13 期待するアーデルハイト

 場の空気が緩んだところで、陛下の後ろに常に控えていた近衛騎士団長が、お茶の用意をしてくれました。

手軽につまめる軽食も並べられたところ、スルスルと消えるようにセラフィム王太子殿下のお口へと運ばれて行ったのですが、お腹がすいていたのかしら?


 わたくしの微かな視線に気付いたのか、ハッとして手を止めたセラフィム王太子殿下は、ほんのりと頬を赤くして「すみません、つい……」とモジモジしてしまわれました。


 「よいよい。成長期の男子はお腹がすくものだ。余も経験がある」

「儂もセラフィム王太子殿下くらいの頃は、夜中に腹が減って目が覚めることなど、しょっちゅうでしたぞ」

「日中に普段よりも身体を動かした夜は、特にそうであったな。側仕えを呼んで夜食を用意させたものだ」


 少年時代のお話を少しされて、休憩を挟んだあとは、再び話し合いとなりました。


 セラフィム王太子殿下は、テルネイ王国王家が大公位となることで、テルネイ王国内の貴族が身分を剥奪されて、平民となってしまうのは仕方がないと納得してはいるのですが、直近で臣籍降下した王族がいる家は、貴族の地位を維持させてもらえないかと思っているようです。


 「甘いことを言っているのは、分かっているつもりです。そうなってしまってでも、ハイジが女王として立つ国へと降ることを父上は選択したのですから、それに従うべきなのだと。でも、叔父上や叔母上、兄姉のことを思うと、何とかならないものかと……」

「大公位を授けるといっても、大公位しか持たせぬわけではない。それに、テルネイ王国をそのまま大公領とする予定でいるのだ。統治するための人員は必要であろう?」

「で、では……っ!」

「伯爵位以下とさせてもらうが、テルネイ王家に爵位をいくつか授けるつもりだ。ハイジよ、それで構わんだろうか?」

「もちろんですわ。それに、アイゼン王国の貴族家もいくつか消えますから、新たな家を立ち上げ、そこに入っていただくことも出来ると思います」

「そうだな。かなりの家が降格または取り潰しとなるからな」

「新たな当主には、わたくしの直属部隊の者も指名する予定でおりますの」


 わたくしの直属部隊隊長のフランツには、伯爵位を与え、他の隊員にも功績によって男爵位や子爵位を与えるつもりなのですが、その中で、平民の兵士にも騎士の位を与えようと思っております。


 皆さん、頑張ってくれましたからね。

ご褒美は必要でしょう?


 んふっ。


 「はぅ……」

「うん?どうかなさいましたか、セラフィム王太子殿下?」

「い、いいいいや、なん、何でもナイです、はい。大丈夫、です」

「そうですか?」


 少しお顔が赤いようですが、お風邪でも召されたのかしら?

秋になり少し気温も下がってまいりましたからね。

 下がり始めは身体が気温に慣れず、風邪を召しやすいのかもしれないと、そう思っていたら、どうやら わたくしの笑い声が漏れていたからだったようです。

たまに漏れているそうなので、気をつけないといけないわね。


 反省して少し背筋を伸ばしていたら、陛下から「降格、取り潰し、領地の一部返還など、それらを一覧にしてあるので、参考にしなさい」と、書類を渡されました。


 降格するにしても、当主はそのままなのか代替わりして蟄居させるのか、領地の返還もどこをどれだけ返還させるのかも決めなければなりません。

陛下が作ってくださった一覧を見たところ、手を加える必要はなさそうに思えたのですが、最後のところで目が点になりました。


 「あの……、お父様。お母様と離縁なさるのですか?」

「……うむ。……我が子にこのようなことを言うべきではないとは思うが、王妃との仲は、やはり魅了の魔眼によって、もたらされていたものでな。魔眼がなくなった今、夫婦というよりは、幼馴染の友人のような感じなのだ」

「貴族の夫婦なら、その程度であれば、良い方なのではございませんか?」

「まあ……そうなのだが。王妃に、ハイジが即位したあとは、どのように過ごしたいか聞いたことがあってな。そのときに、叶うならばブラットと過ごしたいと言われたのだ。……愛しいあの子と、過ごしたいと、そう……、言われた」

「ブラット……。叔父様と?」

「おじ……?」

「お母様の言うブラットとは、お母様の異母弟で、わたくしのお抱え画家のことでしょう?」

「え…………。あっ、ああぁっ!!?そうであったな!!そうであった、……忘れておった」

「お父様……。それでは、この離縁の項目は削除でよろしいですわね?」


 わたくしの執事であるカールが、サッとペンを用意してくれたので、陛下と王妃様が離縁と書かれている場所を削除、としておきました。


 お抱え画家のブラットは、わたくしの用意した家で絵を描く生活を楽しんでいるのですが、王妃様が滞在されても大丈夫な程度には広い邸ですので、そこに住まわれるか、それとも遊びに行くのかは、ブラットの意見を聞いてから決めていただければと思います。


