3 良い知らせに安堵するアーデルハイト
皆様、ごきげんよう。
わたくしは、即位式の準備に追われて少々疲れ気味でしたが、嬉しい知らせが舞い込んで来たので、疲れも吹き飛んでしまいましたわ。
まず、医師のレンツ殿から、ロザリンドの右目は何とか無事に回復し、視力は落ちているものの、距離が近ければ人の顔の判別も可能な程度には見えているとのことでした。
ただ、一般的な書籍に使われている文字の大きさは見難いということで、読みやすい大きさの文字となると、便箋2〜3行の幅を使った大きさになるそうなので、「お手紙を書かれるのであれば、そのくらいの大きさで書いて差し上げてください。ペン先の太さも、それ相応に太いと更に読みやすいでしょう」と言われました。
それと、お母様のことなのですが、ロザリンドの意識が戻ったということで、"
わたくしの即位式には、何とか出られるようになりたいと、食事と睡眠、軽く体を動かすことをレンツ殿の指示を受けて頑張っておられます。
そして、グスタフ様のお家に研究を任せていた魔道具については、試作品が出来たということで、それを試験的に使ってみたところ、そこそこ良い結果を得られたそうで、それをもとにして、更に良い物を作っていこうと思うと、報告がありました。
グスタフ様のところにお願いしていた魔道具というのは、魔物の活発化を抑えるというものです。
魔道具というのは、魔石を術式に組み込んであるのですが、その術式というのは、きちんと意味のあるもので、適当なものでは発動しないため、新たな魔道具を作るとなると、その術式から考えなければなりません。
しかし、魔物の活発化を抑える術式など、どこにも記載がなく、使えそうな術式も見当たらないということで、あまり進んでいなかったのですが、身近なところに、参考になる術式があったのですよ。
それは、わたくしの右手にある、祖となる王の証、その模様が術式に使えたのです。
グスタフ様が、「術式がいきなり道端に落ちているということはないでしょう。多少の閃きがあったところで、それが一から構築できたとは思えません。どこかに始まりとなった物があるはずなのです」と言い、不敬を問われる覚悟で、わたくしの祖となる王の証を術式として使えないか、試させてほしいと頼んで来られました。
使えるものは何でも使えば良いと思うので、すぐに許可を出そうとしたのですが、神様から認められたとして現れた、祖となる王の証をそのように扱っても良いものか、と思いまして、教皇様にお伺いを立ててから、改めて返答するとして、この話は一旦保留としたのです。
教皇様は、わたくしの即位式が終わるまでは王都の教会に居られるということでしたので、都合の良い日を確認して訪ねて行き、そこでグスタフ様からの提案を相談してみたところ、魔道具の術式に、祖となる王の証である模様を使うことは出来るし、問題はないと言われました。
今ある既存の魔道具に使われている術式のもとになったのは、祖となる王の証が始まりなのですが、その証の模様は一つしかないというわけではなく、祖となる王の数だけあって、それぞれ違うのだそうです。
ただ、王たる証を持つ国が存続している最中に、その証を術式として使うことは稀だそうで、大概はその国が終焉を迎えてから、新たに立った国がその証を術式として使用することが多かったのだとか。
ということで、教皇様から問題ないと教えていただけましたので、グスタフ様と魔道具を作っているご子息とを城の王太子執務室へと呼んだところ、何やら筆記用の道具を色々と使って、寸分たがわずに模写し、さっそく作ってみると言って、慌ただしく帰って行かれたのです。
