4 おめでたいことだと思うアーデルハイト

 忙しい中でも、体調が良くなってきたロザリンドと、お茶を一緒にすることも出来るようにはなりましたが、良くなってきたというだけで、全快というわけではないので、短い時間で終わらせるようにしています。


 ロザリンドが、「もうちょっと……」と、ワガママを言うのですが、延長したとしても、起きて椅子に座っているだけでも時間が長くなれば疲れるようで、すぐにウトウトし始めてしまうのです。

寂しそうなロザリンドのお願いを聞いてあげたいとは思うのですが、ティーカップに顔を突っ込んでしまいそうな状態で無理をさせるわけにもいかないので、そのワガママは聞かなにようにしています。


 ロザリンドとのお茶が終わった後は、お母様のお見舞いに行くこともあったのですが、今は、自分のための時間など、ほとんど取れなくなり、お見舞いには行けなくなりました。


 お母様のところへ初めてお見舞いに行った日、苦しそうに、思い詰めたような顔をされていたので、まだ体調が思わしくないのであれば、日を改めた方が良いのではないかと、そう口にしたところ、お母様は「よかった、ちゃんと愛してる。ちゃんと、わたくしの中に愛がある」と、泣き出してしまわれたのです。


 わたくしを身ごもったとき、お母様の中には魔眼がまだいたのですが、わたくしに祖となる王の証を得られる素質があったためか、何故かふとした瞬間に、お腹の赤子がとても疎ましく、憎らしいとさえ思えてしまうときがあったのだとか。

愛する夫との間にできた、待望の第一子であるはずなのに、自分の嬉しいと思う気持ちとは裏腹に、そういった不可解な感情にも悩まされていたそうです。


 わたくしを産んだ後も、その不可解な感情に振り回されていたけれど、ロザリンドの妊娠が分かって、しばらくした後は、今度はお腹の赤子が愛おしくて愛おしくて、他のことなど一切、頭に残らないほどで、そのことに関しては、おかしいとは当時は思わなかったのだと、お母様は恐怖に染まった顔でおっしゃられました。


 その不可解な状態に魅了の魔眼が関わっていたのだと知って、自分がおかしいのではないのだと思えたけれど、今までのアーデルハイトに対しての仕打ちから、自分の中に愛情がなかったらどうしようと思ってしまったそうですが、わたくしと対面して、ちゃんと愛しいと思える感情が湧き上がってきたことに安堵し、涙が止まらなくなってしまったそうです。


 ただ、お父様のことは愛してはいるけれど、ロザリンドを身ごもる前ほどではなくなっているので、そこは魔眼が影響していたのかもしれないと、少し寂しそうに笑っておられました。


 しかし、わたくしがお抱え絵師として救助した、お母様の異母弟であるブラットの話になると、「あなた、誰ですか?」と言いたくなるほど感情をキラキラと爆発させて、「アーデルハイトが見つけてくれなければ、あの子ブラットは死んでいたでしょうから、本当に感謝しているわ」と、泣きながらも笑顔全開で、ありがとうを連呼するお母様は、わたくしが知っているお母様とも、想像していたお母様とも違い、何だか、おかしくて笑ってしまったのですけれどね。


 お母様は、王妃としての仕事もほとんど出来ずにいたことから、王侯貴族として生きるには、あまり向いていないところがあり、それを本人も自覚しているので、わたくしの即位後は、お父様と離縁し、ブラットのところでひっそりと生きていきたいと希望しているのですが、お父様はそれを拒否しているのです。

もう一度、夫婦として、家族として、やり直せないかと、お父様は思っているようなのですが、お母様は貴族夫人として立ち回るのは無理だから、離縁してほしいと、平行線のままになっております。


 そして、わたくしは今、城の執務室にて、書類に一枚ずつ目を通していき、納得のいくものにはサインをし、不備があるものはそこを指摘して戻し、却下するものはその旨を記載して送り返しているのですが、書類が一向に減らないのです。


