7 クマさんに居座られているアーデルハイト

 皆様、おはようございます。

朝日が目にしみる……なんて、死ぬ前のときでは、いつものことだったわね。と、徹夜で仕事を終えた、女王アーデルハイトでございます。


 赤字のズタボロ領地を早急にどうにかするべく、アイゼン伯爵ことお父様は慌ただしく、その領地へと向かわれたのですが、お母様はついて行っておりません。

アイゼン伯爵領となった地は赤字のズタボロですので、あまり治安もよろしくなく、道中も不安であることから、そんなところへお母様を連れて行けないと、お父様は「頑張ってどうにかするから、それまで不便をかけるが、ブラットのところで過ごしていてくれ」と、凛々しいお顔に寂しさを滲ませておられました。


 お母様は、「ええ、頑張ってらして」と満面の笑みを一瞬浮かべてから、眉を下げてお顔を取り繕っておられましたが、ブラットと過ごせることの喜びを全く隠せてはおらず、お父様は、しょんぼりと旅立って行きましたわ。


 でも、お母様とて、お父様のことを何とも思っていないということはないでしょうから、心配いらないと思いますけれどね。


 お母様は、王宮を出る際に、輿入れの際に実家から持って来た物は全て持ち出しましたが、王妃となってから手にした物のほとんどは置いて行っており、その選別時には「これは、あの時に。ああ、それは、あの茶会のときに……」といった感じで、お父様から贈られた品の思い出話を、実家から連れて来ていた侍女に微笑みながらしていたと報告を受けたのです。


 王妃として身につけていた衣装や宝飾品などは、さすがに伯爵夫人となった今は相応しくないと判断し、「売って少しでも国庫の足しにしてちょうだい」と、にこやかに去って行ったそうですが、それではあまりにも寂しいと思い、マヌエラに相談した結果、お母様がお父様から贈られたドレスをいくつか手直ししてもらうことにしました。


 王妃に相応しい高価な布で作られたドレスは無理ですが、宝石が散りばめられたドレスであれば、その宝石を減らすだけで価値が下がり、伯爵夫人となったお母様でも着られるようになるということでしたので、お針子たちに頼んだのです。


 お針子たちは、わたくしの戴冠式の衣装を作るのに徹夜続きとなり、かなり無理をさせてしまいましたが、きちんと休みを取ったようで、今は顔色も良くなりましたわ。


 普段の衣装であれば仕立て屋を呼んで作らせるのですが、戴冠式の衣装となると、素材の値段が跳ね上がり、仕立て屋で用意できるものではないそうで、その素材を手元に置いておくことすら恐ろしく、そういったものは、城のお針子たちの業務になるのです。


 ということで、大きな宝石をいくつか外すだけならば、すぐに出来るとお針子たちが数日で仕上たドレスをお母様に届けてもらったところ、それを見たお母様は泣いてしまい、「これ……、陛下、じゃなかった、夫が贈ってくれたドレス……。まさか、また着られるなんて……」と、喜んでくれたとのこと。

涙を拭ったお母様は、「女王陛下に最大の感謝を……」と言いかけて、「ううん、……ハイジに、わたくしが、母が喜んでいたと伝えてください」と言い直したのだとか。

 その報告を聞いたわたくしも嬉しくなりましたわ。


 ちなみに、お母様は、わたくしのお抱え画家となったブラットの住む家で、しばらくは使用人たちに遠巻きにされていたのですが、今では大歓迎されているのだとか。


 というのも、お母様は、ブラットの異母姉でして、弟であるブラットに食事や入浴をさせることなど簡単だったようで、「あら、ブラット?お食事が出来ないほど、絵が気になるの?だったら、お姉様が手伝ってあげるわ!そうしたら、すぐに完成するでしょう?」と、勝手に筆に絵の具をつけて割り込んで行くので、それを嫌がったブラットが、食事や入浴だと使用人に呼ばれた場合は、即座に受け入れるようになったそうよ。


