閑話 アーデルハイトの即位式
謁見の間には、国王が出入りするための扉が玉座の正面に向かって右側にあるのだが、即位式が行われるときに使われる謁見の間には、右側だけでなく、左側にも扉がある。
それは、王冠を譲る国王が右側から、王冠を譲られる王太子が左側から入場し、戴冠が終わったあとは、前国王が左側から、新国王が右側から退場するためなのだが、この戴冠のときに国王が亡くなっている場合は、王冠を載せた専用の台車を真っ黒な衣装とベールで顔を隠した王太子以外の権力者が運んでくる。
その謁見の間で、右側から現れたテルネイ王国国王の姿に、目のギラつきが増していく過激派たちだが、真相を知っている者からすれば、この最高潮に達したところでズドンと叩き落とせると、内心ニヤニヤが止まらない。
既に書類上では、テルネイ王国は、アーデルハイトの国へと吸収されており、テルネイ王国国王はテルネイ大公という立場にあり、アイゼン王国国王はアイゼン伯爵となっているため、位の高いテルネイ大公が右側を使っただけである。
テルネイ大公の手には、テルネイ王国の王笏が握られ、頭上には王冠が載っているのだが、それは、過激派たちが厳重に梱包して勝手に持って来た物なのだ。
そんなことをテルネイ大公が見て見ぬふりをしたのは、「今では、それは、ただの飾りでしかないからな」と、彼が既に書類上はテルネイ大公になっていたからなのだが、さすがに過激派たちが好き勝手しているとはいえ、未だに王であったならば、王冠と王笏を勝手に持ち出させたりはしない。
アイゼン王国国王であったアイゼン伯爵も、王冠と王笏を身につけてはいるが、王笏は、後ほど女王となったアーデルハイトが過激派をツンツンするためのオモチャになる予定である。
そのことを知ったテルネイ大公も「私のも使うか?」と尋ねて来たので、それはさすがに申し訳ないとアーデルハイトが「それならば、加工し直して杖として使えるように致しませんか?」と、断っている。
テルネイ大公は、中年に差し掛かった年齢ではあるのだが、その苦労やストレスなどが積み重なり、アーデルハイトから見れば祖父とも言えるような見た目であった。
そんな彼は、王であったときの威厳を引っ張り出し、深く刻まれた
「今日、この良き日。ここは新たな国と
右側からは、ドナートの母親でもあるテルネイ大公の側近が、左側からは新たな国の宰相となった人物が恭しく書類を差し出し、その両方ともに両者のサインが入れられたのだが、書類の内容は、アーデルハイトとセラフィムの婚約契約書である。
既に国の合併は済んでいるため、「では、即位式のときに、何にサインをするか?」ということになり、アーデルハイトとセラフィムの婚約契約書はどうか、となった。
謁見の間にいる貴族たちは、その場で書類の内容を見ることは出来ないのだから、中身は何でも構わないかもしれないが、印璽とサインをしなければならないので、適当な中身では困るための案であった。
苦労をかけた息子が想い人と婚約を果たした、その書類を感慨深げに見やったテルネイ大公は、鋭い目を緩めて、こくりと頷いた。
(それにしても、いい加減、気持ち悪いな。目線の先にいる過激派共はジジイばかりなのだが、目をギラつかせて顔を赤くして、鼻息荒く興奮しておるのだが、ここが謁見の間だと理解しておらぬのか?しかし、このような汚いものを義娘となるアーデルハイト様に見せたくはないが……。まあ、仕方がない。……始めるとしよう)
「さて、ここに契約は成った。これより、我らが王をお迎えするとしよう」
テルネイ大公の言葉に過激派たちは、怪訝な顔をしたが、この場が即位式であることを思い出し、証持ちであるセラフィムが戴冠するのだろうと、そうなれば未熟な若き王を傀儡にするのも容易いと、再びギラつく笑みを浮かべた。
アーデルハイトが女王として、謁見の間に姿を現すための前段階として、テルネイ大公とアイゼン伯爵は、王冠と王笏を侍従に外してもらい、それを用意されていた台座へと預けた。
その様子に更に興奮していく過激派たちにテルネイ大公は、アイゼン伯爵と視線で会話した。
(気持ち悪くないか?)
(娘に見せたいものではないが、そういうわけにも……)
この二人の言いたいことも分かると察したドナートの母親は、「嫌なことは、さっさと終わらせるに限るわ」と、アーデルハイトを迎えるための合図を送った。
二人の父親が、「あ。」という顔をして、ドナートの母親を見たが、彼女は「アーデルハイト様ならば大丈夫でしょう」と、にっこり笑顔である。
セラフィムにエスコートされて現れたアーデルハイトは、「女王とは、こんな感じかしらね」と、死ぬ前のときに王妃であったセラフィマが見せてくれたようにして、目を
そこに、祖となる王の証を意識して、内から湧き上がる力を放出していくと、周囲は威圧されたように感じ、胆力のない者は思わず平伏してしまう。
その堂々とした態度は、10歳と幼くとも女王といった姿であった。
祖となる王の戴冠は、教皇が行なうため、アーデルハイトの頭上には、まだ王冠は載っていないが、豪奢な衣装とマントを身につけていることから、彼女が王となったことが誰の目にも明らかであった。
そのため、即位式に参列しているヴィヨン帝国の先代皇帝は、自身の夢見が完全に一致していないことに、言い知れぬ不安を覚えていた。
ヴィヨン帝国の先代皇帝が夢見の能力で見たのは、アーデルハイトと思しき人物が成人しているかどうかといった年齢での即位であり、10歳という幼さの残る姿はしていなかった。
夢見の能力は、見たいものが見られるわけでもなく、見た未来を変えられるわけでもないのだが、今まで夢見で見た未来がズレたことなどなかったため、これからもそういったことになれば、対処が難しくなってしまうと思ったのだ。
覇気を漲らせているアーデルハイトを見たヴィヨン帝国の先代皇帝は、「これには……勝てぬのだろうな」と、気圧されてしまっていた。
自分の持つ王たる証とは比べ物にならない、これこそが王たる証なのだと、思わされてしまった。
アーデルハイトが姿を見せるまでは、どのようにして女王となるアーデルハイトの王配の座をヴィヨン帝国が勝ち取るかに考えを巡らせていたが、今は、自分が何か策を講じてねじ込んだところで、簡単に跳ね除けられてしまうのではないかと思い、強気に出ることができなくなっている。
アーデルハイトこそが王であり、自分は劣化版でしかないのだと思ってしまったヴィヨン帝国の先代皇帝は、一気に老け込んだようになり、政に関わる気力もなくしてしまった。
その様子をそばで見ていたヴィヨン帝国先代皇帝の側近は、「何だか急に静かな雰囲気になったかと思えば、少し老けたような……?まあ、何でも良いです。そのまま大人しくしていてください。皇帝陛下のためにも、国のためにも、余計なことはしないでいただきたいですからね」と、心の内でボヤき、うっとりとした目でアーデルハイトを見つめた。
ヴィヨン帝国先代皇帝付きの側近が、ボヤきの後に、「大人になった女王陛下は、きっと素晴らしく美しく花開かれることでしょう。あぁ……、わたくしめも、その杖で突かれてみたい、いや、むしろ踏まれたい」などと思っていることは、表情には出ていないが、少女を見つめて、うっとりしていることは周囲に見られている。
その様子に気付いた近衛騎士の何人かは、「要注意人物を発見。女王陛下との接近は阻止すべし。不可能な場合は、警戒度を上げて対処」と、鋭い視線を向けたのだった。
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