 「カール。書類が減らないわ」

「陛下が新たな国に移行するための準備に追われておられまして、通常の執務に遅れが出て来てしまい、緊急を要するものは、こちらへ運ばれて来ているのでございます」

「難航しているの?」

「いえ、膿が多すぎるのでございます。このまま始末していくと、貴族がごっそり減るくらいには、多いそうです」

「えぇ……。あまり減ると困るわよね?」

「はい。領主、代官の他に文官、武官など、あらゆる場所で空きが出る状態でして、領主には、後任が決まるまでは掛け持ちをしていただくことになったそうです。武官の方は、危険な魔物がいる森に派遣されている兵士を必要なところへ配属させる話が出ております」

「森の方は、脅威度は下がったという報告がありましたものね。前ほどは戦力がいらなくなったのであれば、大丈夫でしょうけれど、あまり森に派遣されている兵士を減らすのは心配だわ」

「左様でございますね。それに、対人戦には向かないようですので、配属されるとすると、街道の巡回になるでしょうか?」

「ああ、そうかもしれませんね。わたくしの直属部隊を王都の警備に回して、各地の巡回を森に派遣されていた兵士たちにさせるのであれば、問題はなさそうだわ」


 わたくしの護衛騎士とするため、森に派遣されていた女性兵士が起用されたのですが、魔物相手に戦闘を繰り返していた彼女たちは、対人戦に慣れるまで、かなり大変だったと聞いています。


 対人戦は、護衛対象を守ることが最優先となるのですが、賊に襲われたりだとかを想定した場合の訓練だったりしますと、賊に意識が行って、護衛対象からは意識が離れてしまい、守り切ることが出来ずに失敗に終わることもあったそうなのです。

本人たちが必死で頑張っており、訓練中に失敗に終われば、泣いて悔しがった姿を見ると、上官も本人たちが一番よく分かっているようなので、あまりきつく叱ることはしなかったのだとか。


 まあ、訓練ではなく任務中であった場合、失敗になったということは、護衛対象、つまり、わたくしが怪我を負った、もしくは死亡したということですからね。

でも、彼女たちは今、ヴァルター卿からわたくしの護衛を任せても大丈夫だと判断され、既に配置についておりますが、不安に思うこともなく、頼もしい限りですわ。


 新しい国になるということと、王が女性であるということを理由にして、女性の雇用も増やしていくことになったのですが、膿を出しきるために容赦なく処罰して行っているため、人手が足りなくなったことが、一番の理由になっています。

 

 後進が育つまでの数年でも良いからと、結婚、出産などで引退した女性文官が駆り出されているのですが、後進が育つまでと言いつつ、そのまま辞めさせてもらえずに続けることにならないか心配だと、カールが零していましたけれど、無理に続けさせることはないと思うので、大丈夫でしょう。


 新たな国へ移行するための準備は、アイゼン王国最後の王として、お父様が張り切ってくださっておりますので、わたくしは普段の執務以外は、即位のための準備を早急に進めて行かなくてはなりません。


 とりあえず、即位式用の衣装と国名だけは、何としてでも間に合わせないといけないのですが、衣装に関しては、お針子さんに頑張っていただくしか、ないのですけれどね。


 国名は、なかなか良いものが出て来なかったのですが、寝付けずに朝を迎えたときに、その燃えるような朝日の光が差し込むのを見て、「まるでセラ様の御髪のようだわ……」と口にしたときに思いつきまして、何とか間に合いました。


 それをセラフィムに話すと、「すごく素敵だとは思うけど、父上も私もそうだし、兄弟にも赤い髪はいるのに……、本当にそれにするのか?」と、少し不満そうでしたが、これに関しては譲るつもりはないのです。


 新たな国の名は、モルゲンロート王国。

モルゲンロートとは、燃えるような朝焼けを映した山のことだそうよ。

 