食い入るように手を凝視されるというのも、なかなか居心地の悪いものでしたけれどね。
そして、それを知ったセラフィムが、「私のも何かに使えないだろうか」と言い出し、彼の王たる証も模写させたのだそうですが、祖となる王の証と違って、完全な模様になっているわけではないことから、他の術式と組み合わせてみたり、色々と試さないといけないとのことでした。
ただ、セラフィムが能力を使おうとするときの感覚や、わたくしを過去へと戻そうとしたためにセラ様が命を燃やし尽くしたことを考えると、術式に組み込んで使えるようになったとしても、人の時間を戻すようなものは作れないと思った方が良いでしょうね。
即位式に向けて準備をしていますが、わたくし自身にも、その準備が必要でして、まずは、セラフィム王太子殿下のことをセラフィムと呼び捨てにすることから始まりましたの。
テルネイ王国は、わたくしが即位式にて戴冠したときをもって、こちらへ大公として降ることになっていますが、既に書類上はこちらへ降ったことになっているので、セラフィム王太子殿下は、もう王太子ではないのです。
かといって、彼をテルネイ大公子息と呼ぶわけにもいかないので、周囲はセラフィムのことをセラフィム様と呼んでおります。
まあ、わたくしはセラフィムのことを呼ぶときは、フィムと愛称で呼んでいるので、彼の立場がテルネイ王国王太子殿下であろうが、テルネイ大公子息であろうが、どちらでも良いのですけれど、心の内での呼び方がなかなか変えられず、慣れなかったのですわ。
国が新しくなるからといって、それまで仕事がなくなるかといえば、そういうこともなく、普段とたいして変わらない量の執務をこなしていると、ヴァルター卿が訪ねて来られました。
「ハイジ殿下、少々よろしいですかな?」
「ええ、構いませんわ。これを終えたら、ちょうどお茶にしようと思っていましたから。ご一緒にいかがかしら?」
「おお、それは良いですな」
仕上げた書類を執事のカールに預け、レオナがお茶の用意をしてくれたので、執務机からソファーセットへと移動しました。
スッキリとした味わいの、休憩中によく入れてもらうお茶をゆっくりと飲むと、ホッと息が漏れたので、思っていたよりも疲れていたのかもしれません。
その様子を見たヴァルター卿は、「時間がないのは承知しておりますが、ご無理はなさいませぬように」と、心配そうな顔で言いました。
「ええ、大丈夫ですわ。ふふっ、無理をすると、マヌエラの屍を越えて行かなければならなくなるもの」
「そうでしたな」
「テルネイ王国の方々は、王都に入られたそうね?あとは、ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下だけだったかしら?」
「そうです。少し遅れておられるようですが、即位式には間に合うでしょう」
「お年を召しておられるものね。仕方がございませんわ」
「そのヴィヨン帝国のことで、ご報告させていただきたいことがございましてな」
「まあ、何かしら?」
「ヴィヨン帝国の属国となっていた国が、ヴィヨン帝国皇帝陛下の承認を得て、カサドル王国として独立致しました」
「…………え?えっ、独立!?」
死ぬ前のときに、ヴィヨン帝国の属国が独立したなどという話は聞きませんでしたが、何の切っ掛けで独立になったのかしら?
確か、……そうだわ。ヴィヨン帝国のお隣の国で、感染病が猛威を振るったのだけれど、お隣といっても間に属国を挟んでいたはずよ。
それがカサドル王国となったのね。
ということは、カサドル王国は、感染病の被害によって独立したくとも出来ない状態だったのかしら?
