11 母の祈りを知ったアーデルハイト

 皆様、いかがお過ごしでしょうか。

わたくしは、未だ目覚めぬロザリンドのことが気になりつつも、やらなければならないことが多く、見舞いに行くこともままならない状態ですわ。


 さて。王太子であるわたくしの婚約が決まり、ロザリンドの目が焔鳥ほむらどりに貫かれて未だに意識が戻らず、危険な状態になりつつあるというのに、王妃様は何をしておられるのかと、マヌエラに尋ねてみましたところ、思いもよらない答えが返ってきました。

それを聞いたわたくしは、反射的に走り出したのですが、部屋から出る前にヴァルター卿に抱えられてしまい、椅子へと座らされてしまったのです。


 「どうして邪魔するの!?」

「邪魔をしようとされているのは、ハイジ殿下ではございませぬか?」

「だって、そんな……っ、お母様が死んでしまうわ!!」

「母親とは、そういうものでございます。堪えてください、アーデルハイト殿下」

「いやよ……、そんなの……。どう、して……」


 マヌエラは、王妃様も知るべきであると、今回の出来事を説明し、ロザリンドの意識が戻らないことを伝えたところ、王宮の離れにある小さな礼拝堂に籠られてしまったというのです。

王妃様付きの侍女が何度も説得を試みたそうですが、聞く耳を持たず、「ほむらの祈り」を止めようとしないというので、このままロザリンドが目覚めなければ、彼女自身も死んでしまいますが、王妃様も死んでしまうかもしれません。


 ほむらの祈りとは、夜明け前に水で身体を清めたあと、日の出と共に祈りを捧げ、それを日没まで続けるのです。

その言葉通り、お祈りの姿勢を保ったまま、只ひたすらに祈り、それ以外のことはしないので、日中は飲まず食わずなのです。


 そして、日没とともに祈りを終え、水で身体を清め、口にできるのは、干し果物を手のひらに乗せられるだけ、水はコップ1杯までなので、何日も続けていれば体調を崩しますし、長く続ければ死ぬ危険すらあります。


 干し果物を手のひらに乗るだけと言っても、重ねてはいけないので量はとても少なく、コップも"焔の祈り"をするために定められた物があり、それは決して大きくはないのです。


 「セラ様みたいに……」

「大丈夫ですよ、アーデルハイト殿下。第二王女殿下は生きておられます。死んだ者を生き返らせようとなされているわけではないのですから。それに、母親の意地というものを甘く見ていただいては困りますわ」

「だって、セラ様は……」


 グズグズと泣きそうになりながら、祈るしかないのかと、何の力にもなれない自分が不甲斐なくて腹立たしくて、ギリリと握ったその手をマヌエラが優しく撫でてくれました。


 マヌエラに慰められていると、執事のカールから「教皇様がお着きになられました」と報告を受けたので、いてもたってもいられず、慌てて部屋を飛び出そうとしたところで、再びヴァルター卿に抱えられ、「お召し換えいたしませんと」と言われ、渋々着替えることにしました。


 さすがに、到着されてすぐにお部屋へ突撃しては、長旅でお疲れの教皇様に申し訳ないですものね。


 着替えている間に訪ねても良いかのお伺いを立てる手紙を書き、それをカールに頼んで渡してきてもらったところ、是非にとのお返事をいただいたので、さっそく向かうことにします。


 案内された応接室に入ると、以前と変わらぬ優しい笑みを浮かべた教皇様が出迎えてくださったので、突然の訪問を謝罪しました。


 「構いませんよ。心配いたしましたが、お元気そうで良かったです」

「はい。わたくしは、大丈夫ですわ。でも、ロザリンドが……っ」

「ええ。わかっておりますとも。第二王女殿下は、今、頑張っておられるのです。彼女が戻って来られるのを待ちましょう」

「でもっ、このままでは……!」

「身体を魔眼に奪われ、第二王女殿下の意識は薄れてしまっておりました。その意識が浮上したのは、アーデルハイト王太子殿下が祖となる王の能力を使われたときです。お心当たりはございませんか?」

「心当たり?……わたくしが、歌ったり、と言いますか、覇気を込めると、ロザリンドが暴れることが多かったという報告がありましたが、それと関係あるのでしょうか?」

「ええ、ございますとも」


 教皇様がおっしゃるには、祖となる王の証を持つわたくしが歌ったり演奏したりしたことで覇気が漏れ出ると、魔物の活発化が抑えられ、それは、魔眼にも影響を及ぼしたのだそうです。

そのときに、意識が薄れていたロザリンドが表面化しそうになり、それを阻止しようと魔眼は癇癪を起こしたり、暴れたりしていたとのこと。


 あまりにも癇癪を起こすため、わたくしは、なるべく彼女が眠っている夜間に歌ったりしていたのですが、その甲斐あって魔眼が身体と共に眠っている夜に、ロザリンドは薄れていた意識を少しずつ確かなものにしていったのだとか。


 しかし、わたくしが精神的に弱ったときに、魔眼の力が増し、ロザリンドの意識は再び薄れていったのですが、焔鳥ほむらどりの鳴き声のおかげで、表面化することが出来たそうです。


 精神的に弱ったというのは、セラ様がいないことを知って塞ぎ込んでしまったときのことでしょうね。

そして、ロザリンドが表面化することが出来たというのは、「ねぇしゃま」と言葉を紡いだあの時のことよね?


