6 頭を抱えるアーデルハイト
皆様、ごきげんよう。
女王となったアーデルハイトでございます。
即位式を終え、目をギラつかせていたテルネイ出身の過激派たちは、わたくしが言い渡した沙汰に抵抗しておりましたが、とあることを告げた途端に折れてしまいました。
既にテルネイ王国はモルゲンロート王国に降り、大公の地位を与えられているので、祖国であると過激派たちが主張している、この地に還りたいのであれば、とある手続きをすれば済むのです。
その手続きとは、移領申請というもので、領地を移る希望を移住先の領地へ申請して通れば、移り住むことが可能になります。
国を
しかし、過激派たちは国家反逆という罪を犯したので、流刑地とした"
その鉱山があるのは、テルネイ大公領なので、彼らは祖国と主張していた、この地に残ることは許されないのです。
それを言ったところ、ぼう然として床にへたりこんでしまったので、兵士たちが引きずって行ったのですが、その様子を見るに、どうやら、祖国奪還を掲げ、この地に還りたかったのは本当だったようで、少し驚きましたわ。
それにしても、もう少しスッキリとするかと思いましたが、これといって何かを思うことはありませんでしたね。
わたくしが死ぬ前のときにされたことは、死ぬ前にいた世界での出来事であって、今いるここではないからなのかもしれません。
アイゼン王国からモルゲンロート王国となったときに粛正が行われ、当主一族を分家の家系に入れ替えて存続させることで、完全に取り潰しとなった家はそこまで多くありませんでしたが、結ばれていた婚約が破談になってしまった家が多く、その調整にも時間が掛かりました。
派閥は主に4つあったのですが、アイゼン王国王家派、テルネイの穏健派、テルネイの過激派、中立派で、その中で中立派というのは、魅了の魔眼の影響を受けないほど王都より離れていたり、危険な魔物がいた北西の森の反対にある南部の辺境の領地にいたりして、テルネイの穏健派や過激派の存在も知らずにいた家がほとんどでして、今回の騒動に呆然としていたように思います。
粛正の対象とならなかった南部の地域は、これといった特産もなく、細々とした領地経営をしていた家が多く、穀倉地帯でもなかったことから、他の派閥に目をつけられることがなかったのだろうというのが、ヴァルター卿の意見でした。
ということで、祖となる王の証を発現させた わたくしを後押して女王とし、テルネイ王国王太子セラフィムを王配とすることに舵を切ったテルネイの穏健派と、対岸の火事を呆然と見ていた中立派の2つが、現在の主な勢力となっております。
過激派は潰しましたし、アイゼン王国王家派は、元からそれほど勢力を持っておらず、とりあえず今は中立派寄りといった感じでしょうか。
通常ならば、破談となった婚約を結び直すとして、年頃や爵位、行なっている事業などを鑑みることになるのですが、テルネイ大公領にいる貴族にも粛正の対象となっている家がありまして、そちらでも破談になる婚約があることから、テルネイ大公領の子息令嬢たちも交えての大規模なお見合い茶会を開き、そこで相性を見てはどうかとなったのです。
しかし、テルネイ大公領からモルゲンロート王国王都までは、海を隔てている上に港からもかなりの距離がありまして、テルネイ大公領に連なる子息令嬢の到着を王都で待ってからの開催となると、来年の社交シーズンを過ぎてしまいます。
そうなると、現在、適齢期のご令嬢たちから不満が出てしまうこともあって、彼女たちにはお見合い茶会の前に、こちらからお相手を斡旋することにしました。
そして、その作業は、アイゼン王国王城改め、モルゲンロート王国王城の陛下専用執務室にて行われております。
そう。お父様や代々の国王が使用していた執務室ですわ。
女王となった わたくしもそのまま使用しているのですが、関係各所のほとんどがそのまま使われておりまして、新たに城や宮を建造する予定は今のところありません。
経済を回すために、モルゲンロート城を新たに建てるのも良いのではないかとの意見も出たのですが、そんなことに予算を割けない事態となりまして、使えるものは、このまま使い倒しましょう!と説得しました。
「しっかし、どうしますかなぁ、これ……」
「ヴァルター卿、もう空きの人員に心当たりはありませんの?」
「それなりに伝手は多い方だと自負している儂でも、さすがにこれ以上の人員はおりませんからなぁ」
「この際もうお歳を召されていても構わないから」
「いや、既に隠居したジジィ共に声をかけた後でしてな。この一覧の下の方は儂らと同年代ですので、これより上の年齢層となると、
「そう……ですわね。少々、体力的に可哀想よね……」
「後進を育てる間だけとはいえ、さすがに立て直すのに数年は掛かりますからな。その間、領主として活動させるには、年齢的にキツイものがありましょう」
適齢期のご令嬢をお見合いさせるにあたって、斡旋するお相手は決まったのですが、そのお相手になった男性は跡継ぎではない、婿入りできる者ばかりだったのまでは良かったのです。
そのお相手候補を粛正で空いた領地の領主に据えることにしたのですが、まだ10代前半の
しかし、領地経営が出来る割と若い人員は、既に粛正されて代替わりすることになった実家や本家を継ぐことになり、そこの引退した人員を引っ張り出そうにも、自分の家の利になるように動く可能性もあることから、不用意に抜擢することも出来ない。
そんな状態であるため、とりあえず一時的に王家直轄領として治め、代官を置いて、その代官にお相手候補を育成させることにしたのですが、その代官が足りないのと、領地が赤字のズタボロに近いところが、ちらほらとあり、それを立て直すために国庫がみるみるうちに減っていっているのです。
過激派の足もとを見て、高い値で食糧を売っていたはずの粛正された家が、どうしてこうも赤字のズタボロなのかと、わけがわからないと報告書を読んでみれば、贅沢品を買い漁ったり、賭け事に興じていたり、あまりよろしくない趣味にお金をかけていたりと、領地経営にそのお金を回していないどころか、あぶく銭で楽しんだ行為を我慢できず、領地経営に使われなければならない税収まで使い込む始末で、更に足りないと増税までしていました。
その中でも一番酷い赤字のズタボロ領地は、アイゼン伯爵ことお父様が引き受けてくださったので、お父様は今そちらにかかりきりとなっており、わたくしの執務を手伝う余裕はなく、わたくしを含めて皆の目元には薄墨色のクマちゃんが住み始めておりますわ。
きっとお父様の目元にも住んでいることでしょう。
眉間を揉みほぐし、ぬるくなったお茶を一気に飲み込んだヴァルター卿は、「テルネイの方には人員は余っておらんのでしょうか?」と、聞いて来ました。
「それに関して、テルネイ大公に尋ねてみたのですが、ドナートの母であるドロシーから難しいと返って来たのです」
「無理ではなく、難しい……ですか?」
「ええ。嫁入りや婿入り、あとは養子として、こちらへ来る分には大丈夫だけれど、いきなり領主となるのは、時期尚早だそうよ。それに、あちらは粛正が今からですもの」
「あぁ〜……、まあ、そうですな」
アイゼン王国民であった者からすれば、ほんの数日前までテルネイ大公領は別の国だったという認識があるため、そんな別の国の人間がいきなり領主としてやって来るというのは、少し受け入れ難いものがあるということでした。
テルネイ王国が吸収されて大公領となったため、領主がその吸収された地の出身ということで、反発心を抱かれると、やりにくということをドロシーに言われたのですが、わたくしからすれば、同じモルゲンロート王国民なのですけれどね。
それに、テルネイ大公領の粛正は、モルゲンロート王国の建国宣言後に行われることになっておりまして、セラフィムたちはテルネイ大公領へ向けて出発しております。
女王直属部隊の精鋭もつけてありますので、大丈夫だとは思いますが、まあ、暴れるでしょうからね。油断は禁物。徹底して潰すように言ってありますが、セラフィムを守ることを最優先事項として協力するように命令しておきました。
セラフィムには、セラ様のために確保した、お抱え画家のブラットが描いた絵画「夜を誘う
意を決したような表情で、「必ず、無事に持ち帰る」と力強く頷いてくれたのですが、ドナートから「死地に赴く兵士みたいな言い方をされておられますが、粛正に向かうだけですからね?絵は、こちらで厳重に管理いたします」と言われ、絵をひょいと持って行かれてしまったのよね。
セラフィムが、「ちょっとくらい良いじゃないか。カッコつけても……」と、いじけていたのですが、死地に赴く兵士気分のどこにカッコ良さがあったのか、わたくしは理解してあげられませんでした。
海を渡るので、絵の管理は一緒に行ってもらう専門家に任せることになります。
セラ様に見せる頃に損傷していたりしたら大変ですからね。
でも、何よりも大事なのは、セラフィムが無事に帰って来ることですわ。
元気な姿を再び見せてくださいね。
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