12 筋書きを話し合うアーデルハイト

 セラフィム王太子殿下は、セラ様がお産みになられた子の父親がドナートであると知って、少し取り乱しておられましたが、ドナートに叱られて落ち着いたようです。

わたくしも、夢で見た内容をあとになってから思い出し、驚き過ぎて息がしばらく止まってしまいましたので、セラフィム王太子殿下の気持ちは分かりますわ。


 陛下は、急ぎの仕事を終えられたようで、わたくしたちがいる席につき、今後の話し合いが始まりました。


 「教皇様が魔眼は消失したと仰せであったが、この魔眼が代々アイゼンに受け継がれてきたというのは、アイゼン王国王家の血を引くハイジの建国を思うと、あまり好ましくないと思うのだ。そこで、赤子であったロザリンドに魔物が取り憑いたことにしようと思う」

「でも……、それではロザリンドの今後に支障が出ませんか?」

「医師が言うには、眼球が無事であったところで、目の周りの火傷は、残る可能性があるそうだ。化粧でどこまで誤魔化せるか分からんが、誤魔化せたところで、嫁入りは絶望的だろうと思う。それに、ハイジが初代となるのだから、他のアイゼン王家の血は残さない方向で行きたいのだ。この先、余計ないさかいにならんとも限らないからな」

「……そう、ですか。結婚するばかりが人生ではございませんものね」

「意識の戻ったロザリンドの性格にもよるが、本人が望むなら結婚は許可しよう。だが、子を成すことだけは、許可するわけにはいかん」


 陛下は、どうしても、証を持っているわたくし以外のアイゼン王家の血は残したくないそうなのですが、恐らく、諍いがどうこうというよりは、血に魔眼が残っていないか不安なのだと思います。


 筋書きとしては、ロザリンドに魔物が取り憑いたことで、人々を洗脳していたのですが、それをグリゼルダ嬢が焔鳥ほむらどりを召喚したことによって、消滅させることができた、ということにして、それを公表することになりました。


 王女と国を救ったグリゼルダ嬢の功績は事実ですので、彼女には伯爵位を与えることは既に決まっていたのですが、領地も与えようと、どこが良いか打診したところ、色良い返事がもらえなかったそうです。


 そこで、不敬に問わないので、きちんと望んでいることを話してほしいと伝えたところ、グリゼルダ嬢には領地の管理は荷が重いということでしたので、彼女には特別に王族しか入ることが許されていない王宮の図書室への、入室許可証を発行したそうです。


 あと、大活躍してくださったベルトラント侯爵家の方々にも、それぞれ、叶えられる範囲ではありますが、褒美を与えることになっているのですが、彼らのほとんどが褒美を受け取るわけにはいかないと、辞退してしまっているとのこと。


 「こちらは、どうしたものか……。ヴァルターよ、意見は変わらんのか?」

「理由はどうあれ、歓迎会中は第二王女殿下のおられる王宮の奥を厳重に封鎖しておくようにとの命令を果たせませんでしたからな。褒美を辞退する気持ちも分かります」

「確かにな……。精一杯やってくれたのだろうが、ロザリンドが部屋から出て会場にたどり着いてしまった時点で、任務は失敗と言わざるを得えんからな。しかしなぁ……」

「陛下。失敗しても最後が何とかなれば褒美が貰えるという前例は、作らない方が良いでしょう。ベルトラント侯爵家一族が集い、一緒に戦った。儂も含めて皆は、それだけで十分にありがたいことだと思うておるのですよ。嫁いだ先の子まで一族として揃い、背中を預けるということは、そうそうあることではありませんからな」


 ということで、ベルトラント侯爵家の面々に関しては、表立って褒美を与えることはせず、他者に分からないように渡すことにしました。


 内容は、婚約者の選定、魔獣馬の乗馬体験、望む職種への手配など、多岐に渡りましたが、そちらの褒美は若者が多く、高齢であるヴァルター卿の弟さん達は、「望んでも良いのであれば、アーデルハイト王太子殿下とのダンスを一曲賜わりたい」ということをヴァルター卿からお聞きしたので、せっかくですから、即位して女王となったときにダンスのお相手をしていただこうと思います。


 「こう……、何と言いますか、切れ間なくダンスを誘われていたセラ様が素敵で、憧れておりましたの。疲れた様子もなく、優雅にキリっと踊られていて、とても素敵でしたわ」

「いや、何もジジィ共に相手をして貰わずとも、ハイジ殿下であれば、引く手あまただと思いますぞ?」

「そうかしら……?」


 死ぬ前のとき、ダンスに誘われることなく佇んでいれば、誰にも相手にされないと嘲笑され、見かねて親切心から誘ってくださった方と踊っていれば、婚約者がいるにもかかわらず男漁りをしていると言われたわ。


 ロザリンドを取り込んでいた魔眼が、「お姉様がお可哀想だわ」なんて言って、自分の周りに侍らせていた殿方に、わたくしをダンスに誘うように言うこともあったの。

それで、 渋々な様子だったとはいえ、ダンスを誘われれば、足を痛めたなどの明確な理由がない場合は断るわけにもいかず、誘いに応じると、「一曲踊っただけで、その気になる軽い女だ」と、後になって陰口を言っていたのよ?