 「魔眼は焔鳥ほむらどりによって消滅していますから、安心してください。そして、魔眼のいなくなった身体を自分に取り戻そうと、今もなお奮闘されておられるのです。意識が身体に馴染むまで待つしかありません」

「……よかった。でも、このままでは、お母様まで倒れてしまいます。わたくしに出来ることは、何もないのでしょうか」

「こればかりは待つしかありません。魔眼が抜け、傷付いた場所を王妃殿下の祈りが何とか塞いでいる状態です。彼女の祈りがなければ、早々に魂が隙間から零れていたでしょう」

「おかあさま……っ」

「アーデルハイト王太子殿下。あなたに出来ることをなさいませ。……王として立つのが早まることになったのではないですか?」

「……はい。今回の騒動を機に、一気に片付けてしまうと、陛下は仰せなのです」

「では、私もこのまま滞在させていただくとしましょう。王が成人していなくとも、証があるのですから即位に問題などございませんからね。支えてくれる伴侶も見つかったようですし」


 教皇様は、優しく微笑まれると、「微力ながら、第二王女殿下のお手伝いをしてきます」とおっしゃってくださったので、わたくしは、お礼を申し上げて退室いたしました。


 わたくしにやれることをする。

そうすることで、意識を、自分の身体を取り戻したロザリンドが、穏やかに過ごせる環境を整えるのです。


 王太子宮にある自室へは戻らず、城にある執務室へと向かい、今後のことで陛下と調整という名の筋書きを詰めていくための面会を申請しました。

アイゼン王国王家の始まりが魔眼持ちであったことは、テルネイ王国関係者くらいしか知らないでしょうし、それを触れ回ったところで、証拠は何もないのですから、そんなことを公にして、国民を混乱させる必要はないと思います。

 

 しばらくして、陛下が執務室へと来るように仰せですと、陛下付きの執事から伝えられたため、途中の書類を一旦片付けて、陛下の執務室へと向かいました。


 陛下の執務室へ招き入れられたので室内を見回すと、セラフィム王太子殿下もおられ、何やら一生懸命に書いている様子です。


 「ハイジ、そこに掛けて待っていてくれ」

「かしこまりました」

「こんにちは、ハイジ。……眠れていないのか?」

「……そう、ね。少しだけ、眠りが浅いかしら」

「無理はするなと言いたいけれど、今は、それどころじゃないか」

「ええ、落ち着くまでは仕方がございませんわ。片付けられるところから、順にやっていきませんと。フィムは、書類仕事ですか?」

「ああ。教皇様からテルネイ王国国王陛下からお預かりした印璽を渡されたからな。さっそくサインをしている」

「…………何に?」

「もちろん、テルネイ王国が、ハイジが女王として立つ国へと組み込まれるという書類にだ。実は、テルネイ王国はそこそこ危ういところに来ているらしいので、早めに動きたいのだ」

「危うい?」


 セラフィム王太子殿下が言うには、テルネイ王国国王陛下から追加の手紙が魔鳥にて届けられ、そこには、食糧難に早急に対応せねばならないことが書かれてあったそうです。


 過激派が随分と長いこと隠していた事実。

それが、食糧難だったということが分かったのは、つい最近のことで、どこから知れたのかといいますと、カジミールからでした。


 あの・・カジミールです。

セラフィム王太子殿下の側近となるべく、お友達候補としても、そばにいたという、あのカジミールなのですって。


 ……確か、セラ様を手篭めにしようとしてたり、セラ様の息子を手に掛けようとしていたり、わたくしの死体をバランバランに刻んだという、あの男よね?


 夢だったのかもしれないけれど、ロクなことしないわぁ……と、あの日、見た夢を落ち着いて振り返ってみて、出た感想がそれでしたの。


 セラフィム王太子殿下の話を聞くと、どうやらロクなことをしない男であるのは確かだったようね。


 過激派が祖国奪還を掲げてアイゼン王国を手に入れることに固執していた理由の一つに、増え過ぎた民を食べさせていくための食料が足りなくなっていたことがあったそうです。

足りない分をアイゼン王国にいる過激派から融通してもらっていたのですが、段々と足元を見られた要求をされていたため、我慢ならなくなってきていたのだとか。


 足元を見られたのは、時代が下がるにつれて、血を分けた同家だという意識が薄れていったことによるものでしょうね。


 テルネイ王国というのは、元はテルネイ王国王家が所有していた資源豊かな群島で、テルネイ王家が逃げ延びたあとは、その群島を家臣に分け与え、領主としていたのです。


 テルネイ王国王家は、一番大きな島におり、そこが王都と呼ばれているのですが、王家は家臣に分け与えた島からの税収と、王都の島から得られる資源で問題なく生活できていました。


