閑話 アーデルハイトの行動がもたらしたもの

 ヴィヨン帝国にアイゼン王国から"祖となる王のお披露目会"の招待状が届き、それに参加することになっていたヴィヨン帝国先代皇帝は、その後に送られてきた"祖となる王の即位式"の招待状を思わず握り潰しそうになっていた。


 即位する前であれば、アーデルハイトの立場はただの王太子でしかないため、それなりに圧力は掛けられるし、相手は子供である。

どうにでも出来るだろうと思っていたところに、即位式の招待状が届いたのだ。


 いくら子供でも、即位して女王となってしまえば、先代の皇帝という立場では、強く出られない。

そのため、せめて婚姻による優位性を持ちたいと、皇子の誰かを婿入りさせようとしているのだが、現皇帝である息子から「今結んでいる婚約を白紙とすると、帝国内の勢力バランスが崩れるため、第二と第四皇子のどちらであっても王配として婿入りさせるわけにはいきません。仮婚約を反故にし、同母の兄である皇太子を追い落とした第三皇子は以ての外です」と、頑として譲らないため、最近では常にイライラしていた。


 しかも、亡命した第一皇子は未だに戻らず、現皇帝にさっさと戻って来るように言えと催促しているのだが、「早急に戻るようにと何度も通達しています」の一点張りで、なかなか戻って来ない。


 自分の思うように進まない日々を過ごし、結局、アーデルハイトへの婚約者候補を用意できないまま、ヴィヨン帝国先代皇帝はアイゼン王国へと旅立って行った。


 その様子を城のテラスから冷酷な眼差しで見つめたヴィヨン帝国の皇帝は、「国境を越える頃にやれ」と言葉を残し、執務室へと移動していった。

その言葉をスッと頭を静かに下げて了承の意を示した人物は、音もなく姿を消し、そして、テラスには誰もいなくなった。


 高齢ということと、皇族の移動ということもあって、ゆっくりとした旅程ではあったのだが、先代皇帝が思い通りにならないイラつきを周囲に当たり散らすため、少しずつ行程に遅れが出始めていた。

そのため、本来ならば、既に国境を越えている頃であるはずが、未だに帝国内を走行しており、やっと国境を接する辺境伯領に入ったところであった。


 そんな先代皇帝ご一行のもとに、帝都から早馬が駆けつけ、顔面蒼白な様子の伝令から、とある知らせがもたらされた。


 それは、ヴィヨン帝国の属国にされていた、とある国の完全なる独立であった。


 しかも、その独立し、王として立った人物の娘婿がヴィヨン帝国の第一皇子であるというのだ。


 ヴィヨン帝国の第一皇子は、暗殺されることを恐れて継承権を放棄して亡命したのだが、亡命する途中で今の嫁に捕獲され、結果、スピード結婚となった。

嫁に押し倒されて、あれよあれよという間に気付いたら結婚していて、嫁の実家が独立宣言をしていた感じである。


 ギリリと歯を軋ませて食いしばる先代皇帝は、「どういうことだ……!?なぜッ、なぜ、誰も気付かなかったっ!!?」と血管が切れそうな勢いで怒鳴り散らした。


 「……いや、だが、王たる証を持っていないはずだ。あの国の証持ちは既に死んでいる。属国となったときに、王の位は剥奪したのだから、証持ちは生まれていないはずだ。どうせ、すぐに潰える。証持ちのいない国など、続きはしないのだからな」


 先代皇帝は、属国が独立したところで、証持ちがいないのだから、どうせすぐに泣きついて来るだろうと、そう思うことで怒りに満ちた気持ちを鎮めた。

アイゼン王国のように証持ちがいなくても何とかなっていたのが、おかしいのであって、早々に泣きついて来ることになるだろうから、そのときに、前よりも厳しい条件で属国にしてやると、悪辣な笑みを浮かべたのだった。


 ヴィヨン帝国の現皇帝が、父である先代皇帝に今回の独立を邪魔されないように、先代皇帝が国境を越える頃を見計らって、独立宣言をするように画策していた。

譲位されたとはいえ、先代皇帝が最高権力を持っているに等しい状態であったため、国のために動こうと思っても、先代皇帝がそれを気に入らないとなると、阻止されてしまうのだ。