その気になんて一切なっていないし、そんな素振りもしていないのに、酷い言われようでしたわ。


 今になって色々と判明したからこそ思うことなのですが、わたくしの心に力がみなぎっていると、魔眼の力が弱まっていたのだとすれば、ロザリンドを取り込んだ魔眼は、わたくしを孤立させ、貶めることで弱らせて、力がみなぎらないようにしていたのでしょうね。


 死ぬ前のときを思い出して、少し遠い目をしていたら、陛下が次の話へと移りました。

食料をテルネイ王国にいる過激派へと融通していた者たちは、融通していた分を表に出せないため、収穫量を誤魔化しており、そうなると脱税していたことになってしまいます。


 「褒美の件は一旦これで良しとしようか。あとは、国家反逆罪と脱税についてだが……。セラフィム王太子殿下、テルネイ王国国王陛下から、罪人の引き渡しについては問題ないと連絡があったのだな?」

「はい。テルネイ王国国王陛下が、『国の移行・・・・は恙無く行われた』と口にしたところ、調印式に喜んで同行を願い出てきたので、陛下が一緒に連れて来てくださるとのことです」

「確かに恙無く行われたな。どちらの国が吸収されたとも知らず、浅はかなものよ」

「全くですね」


 陛下が鼻で笑うように言うと、セラフィム王太子殿下は陛下の言葉に賛同し、頷いておりますが、いつの間にこのように仲良くなられたのかしら?


 わたくしが祖となる王の証を得たということで、他国も含めて周囲にお披露目をする予定を組んであり、招待状の送付も済んでいたのですが、急遽、そのお披露目の式典を建国宣言の場にしてしまうことにしたのです。

それに伴って、わたくしが建国する際にテルネイ王国王家を吸収し、王位を廃して大公位を授けることになっておりますので、当然テルネイ王国国王陛下は調印式にまいられる予定になっております。


 アイゼン王国にいる過激派の者たちが、収穫量を少なく報告していたことから、脱税の扱いになっているのですが、その誤魔化していた収穫を国交のない国の貴族へ売っていたことは、反逆罪に問えるそうで、陛下たちはその方向で動いているとのことです。


 戦でお金がかかるのは、食糧が大量に必要だということもありますからね。

ましてや、融通していた相手は、祖国奪還を掲げてアイゼン王国を我がものにしようとしていたテルネイ王国の過激派なのですから、反逆罪になるのも当然かと思います。


 テルネイ王国にいる過激派たちは、アイゼン王国に対しての国家転覆を謀った罪人として裁かれることになりますが、テルネイ王国がわたくしの建国した国へと吸収されるので、裁量権はわたくしへと渡ることになります。


 しかし、過激派たちは海を隔てた先にある島、つまりテルネイ王国にいるため、こちらから捕縛しに行こうとすれば逃げられてしまうでしょうし、かと言ってテルネイ王国側で捕縛してアイゼン王国まで連行しようにも、そこそこな人数になってしまうため、とても面倒なのですって。


 そういったことを考慮して、テルネイ王国国王陛下が過激派を捕縛せずに普段と変わりないような態度で連れて来てくださるそうなので、とても助かりますわ。


 それと、これはテルネイ王国の成り立ちから来る話なのですが、今現在のテルネイ王国は、元々テルネイ王家が所有していた資源豊かな群島であり、それを一緒に逃げてきた臣下たちに領地として与えていたのです。


 与えていたといっても、統治を任せていただけで、所有はテルネイ王家のままであるため、テルネイ王家がわたくしが建国した国へと吸収され、大公位になってしまうと、テルネイ王国の貴族たちは一旦、貴族籍がなくなり、平民となります。


 ということでして、テルネイ王国にいる過激派たちは、国家転覆を謀った平民・・として裁かれることになるのです。


 この話をしているときのセラフィム王太子殿下ときたら、それはもうニンマリと嬉しそうに笑っておりましたわ。

過激派たちに苦しめられてきたのは、何もわたくしたちだけではありません。セラフィム王太子殿下を含め、テルネイ王家の方々も苦しめられてきたのですから、胸のすく思いでしょうね。


 他国に籍のある貴族であっても、貴族は貴族なのです。

貴族には、貴族の繋がりがあるため、罪人であろうとも、その繋がりを考慮して、それなりの扱いをされます。


 しかし、その罪人が平民であったならば、扱いは悲惨なものになります。

セラフィム王太子殿下も別に人の不幸を喜んでいるわけではないのでしょうが、今までのことを思うと、「ざまぁみろ」と思ってしまうのでしょうね。


 でも……、虐げられ、貶められ、傷つけられてきた、死ぬ前のわたくし。

そして、娘のように想ってくれていたわたくしを殺されて嘆き、息子と共に命を燃やし尽くしたセラ様、さっさと証持ちを産めと圧力をかけられたテルネイ王家の妃たち、家族や大事な人が人質にされる恐怖を抱えてきたセラフィム王太子殿下、皆様の気持ちなど、過激派の者たちが味わうことなど出来ないでしょう。


 同じ気持ちを、辛さを、痛さを、苦しさを、惨めさを、味わわせてやりたい。

けれど、そんなこと出来はしないから、絶望を味わわせてあげる。


 恙無く国が吸収されたと知って、喜び勇んで調印式にやって来たら、吸収されたのが自分側だったと知ったら……。


 ねぇ、どんな気持ち?ねぇ、今、どんな気持ち?と、ニヤニヤ嗤って、突っついてあげれば良いのかしら?


 「どう思います?」

「王笏でか?」

「ええ、陛下。王笏で、ですわ」

「いや、ハイジ。そんな汚いものを王笏で突っついてはダメだよ」

「そうですな。ハイジ殿下、王笏は汚物を突っつくものではございませんぞ?」

「うむ。良いのではないか?ハイジの王笏ではなく、退位した、それこそアイゼン王国の王笏で突っついてやれば、それはもう喜ぶのではないか?」

「喜ぶのですか?」

「うむ。きっと喜ぶであろう」


 では、機会がありましたら、突っついて差し上げましょう。

死後の旅路への餞別ですわ!王笏で突っついてもらえることなど、そうそうないでしょうからね!






 


 


 

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