 問題なく生活できていたのは、何も無理な税収を課していたわけではなく、人口が増え過ぎないように、管理していたからです。

きちんと調査して、税を払ったあとに家族が生活できる分が残っているかを確認し、無理だと判断された場合、口減らしが行われていたのだとか。


 滅多にあることではないそうなのですが、口減らしには、なるべく幼い子が選ばれ、選ばれた子はアイゼン王国へと運ばれ、そこで孤児院に入れられるため、殺されたりはしないと聞いて、少しだけホッとしました。


 「しかし、過激派は、それを怠ったのだ。そして、気付いたときには増え過ぎた民をどうすることも出来ず、今更、口減らしを行おうものなら暴動が起きてしまうと、それで食料を調達することにしたというわけだ」

「でも、王都では変わらず口減らしが行われていたのですよね?そうなると、それを嫌がった民が流れていきませんか?」

「その通りだよ、ハイジ。口減らしを怠った上に、王都から流れてきた民もいたため、更に人口が増えていたんだ。しかも、過激派は勝手に王家所有の島から資源を持ち出していたため、それがバレたら困るのもあったらしい」

「それがカジミールによって暴露された、と」

「まあ、暴露というか、うっかり口を滑らせただけみたいだけどな」


 カジミールは、過激派から誘われ、セラフィム王太子殿下には「誘われたけど断った」というふうに伝えていたけれど、誘惑には勝てなかったようで、結局、過激派の思うままに動かされていたのだとか。


 過激派から、セラフィム王太子殿下がアイゼン王国を奪い返したら、カジミールは資源豊かな島を一つ与えられ、領主として遇すると約束されていたそうです。


 王家からの話ではなく、ましてや王族でもない過激派からの提案で、何の根拠も確定もない話を叶うと信じ込んでいたことに、ため息しか出ませんわ。


 そして、調子に乗ったカジミールは、「俺は、島を一つ与えられ領主になることが決まっているんだぞ?逆らうのか?」と、威張り散らし始めた、と。


 過激派は、引き入れる人選を間違えたわね。

セラフィム王太子殿下の近くにいる人物で、まだ若く御しやすいと思ったのでしょうけれど、予想を上回る浅慮さだった、と。


 「まあ、こう言っては何ですが、カジミールを切れたのは良かったのではございませんか?」

「……カジミールとも、その、面識があったのか?」

「ええ。どうやら、セラ様を手篭めにして、王配になろうとしていたようですわよ?」

「うげっ……!」

「セラフィム王太子殿下?今、何やら聞こえましたが?」

「い、いや!なんでもないぞ、ドナート!何にも、何もないぞ!」


 今の「うげっ」は、王太子らしくないという判断がドナートによってされたのでしょうね。

それにしても、ドナートはこの数日で少し痩せたのではないかしら?魔眼の影響で思いもよらないことを口にしてしまったと、とても気にしていたようですので、仕方がないのでしょうけれど、身体は大事にしてほしいわ。


 「はぁ……。その、なんだ、姉上がカジミールと同年代でなくて、良かったと、本気で思った」

「しかも、セラ様の息子も殺そうとしておりましたからね。許せませんわ」

「そうなのか?…………うん?姉上の、息子?ハイジの弟ではなく、姉上の息子?」

「あっ」

「……ハイジ?何を隠したんだ?」

「あ、あぁ〜……」

「姉上はいないのだし、言っても大丈夫じゃないか?」

「えっと、……セラ様がお産みになられた息子の父親は、わたくしのお父様ではなかったようですの」

「…………は?…………ぅええっ!!?じゃ、じゃあ、誰の子なんだっ?」 


 狼狽するセラフィム王太子殿下に答えたのは、わたくしではなく、陛下でした。

急ぎのお仕事を終えられたようで、わたくしたちのいる場所に腰掛けられた陛下は、「ドナートではないか?」と、事も無げに口にされたのです。


 「ハイジに王たる証がなく、王妃も亡くなっている。ロザリンドは使い物にならない。そこへ来てハイジが懐いたほどの女性が証持ちとして、輿入れしてきた。となれば、アイゼンの血を残さず、テルネイの血のみを残そうとしたのだろう。そして、その相手に選ぶとしたら、王妃の寝室へと入るために侍女やメイドに扮することが可能で、信頼できる者としてドナートしかおるまい?」

「なるほど」


 陛下の言葉に真っ青な顔をしたセラフィム王太子殿下は、「未来が変わってるのに、最初の相手がドナートになるのか?それは、いやだ。それだけは、いやだ。え?そのためにドナートいるの?私は認めないぞ。初めてはハイジが」と何ならブツブツ言い出して、ドナートにスパーーーンっと叩かれていました。


 「御前で失礼をいたしました。お目汚しをいたしまして、申し訳ございません」

「いや、まあ、構わんよ、ドナート。ハイジには聞こえておらぬようだし」

「何をですか?」

「聞こえず意味が分からなかったのなら、大丈夫だ。気にするでない」

「あ、はい」


 マヌエラに視線を向けるも首を横に振るだけで、教えてくれる気はなさそうでした。


 さて、陛下の手も空いたようですし、筋書きを詰めていきましょう!


 


 

 

 

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