 新たなる国の幕開けに相応しいと思って、それにしましたの。


 終わりの見えない書類を延々と処理していると、マヌエラから「衣装が出来上がったので、試着をお願いしたいと連絡が来ております」と報告を受けたので、休憩がてら試着をしようと、王太子に宛てがわれている衣装用の部屋へと行くことにしました。


 今までであれば、衣装の試着などは王太子宮にいるときに、そこで行なっていたのですが、王太子宮と城の行き来に掛かる時間も惜しいほど忙しくなり、今は城の王太子執務室に泊まり込んでいるのです。

そういったこともあり、城の王太子に宛てがわれている場所に、衣装部屋を用意してもらいました。


 そして、その衣装部屋へと移動すると、それほど間を置かずにセラフィムが訪ねて来ました。


 「フィム、どうしたの?」

「私も衣装が出来たからと呼ばれたのだが、案内されたらハイジがいて驚いた。ここは、ハイジの衣装部屋になっているのか?」

「ええ、そうですわ。王太子宮との行き来にかかる時間を使って、少しでも仕事を減らしたくて、今は住まいを城に移しているのです」

「そうだったのか。あまり無理はしてほしくないが、こればかりは、どうしようもないものな。何か手伝えることがあれば、遠慮せずに言ってくれ」

「ありがとうございます。即位してからは、婚約者として遠慮なくお手伝いしていただきますからね」

「頑張るよ」

「……お互い、学園に通う暇はなくなりそうですわね」

「恐らくな……。まあ、私はハイジと共に居られれば、どこで何をしていようと構わないよ」

「地下牢にいても?」

「ち、地下牢……。うん、そうだね。うん、二人で一緒に地下牢に行く・・のも楽しそうだ。でも、危ないことはしないでね?」

「ふふっ。ええ、気をつけるわ」


 地下牢に行くことは想像できても、入れられる・・・・・ことは想定していないのを聞き、何だか、おかしくなって笑ってしまいました。

そういったことを考えてしまうのは、わたくしが死ぬ前のときに入れられてしまったからなのでしょうね。

 いい加減、こういった思考をしないようになりたいものですわ。

 

 衣装部屋の室内には、いくつか個室がありまして、衣装を保管している部屋の他に、わたくしが化粧をしたり着替えるための部屋があるのですが、セラフィムの部屋も用意されています。


 少しでも、わたくしの時間を節約できるようにと、マヌエラが手配してくれたのですが、セラフィムの衣装は、わたくしの即位式のときに身にまとう物だけが置かれておりますわ。


 今回の即位式では、セラフィムは女王となるわたくしのエスコートをすることになっており、そのため、衣装を共に仕立てることになったのですが、出来上がりを試着して二人で並んだ姿を確認したいと、お針子さんたちから要望が出ていたので、彼も呼ばれたようです。


  仕上がり具合を見るために、本番さながらの髪型と化粧に調えてもらったのですが、大丈夫でしょうか。 


 即位式用のマントの表地は毛足の短い最高級品の毛皮を真っ赤に染め、焔鳥ほむらどりを金色の糸で紋章のように刺繍し、襟元には白い毛足の長い毛皮を使用し、留め金具は大きなアイスブルーの宝石を使い、裏地は黒にしました。


 マントの下に着ているドレスは、少し光沢のある白い生地に、隙間がほとんどないほど金糸と銀糸で刺繍を施してあるので、マントと合わせるとかなり重いのですが、乗馬で鍛えているので何とかなっておりますわ。


 成人してから即位する予定で衣装を準備していたのですが、それを待たずして即位することになったため、お針子さんたちは、とても大変だったと思います。


 製作に取り掛かったところで、成人用から今のわたくしに合うサイズへの変更は問題なかったのですが、納期までの時間があまりないということで、お針子さんたちを総動員しての連日の徹夜作業となっていたのです。