 王たる証がなくとも、自力で得ることが可能なのだと、アーデルハイトが祖となる王の証を得たと知ったときに、ヴィヨン帝国の現皇帝は、独立したがっていた国の主張を認め、水面下で動いていた。

もちろん、独立した国の王として立った人物の娘婿が、亡命した第一皇子であることも独立を認めた要因の一つではあるが。


 いくら証がなかろうとも、それでもと思い、独立を決めていた属国は、ヴィヨン帝国がそれを認めなければ、緩衝地帯があるとはいえ、隣合っているヴィヨン帝国の辺境伯領の領主を焚き付けるつもりでいたのだ。

謀反を起こし、そちらも一緒に独立するのはどうか、と。


 先代皇帝にも、その動きがあることは幾度となく言ってきたが、聞く耳を持たず、それならばと、長期間、国を離れた今を狙ったのだ。


 今回、アイゼン王国の王太子が祖となる王の証を得たということのお披露目会なのであれば、ヴィヨン帝国の先代皇帝は、それに参加することなく、帝都へと戻っただろうが、祖となる王の即位式ともなれば、参加せざるを得ないため、属国が独立したことを知っても戻るわけにはいかない。


 ヴィヨン帝国の現皇帝にとって、この独立宣言は賭けだった。

夢見の能力を持つ先代皇帝が、その夢見によって独立を察知すれば、いとも簡単に阻止されてしまうだろう。


 だが、この独立を夢見で知ることなく、そのまま独立が叶えば、それは、神が独立を認めたも同然なのではないかと思ったのだ。


 最近では、夢見の能力が発動する回数が減っているようで、先代皇帝が色々と動くことも減っていた。

しかも、アーデルハイトが祖となる王として即位するのが成人するくらいの頃だと、夢見の能力で見たが、実際に即位することになったのは、成人よりも前の10歳であるため、夢見が外れたことになる。


 そのことからヴィヨン帝国の現皇帝は、夢見の能力は、証持ちについて、正確な夢見を見られないのではないかと考えたのだ。

そうであるならば、独立が叶えば、証を得られる可能性もあるのではないか、と。


 先のことは、分からない。


 独立に際してヴィヨン帝国の現皇帝は、「立ち行かなくなれば、また属国となるだけだ。だが、立ち行かなくなるまでに、大変ではあるが、それなりの時間はあるだろう。ならば、その間に証を得れば良いだけだ」と言い、息子である第一皇子とその妻に、結婚祝いを送った。


 ヴィヨン帝国の現皇帝は、執務の手を止めて、窓から空を見上げた。


 アーデルハイトの側近が動いてくれたことで、第一皇子を失わずに済んだ。

あのままでは、唆された第三皇子によって、命を落としていただろうから、感謝もしているのだが、唆していた連中がアイゼン王国側の人間でもあったため、感謝の気持ちは小さい。

 

 「今頃、着いているだろうか……」

「先代皇帝陛下のことでございましょうか?それでしたら、行程に遅れが出ているようで、恐らく、今は辺境伯領に入ったところかと存じます」

「……どうせ周りに当たり散らして、それによって遅れが出ているのだろう。まったく、どこにいても迷惑をかける人だ」

「あちらにご迷惑をお掛けしないと良いですねぇ。これ以上、心象が悪くなるようなことは控えたいですから」

「いっそのこと迷惑をかけてしまった方が良いのではないかと思ってしまう」

「迷惑の度合いにもよりますので、やめていただきたいです。取り返しのつかないことであったら、どうなさるおつもりですか」

「……そうだな」


 漏れ聞こえてくるアーデルハイトの噂は、鞍も着けずに魔獣馬を乗り回す野生児、敵は容赦なく排除する冷徹女、高笑いしながら鞭を振り回す狂人、直属部隊に国内を巡回させて常に監視している、などといった内容である。


 噂とはいえ、そこまで突き抜けた王太子であるならば、先代皇帝が何かやらかした場合、どう対処するのか、少し見てみたいとも思うヴィヨン帝国の現皇帝は、「いらぬことを考えて現実にでもなれば、目も当てられんな」と言って、執務を再開したのだった。


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