 最近では、描きたいだけ描いて満足したのか、食事をメイドに頼らなくても自分で食べる日もあるそうですからね。

具材をよく煮込んだスープをペースト状にしたものをメイドがブラットの口へ放り込むことは、未だにあるみたいなのですが、それでも質問にきちんと答えてくれるようにはなったので、大丈夫でしょう。


 陛下から渡された一覧の内容は、陛下と王妃様の離縁に関する項目以外は、そのままでも良いように思えましたので、これを採用しましょう。


 せっかく陛下が用意してくださったのですもの。

わたくしの時間を更に追加して、こねくり回す必要はございませんわ。時間がもったいないですからね。

 自己中心的な過激派になど力を残しておく必要はありませんわ。


 大まかな道筋がついたところで、教皇様が報告したいことがあって面会を申し出ていると伝えられたため、こちらにお出でいただくことになりました。


 それほど待つこともなく教皇様が執務室へと入って来られたのですが、その悲しい表情の中に少し希望が見えたので、もしかしたら、何か良い報告が聞けるのかもしれません。


 「長旅で疲れておられるのに、申し訳なかった」

「いいえ、構いませんとも。僕がやりたくて、していることですから。それでですね、第二王女殿下のご容態についてなのですが、どうやら魔眼の支配から少しだけ逃れられていた右側は、あまり焔鳥ほむらどりに焼かれずに済んだようで、もしかしたら目が見えるようになるかもしれません。ただ、見えるようになったとしても、視力は低くなるでしょうし、無理をすれば失明の可能性も出てきます」

「……そうですか。見える可能性が残っているのならば、無理をさせないようにしましょう」

「はい、そうしてあげてください。少し、指先が動いたので、目覚めも近いでしょう」

「良かった……。あのときの、ロザリンドの様子を見るに、あの子は魔眼とは別の存在であったように思えてな。そうであるならば、可哀想なことをしたと、申し訳なく思うておる……」

「誰のせいでもありません。そして、第二王女殿下は魔眼の最後の持ち主でもあったのです。彼女が魔眼と共に終わるのか、それとも魔眼だけが終わるのか、それは定まってはいませんでした。アーデルハイト王太子殿下なら、それが分かるのではありませんか?」


 教皇様に尋ねられて、わたくしは夢で見た、死ぬ前のときにいた世界のことを話しました。


 わたくしが死んだあと、ロザリンドを取り込んだ魔眼は帝国へと輿入れし、その後、魔物が蔓延る森へと行って、そこで魔物に殺されてしまったのです。

人の眼に宿った時点で人であり、魔物ではなくなっていたため、その魔眼の持つ魅了が魔物には効かなくなってしまっていたのですが、もしかしたら、魔眼はそのことに薄々気付いていたのではないかしら。


 そうでなければ、さっさと森へ行って魔物を支配下に置こうとするはずですもの。

それをしなかったということは、効かないとまでは思っていなくても、弱まっていると思っていたかもしれません。


 ……ああ、なるほど。

弱まっていると思ったから、魔眼は魔力量の多い人物を選んで渡り歩いていたのかもしれません。

 

 「あの……、教皇様は神様とお話ができるのでしょうか?」

「お話は出来ませんよ。ただ、神様からお言葉であったり、知らせたいものの場面を夢で見せていただけることはございます」

「では、わたくしが見たあの夢も……?」

「はい。アーデルハイト王太子殿下が見られた夢と同じ長さとは限りませんけれどね。僕に知っておいてほしいと、神様が思われた部分だけでしょうから」

「そうですか。…………セラ様、美しかったでしょう?」

「ふふっ、ええ、そうですね。ふふふっ、最初に出る言葉がそれなのですね。ああ、でも、この世界で彼女を知るものは、僕とアーデルハイト王太子殿下なのですね……」


 教皇様の悲しげな顔の向こうに、ぐぬぐぬ言っているセラフィム王太子殿下が見えました。

もしかして、わたくしと教皇様しか知らないというのが、お気に召さないのかしら。


 …………いいでしょう。

そんなに見たいのならば、見せて差し上げますわ。


 わたくし、セラ様が好き過ぎて、セラ様の御髪にそっくりに糸を染めさせましたのよ。

それを用いてカツラにして、セラフィム王太子殿下に女装していただきましょう。


 そうすれば、鏡の向こうにセラ様に会えますわよ! 

 

 

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