いえ、でも、感染病が広がるのは、まだ先の話だったと思うので、関係ないかもしれません。
ヴィヨン帝国の皇太子であった第一皇子を亡命させる予定だったのは、死ぬ前のときに、その感染病が猛威を振るったとされている国だったのよ。
亡命させるついでに感染病への対策を講じるために、そちらへ向かわせる予定だったのですが、その手前で、当時はまだ属国であったカサドル王国から引き渡すように言われ、バレた以上どうすることも出来ないし、悪いようにはならなさそうだということで、第一皇子を置いてきたと報告がありました。
「その第一皇子殿下なのですがね、カサドル王国国王の娘婿となっているそうですぞ」
「国王の娘ということは、王女よね?第一皇子は、後の王配になる、ということなのかしら?」
「いや、ご子息がおられたはずなので、王位はその方が継がれるでしょう」
「帝国が黙っているかしら?」
「はっはっはっ!人には向き不向きがございます。第一皇子殿下の奥方は、軍部のトップを目指しておられたような傑物ですからな。報告では、第一皇子殿下は婚約前に、奥方にベッドに引きずり込まれたそうですぞ?」
「あら、まぁ……。婚姻ではなく、婚約前に……。じょ、情熱的ですのね……」
わたくしが引きつつも何とか言葉を返すと、ヴァルター卿は「ものは言いようですな」と苦笑されました。
ヴァルター卿は王太子直属部隊に指示を出し、カサドル王国へとヴィヨン帝国の第一皇子を引渡した後、撤退したように見せかけて、しばらくは様子を見させていたそうです。
指示を受けた部隊は、リスクの分散も兼ねて、植物に詳しい者がいる班を森へ潜ませていたところ、その森の奥にて、危険な植物を発見したとのこと。
その植物は、花が咲き終わると胞子を飛ばし、それが肺へと入ると、そこで芽吹き、段々と肺の中で育っていき、宿主の死に際に一斉に胞子を飛ばし、周囲に拡散するのだとか。
その植物に寄生された者は、最初に発熱、次に咳が酷くなり、呼吸が浅くなっていくことから、風邪だと判断され、診察を受けても植物に寄生されているとは分からないのだそうです。
死に際に胞子を飛ばして拡散することから、周囲にいる人も次々に寄生されていき、そうなると、感染病だと判断されてしまいます。
ヴィヨン帝国の隣で起きた、異常な感染力を持つ流行病とは、その植物によって引き起こされたものではないかと、ヴァルター卿はおっしゃいました。
「そんな……っ、部隊の者たちは大丈夫なのですか!?」
「大丈夫です。今年は例年よりも暖かったこともあり、まだ胞子を飛ばすまでには至っていないとのことで、誰も寄生されておりません。その植物も魔物ではなく、ただの植物ではあるのですが、薬の原料にもなるため、危険だからと根絶やしにすることは出来ないのだそうです」
「あぁ……、そうね。薬の原料に使うのであれば、そうよね……」
「報告では、植物は少しでも胞子を寄生させるために、動物が好む臭いを発しているそうですからな。吸い寄せられた動物を追って、人間も引き寄せられたのかもしれません」
例年よりも暖かったことで、まだ胞子は飛んでいなかったということは、死ぬ前のときに感染病が広がったとされる頃は、例年よりも寒くなるのが早く、それに伴って胞子が飛ばされる時期も早くなった。
寒くなるのが早くなったのであれぱ、長引く冬に備えて狩りを多めに行なったのかもしれません。
胞子が飛んでいるかもしれないような気温の中で、群生地に近付かないように狩りをしても、空気中に拡散された胞子を吸い込んでいた可能性はあります。
難しい顔をして腕を組んでいたヴァルター卿は、「食糧の備蓄をして、冷夏に備えた方が良いかもしれませんな」と、言いました。
「冷夏……。そうですわね」
「恐らく、冷夏による食糧難、そこを補うためにギリギリまで狩りをした結果、胞子に寄生され、死者が続出。国境を接していれば難民も押し寄せて来たでしょうから、それらも含めて救援をヴィヨン帝国へ求めたところ、人質代わりのようにして、属国の公爵家令嬢、今はカサドル王国王女が皇宮へ上がるように言われたとすれば、皇子たちと接触していても不思議ではありませんな」
「ああ……なるほど。ずっと疑問だったのです。皇族が感染病に罹ったという話が信じられず、もしかしたら一服盛られてしまったことをそういう話にしたのではないか、と」
でも、もしかしたら、カサドル王国側は分かっていたのかもしれません。
分かっていて、寄生されている娘を命令だからと皇宮へと上がらせ、死に際に胞子を撒き散らして皇族を巻き込んだのだとしたら?
皇太子は死亡し、第二皇子は子を作れなくなったと耳にしたけれど、皇子二人が被害に遭ったとすれば、その側近たちや使用人が巻き込まれていないはずがありません。
そうだとしたら、皇宮内は未知の感染病に人が次々に倒れていく恐怖に襲われたことでしょう。
ヴィヨン帝国側に何を言われようとも、娘を皇宮へと上げるように命じたのはそちらだと返してしまえば、どうすることも出来ませんものね。
……カサドル王国とは、友好的な関係を結びましょう。
命懸けの特攻で感染症を撒き散らされるのは、ごめんですからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます