5 女王になったアーデルハイト
わたくしが
そうすると、どこからともなく、ゴクリと喉を鳴らす音が微かに響いたのですが、何故に喉を鳴らしたのでしょうか。
「……この者たちは、なにか、文句でもあるのかしら?」
「んっ、ないと思うよ。あったとしても、無駄な話だからね」
「ふふ、そうよね」
セラフィムの方を見ると、一瞬ではありましたが、少ししまりのない顔をしていたような……。
気のせいかしら?
マントをセラフィムではなく、わたくしが身にまとっていることを受けて、過激派たちが、どういうことだと声を上げたので、その瞬間に、先程よりもキツイ鞭の一撃を放ってあげました。
無礼でしてよ?
パァーーーーーンっ!!!
「はぅ」
「フィム?大丈夫?顔が赤いけれど……」
「ん"んっ、大丈夫ぅだよ。うん、大丈夫だから。続けよう」
「そう?」
ドナートのお母様が、先程から冷たい視線をセラフィムに向けているのですが、彼もそれに気付いたようで、背筋を伸ばしました。
セラフィムは、のびのびと育ったところがあるようですからね。
まあ、緊張して固まるのも困りますが、素の状態を出されるのも少々よろしくありませんので、今一度、気を引き締めて行きましょう。
過激派たちは、掴み掛からんばかりに前のめりになったので、それを危険だと判断した近衛騎士たちが、彼らを力ずくで押さえつけて
「ここは、謁見の間よ?誰の許可を得て発言しているの?わたくしは、許可していなくてよ」
「こんの、ガ……」
「お黙りなさい!今、わたくしのことをガキ呼ばわりしようとしたのかしら?祖となる王の証を持つ、このわたくしを。お前たちが何を言おうと、もう決まったことよ。それでは、始めましょう。教皇様、お待たせいたしましたこと、誠に申し訳ございません。よろしくお願いいたしますわ」
「はい、かしこまりました。アーデルハイト様、とても、ええ、とても、美しくなられましたね」
「まぁ、ありがとう存じます」
教皇様が、人の見た目に関して美醜を口にすることはないので、この"美しくなった"という言葉は、魂の輝きを意味しているのだと思われます。
祖となる王の証が内包する力を意識して放出できるようになったことで、魂は輝きが増し、その力を存分に扱えるようになって、更に増したのかもしれません。
セラフィムのエスコートから手を離し、優雅さを残しつつ少し勢いをつけてマントを翻し、玉座に座りました。
……これの練習も、実は、死ぬ前のときにセラ様とこっそりしたことがございますの。皆には、内緒ですわ。
恭しく王冠を持ち上げられた教皇様は、玉座に近付き、わたくしの髪が乱れないように、そっと王冠を載せると、落ちないか左右を確認してくださいました。
確認を終えて、大丈夫だと判断した教皇様は振り返り、居並ぶ貴族たちを見回して声を張り上げ、わたくしが王となったことを宣言してくださったのですが、あまりにも大きなお声で、少し驚いてしまいましたわ。
「ここに、神に認められし証を持つアーデルハイトが、王となったことを宣言します!!」
「アイゼン王国はテルネイ王国を吸収し、モルゲンロート王国と名を変え、わたくし、アーデルハイトが初代女王として立ちます。そして、元アイゼン王国国王には伯爵位を与えアイゼン伯爵に、元テルネイ王国国王には大公位を与えテルネイ大公とします。……民あっての国であるということを忘れるような者は、臣下として不要だと心得ておきなさい」
視線を鋭くし、覇気をみなぎらせて謁見の間に居並ぶ貴族たちを見回したあとに、思わず「ふふっ」と笑い声を漏らしてしまったのですが、わたくしもまだまだですわね。セラフィムのことを言えませんわ。
「いい子には、ご褒美をあげないと、ねぇ?でも、ご褒美の前に、愚かな者にはお仕置をしなくてはいけないわ」
「ん"んっ、そうだね、女王陛下。お仕置を……、うん、お仕置?」
「そうよ、フィム。ふふっ、アイゼン伯爵、杖をお借りしますわ」
「どうぞ、どうぞ。もう必要ありませんからな」
アイゼン伯爵こと、お父様は、今は謁見の間であることから、娘に対する接し方ではなく、女王に対しての接し方にしようとしているのですが、たまに顔が緩みそうになっていますわ。
台座に載せてあったアイゼン王国の王が代々受け継いできた王笏を執事から預かったアイゼン伯爵は、それを恭しく わたくしへと手渡してくれました。
近衛騎士に取り押さえられている過激派へと近付くと、わたくしは王笏でその人物の肩を突くと、相手は更に憎しみの籠った目で、こちらを睨みつけてきたのですが、これをすると喜ぶのではなかったかしら。
「なっ!?き、貴様ぁっ!!何をする!!?」
「貴様、ですって?王に向かって何という口の利き方をするのかしら。しかも、発言の許可は与えていないというのに。さすがは、王家の者を人質に取って、好き勝手に振る舞って来ただけのことはありますわね。さぞかし気分が良かったでしょう?祖国奪還だと息巻いて、王を思うがままに動かして来たのですから」
「なんだとっ!!?」
「統治を任されている領地からではなく、テルネイ王国王家直轄領から勝手に採取採掘をして売りさばいていたのでしょう?それに、祖国奪還が叶ったら、テルネイ王国王家が所有している島の一部をとある人物に与える約束をしていたそうね。……いつから、お前たちはテルネイの王になったの?」
憎しみのこもった目を向けられても、視線に攻撃力などあるはずもなく、痛くも何ともありませんので、過激派を王笏でツンツンと突いていたのですが、この王笏がアイゼン王国国王が持っていた物であることに、やっと気付いたのか過激派は、更に憎悪のこもった目を向けてきましたわ。
「祖国奪還も叶わず、それどころかテルネイ王国はモルゲンロート王国へと降った。テルネイ王国の王宮ごと人質として取り、王を思いのままに動かして来たお前たちは、国家反逆の罪人として裁かれるのよ」
「反逆者は貴様らの方だっ!!我々は祖国を奪われた!!その奪われたものを奪い返すことに正義があり、悪は奪った貴様らの方だぞ!!」
「だから、いつから、お前たちはテルネイの王になったの?奪われたのはテルネイの王であって、臣下でしかないお前たちではないわ」
「なっ……!?」
「奪われたものを奪い返せと、テルネイの王が望み、それをお前たちが叶えようとしていたのなら、まだ話は分かるわ。でも、お前たちは奪われたものを奪い返すことに躍起になって、王のことも民のことも何も考えていない。最初は、奪われたものを取り返そうと、王のため、民のためにと苦心して、事にあたっていたのでしょう。でも、代を重ねていくうちに、奪還することが目標ではなく手段になっていった。今のように国を好き勝手するためのね」
祖国奪還を掲げ、我こそが正義だと、様々なことを行なってきたのでしょうが、その心の内に潜んでいたのは、国を牛耳ることだったのだと思うわ。
王のためにと進言し、行動し、それを王が受け入れていくうちに、国を支配している気になり、自分の言うことを聞かない王は王として認めなくなっていったのでしょうね。
それでも、証持ちが王でなければ困るので、自分たちが取って代わることも出来ずにいて、やっとここまで来たと思ったところで、わたくしに全てを持って行かれた。
しかも、神が認めたという、揺るぎない証をもって。
わたくしは、冷めた目を少し細めると、そこに怒りを宿らせた。
しかし、その怒りの原因を口にすることは、しないわ。
その理由は、静かに成り行きを見ているヴィヨン帝国の先代皇帝が、この謁見の間にいるからよ。
わたくしが死んだあとの世界では、アイゼン王国は魔物の群れに飲まれ、人の住める場所ではなくなってしまったことから、過激派たちは、「祖国はアイゼンではなく、生まれ育ったテルネイだ」と、さっさと手のひらを返したのだけれど、こちらでは起きていないことだから、このことは言っても仕方がないでしょう。
しかし、この世界では、「祖国奪還が叶った次は、ヴィヨン帝国だ。陸と海で挟み撃ちにすれば、ひとたまりもないだろう」と、過激派たちは口にしており、そういった話が報告書と共にあがっていたの。
どこまでも自分たちの都合でしか、ものを考えない過激派たちに怒りを覚えたけれど、ここでそれをさらけ出すわけにはいかないわ。
だから、怒りを湛えた感情を溢れさせることなく抑え込み、にっこり笑って言ってあげた。
「お前たちが、何をどう言おうが、神様がお認めになられたことを覆せるわけがないでしょう?それとも、何?お前たちは、神様の決定にも否を唱えられるほどの立場にいる、と?そう思っているの?」
「ぐっ……!」
「ふふっ、お前たちは、勝手にテルネイ大公家所有の地から、採取採掘をしていたのよね?だったら……、好きなだけ、させてあげるわ」
「なん……だとっ?」
「ええ、好きなだけ、していると良いわ。でも、それじゃあ、罰にはならないから、ちゃぁんと監視も置くわよ?心配しなくても、
「あの、女王陛下?それって、罰になるのかな?」
「ええ、フィム。罰になるわ。だって場所は……、"
にっこりと笑うと、セラフィムはデレっとした顔をして、「うん?
あらまあ、嬉しそうね。
"
そのため、豊富な資源があることが分かっていても、なかなか採掘が進まず、罪人を使って採掘をするも、それほど経たずして死に至るため、ほぼ手付かずになっているのだとか。
わたくしは、死ぬ前のときにセラ様から、「過激派の害虫共を"
「なっ……!?し、死んでしまうではないか!!あんなところで採掘しろだと!?冗談ではない!!罪人は貴様らアイゼンの方なのだぞ!!罪人に採掘させるというのであれば、貴様らが行くべきではないかっ!!」
「アイゼンという国は、もうないわ。あるのは、モルゲンロート王国よ。祖となる王が立ち、国が新たになったのだから、奪った奪われたの話は、もうどこにもないのよ?」
「そんな……っ」
「ねぇ、新たな王が即位するとなって、それがセラフィムだと思わなかった?セラフィムが即位すると思って、お前たちは何を思った?『まだ子供だから、どうとでもなる。傀儡にするには、もってこいだ』と思ったのではなくて?」
「…………。」
「わたくしが、まだ今より幼い頃に、そうやって教育をされ、心を折られ、壊され、死んだような目で年齢にそぐわない、まだ学ばなくても良いような内容を詰め込まれていたわ。……でも、残念だったわね?」
セラフィムに、あのような思いをさせたくはありませんわ。
いいえ、セラフィムだけではないわ。子供をあのように追い詰めて心を折るなど、してはならないことよ。
……でも、罪人なら良いわよね?
ポキリ……、と折ってしまっても。
ふふっ。
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