 お母様の新たな一面を知って、くすりと笑ってしまいましたが、この未来も死ぬ前のときにはなかったことですので、二人が生きて姉弟として暮らしていることに、セラ様と神様、そして、一緒に命を賭してくれたセラ様の息子にも感謝しております。


 セラ様の息子にもきっと、いつかまた会えると信じています。

恐らく、セラ様の子として生まれて来てくれるのではないかと思っておりまして、この先の人生に楽しみが増えますわ。


 ロザリンドも、やっと治療を終えたので、お母様がいるブラットの家へと泣きながら向かいました。

「ねぇさまと離れるの、いやぁ〜……」と泣いて縋られ、思わず一緒に住もうかと口にしそうになりましたが、それはロザリンドにとって良くないことだと思いとどまり、「二度と会えなくなるわけじゃないわ。また必ず会えるから。お手紙書くわ」と何度も彼女の頭を撫でて、なだめすかして、別れを告げたのです。


 王女ではなく伯爵家令嬢となったロザリンドが、治療を終えているのに城に滞在していては、「未だに王女気分でいるのか」と言われてしまいますし、わたくしも評判を落とすことになりかねませんからね。


 10歳の女王など、やはり甘ちゃんだなどと言われないようにしなくてはなりませんが、お母様とロザリンドには、わたくしから会いに行きますわ。

ヴァルター卿風に言えば、「なーに。カローリ魔獣馬で飛ばせば、すぐ着く。ちょっと時間があれば行けるでしょう」と、そのちょっとした時間を作るべく、奮闘中です。


 わたくしから会いに行くと言いましても、なかなかその時間が取れないのが現状なのですけれどね。

手伝ってくれるはずであった元国王のお父様は、ズタボロ領地が限界を超えそうというか、恐らく既に超えているのではないかということで後回しに出来ず、テルネイ大公は粛正のため、セラフィムはお母君へのご報告とセラ様のお墓参りがあるので共に帰郷したことで、執務の戦力がかなり低下しており、わたくしの目元に居座っている薄墨色のクマちゃんは、立派なクマさんに進化を遂げました。


 セラフィムも王太子教育を受けていただけあって、11歳ながら新人の文官くらいの戦力はありましたし、何よりわたくしの癒しになってくれておりました。

そんなセラフィムがいない寂しさと疲労を癒すために、わたくしは執務室に、セラフィムと二人で並んで描いてもらった絵を飾ってありますの。


 この絵を見て、セラフィムを見たことがある人は、首を傾げるでしょうね。

何故かと言えば、彼がカツラをかぶってお化粧をして、ドレスを着ているからですわ。


 セラ様を見たことがあるのは、死ぬ前のときにお会いできたわたくしと、神様からの神託によってセラ様がおられた世界の夢を見られた教皇様だけということで、それを知ったセラフィムが拗ねてしまいまして、それならば見せてあげましょう!と、セラフィムを女装させましたの。


 まだ11歳ということで、骨格もそれほど太くなっていないことから、セラ様そっくりに仕上げることが出来たのですが、テルネイ大公は眩しそうに見ておられましたわ。

セラフィムは、「おおっ!これがセラフィマ姉上か!?ハイジ、そっくりか?」と、嬉しそうでしたが、女装させられて、これほどまでに喜ばれるとは思いませんでした。


 11歳ですと、本来ならばコルセットはつけないのですが、セラフィムは男の子なので背が同年代のご令嬢と比べて高いため、コルセットをつけての女装となりまして、装着するときにかなり大変な思いをしたそうです。

このような拷問具は廃止にした方が良いのではないかと、かなり真剣な表情でしたが、普段から気をつけていれば、腰周りにお肉はつかないので、それほど苦しい思いはせずに済みますわ。


 この絵も子供が産まれたら、見せてあげましょうか。

どのような反応をするか、楽しみですわね。


 何日経ったのか分からなくなるほど、みんなで仲良く目元にクマさんを飼っていた、そんな、ある日。

教皇様から面会のお手紙が届きました。


 戴冠式を無事に終えて、教皇様は次の地へ旅立って行かれたと思っていたのですが、何かあったのでしょうか?

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