 仮縫いの時や、細かい調整のために衣装合わせをする度に、お針子さんたちの目がギラついていき、目の下には化粧で誤魔化せないほど、くっきりとクマが出来ておりましたので、かなり無理をさせてしまったわ。


 衣装部屋から出ると、既に着替え終えていたセラフィムがおりましたので、「どうかしら?」と尋ねてみると、彼は眩しそうに目を細めて「綺麗だ……」と言ってくれました。


 「出来上がったのを見た時は、成人のサイズではないので、何というのか、おままごとのような印象を受けましたが、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ、ハイジ。とても美しいよ。まさに女王陛下といった感じだ。ハイジは、赤がとてもよく似合うね」

「まぁっ、照れますわ。その……、フィムも黒の衣装がとてもよく似合っておりますわ」

「うむ。……照れる」

「ふふっ、そうですわね。照れますわね」


 婚約者や伴侶が、相手の髪色の衣装を身にまとい、それを相手が似合うと褒めることは、好意を伝える意味もあるのですが、どうやらフィムはわたくしに赤が似合うと無意識に口にしてしまったようで、言ってからそれに気付いて顔が真っ赤になっていました。


 セラフィムの衣装は、黒地にアイスブルーの刺繍が施されているのですが、刺繍の模様は、わたくしのと同じなのですが、こうも自分の色だけを身につけさせるというのは、何とも束縛感がありますわね。


 んふっ。


 「ん"んっ、ハイジ。どうしたのかな?」

「はい?……あら?もしかして、笑っていたかしら?」

「うん、笑い声が漏れていたね」

「ごめんなさい、つい」

「い、いや、いいんだ。楽しそうで何よりだよ」

「でも、フィム。お顔が赤いわ。大丈夫?」

「だっ、大丈夫だよ、うん。(遠いなぁ。あと4年ちょっと我慢かぁ。どんなナイトドレ……っ、いかん、ダメだ!!)ゲホッゴホッ」

「まぁっ、大変っ!フィム、お風邪を召されたのでは?どうしましょうっ?」

「大丈夫でございますよ、アーデルハイト殿下。セラフィム様のこれは、風邪ではございませんので」

「……本当に?」

「ええ、本当ですとも」

「ドナートがそう言うのであれば……」


 即位式が終われば、わたくしは女王陛下と呼ばれ、殿下とは呼ばれなくなります。

お父様とお母様から名前で呼ばれることも少なくなりますので、寂しくはありますが、全く会えなくなるわけでも、私的な場を用意することが出来ないわけでもございませんので、大丈夫ですわ。


 王都へと到着したテルネイ王国過激派たちは、歓迎してくれたアイゼン王国にいる過激派が替え玉であることにも気付かずに、連日連夜の宴に気分を良くし、バカ騒ぎをしていると報告を受けています。

余計なことを考えさせないように、美男美女を取り揃え、美食に美酒を振る舞い、おだてて気分を高揚させ、思考力が底辺まで行っているそうですわ。


 その宴に己の主であるテルネイ王国国王陛下がおられないことにも気付かぬほど、過激派たちは有頂天になっていたのでしょうね。


 もう、アイゼン王国を奪い返したも同然だ、と。

 

 テルネイ王国国王陛下は、過激派たちに怪しまれないように、最初の頃はそのバカ騒ぎにチラリと顔を出していたそうなのですが、「居ても居なくても、大して変わらぬようだからな。面倒になった」と、疲れたお顔をされて、その宴には参加されなくなったということです。


 どうやら、マヌエラの話によりますと、テルネイ王国王宮には過激派の手のもの達がいるため、王宮に住まう王族は人質にも等しく、国王が自分たちの意に反するようなことをするとは思っていないのだとか。

そのことから、テルネイ王国国王陛下が、「恙無く、事は進んでおる」と言えば、当然、祖国奪還が叶い、アイゼン王国を支配下に置けたと思い込んでいるそうです。


 本当に、御目出度い人たちですわね。

 

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