に出ることはなくなるからということでした。


 王の証は、世界の澱みを取り込んで能力を使うことで、魔物の活発化と氾濫を防ぐ浄化装置のようなものだそうで、時を重ねた今、それほど澱みは無くなり、魔力を使う人間が増えて来たこともあって、王の証による浄化が必要なくなったとのこと。


 そして、祖となる王とは、世界に一人しかおらず、色んな時代に現れた、その人物は魂が同じなのですって。


 つまり、わたくしだけ。

色んな時代に現れた祖となる王は、全てわたくしの前世であった。


 神様は、澱みの酷い世界を浄化するための装置として、ひとつの魂に能力を刻んだ。


 時代を経るごとに、その刻まれた能力は様々に変化し、人々が魔法陣として使い、魔道具を作って行った。


 そして、魔道具が普及するにつれ、魔力を使うことで澱みが減り、そろそろ浄化装置が要らなくなるというところまで来たので、祖となる王の誕生は次で終わりにしても良いだろうと、神様は判断した。

次というのは、アーデルハイトが死んで次に生まれ変わったときなので、今ということですね。


 しかし、神様に能力を刻まれた、その魂は、神様の寵愛を受けたと世界のことわりに判断されたことで、試練と言えば聞こえはいいけれど、波乱万丈で不遇な人生ばかりを送ることになってしまい、かなり魂が疲弊し、摩耗していってしまった。


 祖となる王となるべく生まれて来る以外でも、生まれて来ていたので、そういう時は祖となる王の証がないため何の力もなく、ただただ不遇な人生を送っただけに終わることもあった。

そんなことが続いていた私の魂は、次に生まれ変わったときには心がもたない可能性があったため、神様はなるべく目を離さないように見ていたそうです。


 「見ていたからこそアーデルハイトを救うのに間に合った。神様がセラフィマという女性の魂を、アーデルハイトと繋げたのは、今までの感謝を込めて、ということです」

「そうだったのですね。では、わたくしのもとへ生まれて来るセラ様にも、王たる証は現れないのですか?」

「現れません。もう、必要ないからです。アーデルハイトは、魔物避けの魔道具を作らせて、それが完成したでしょう?これからは、その魔道具がありますし、魔力の使い道も多様化していくことになると思います」

「……多様化?」

「はい、多様化します。まあ、アーデルハイトが生きているうちに、そこまで多様化するかは分かりませんけれどね」

「うーん。よく分からないけれど、何か残念だわ」

「ふふっ、次に生まれ変わったときに期待をしましょう。そのときには、アーデルハイトの魂に刻まれた、祖となる王の証も消えているでしょうから、きっと今までのような不遇の人生ではなくなると思いますよ」

「そうね。そうなると良いですわね」


 でも、祖となる王の証を持っていたのは、わたくしの魂だけ、ということなのですよね?

そうなると、血縁ではありませんが、テルネイもヴィヨンも、その他の王たる証があった王家は、全てわたくしの前世の子孫?


 なんだか、とっても奇妙な感じがするわ。


 「そういえば、ヴィヨン帝国のお隣にカサドル王国が誕生したと報告を受けたのですが、魔物避けの魔道具があれば、王たる証がなくても問題ないということですか?」

「はい、今の状況なら問題ないみたいですよ。これからは、王が王たり得る人物であることが重要視されるようになりますから、国や民のためにならない行動をする王は、降ろされてしまうような時代が来るでしょうね」

「なるほど。……ねぇ、カリオ。証持ちは、どういう基準で生まれていたのか聞いても大丈夫でしょうか?」

「…………ああ、うん。そんなに簡単にホイホイと証持ちを誕生させられないということがあって、そうなると、まず第一に考えないといけなくなるのが、証持ちが健康で長生きできることなのです」

「……つまり、王が王たり得る人物であるかどうかは、健康長寿の次、ということですか?」

「そういうことです。まあ、暴君になるような人は選んでいないけれど、自分本位なところがある人はいたと思いますよ。だって、誰に何を言われようとも、証持ちの王がいないと国として困る状態であったのですから」


 自分がいなければ、国として困るのであれば、最初は謙虚であっても、歳を重ねていくうちに、傲慢で自分本位な人間になっていく人もいたでしょうね。


 ヴィヨン帝国のように先代皇帝が証持ちで、その他の皇族に証持ちが誕生していない現状であれば、国として先代皇帝に頼るしかない。

そんな状況になってしまえば、証持ちである先代皇帝の要望に無理があっても、何とかしなければならなくなる。

 

 でも、ヴァルター卿曰く、ヴィヨン帝国皇帝は、証持ちではないけれど、上手く国を回しているそうですし、陰ながら名君と呼ばれているのですって。

証持ちである先代皇帝の手前、表立って彼を名君と呼べないのだそうですが、その辺りに先代皇帝と現皇帝の関係性が見えてきますね。


 ヴィヨン帝国の現皇帝が証持ちであったならば、どれほど良かったかと囁かれているそうですが、これからは証持ちなど必要なくなるのですから、表立って名君と呼ばれるようになるでしょう。

 

 ただ、カサドル王国が独立し、魔物避けの魔道具で国として存続して行けるようになったことが分かれば、他のところでも独立しようと、戦争が起こる可能性もありますし、その魔道具を欲して、我がモルゲンロート王国も狙われるかもしれません。


 教皇様カリオとの話が途切れた際に思案していた わたくしでしたが、彼がクスクスと笑う声にそちらへ視線を向けると、「心配いらないと思いますよ?」と言われました。


 「心配いらないのですか?」

「はい。アーデルハイトは、思うままに、そのままで大丈夫です」

「それは、何故なのでしょうか?」

「ふふ。ナイショです」

「内緒、ですか」

「はい、ナイショです。教会は、政治に関わらない。ですから、何故なのかは言いません。でも、アーデルハイトなら大丈夫ですよ」

「そう……ですか。うん、カリオがそう言うのなら、大丈夫なのでしょうね。わたくしは、わたくしらしく生きていきますわ」

「はい。それで良いのですよ」


 この先、再び教皇様カリオに会えるかどうかは分かりませんが、また会える日を願って、この日は別れました。


 今まで無事であったことから、問題ないのだとは思いましたが、せっかく出来た魔物避けの魔道具があるのだからと、彼に渡してあります。

今はまだ少し大きい魔道具なので、馬車に取り付けることになってしまいますが、そのうち徒歩で移動する際にも持ち歩ける大きさになれば良いですよね。

 

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