10 顛末を聞くアーデルハイト

 目を覚ますと、見慣れたベッドの天蓋が目に入り、安堵の息を吐きました。


 長い、長い、夢を見ていたようで、最後の方くらいしか覚えていませんが、セラ様が息子を抱きかかえて嬉しそうに、わたくしと家族になれると笑っておられたのが強く記憶に残っています。


 「ふっ……。わたくしの、ただの願望よね。そんな都合の良いことなど、あるはずがないわ……」

「アーデルハイト殿下、お目覚めになられたのですね」

「ええ、レオナ。わたくし、どれくらい眠っていたのかしら?あの後、どうなったの?」

「アーデルハイト殿下はかなり長い時間眠っておられました。今は歓迎会のあった日から3日後のお昼過ぎです。わたくしは、急ぎ掻い摘んだ説明を受けただけですので、詳細は分かりかねますが、とりあえず、皆様ご無事でございますよ」

「……ロザリンドは?」

「第二王女殿下もお命に別状は今のところ見られないそうですが、意識はまだお戻りではないとのことでした」


 まさか、そんなに眠っていたとは思いませんでした。

でも、ロザリンドが生きている。それならば、まだ望みはあるわ。


 軽く湯浴みをして、髪は簡単に結ってもらい、着替えてからレオナに支えてもらって寝室を出ると、食事が運ばれてきました。


 そういえば、気を失う前は朝食だけで、それから今まで何も食べていなかったのだけれど、あまり食欲はないわね。


 「アーデルハイト殿下、少しだけでも召し上がってくださいませ。恐らく、これから忙しくなると思われますので」

「……そうね。出来るだけ食べるわ」


 よく煮込まれた優しい味のスープは、野菜はトロトロで、お肉もホロリと崩れるほど柔らかく、心身にとても沁みました。


 セラ様にも、よく言われたわ。

ちゃんと食べないと気分も落ち込むし、頭も働かないわよ、と。


 ただ、無理をして食べて、吐きそうになってしまうのは違うとも言われたのですが、その当時は、どうして良いのか分からず、混乱していましたけれどね。


 なんとかスープだけは完食し、レオナに入れてもらったお茶を飲んでいると、ヴァルター卿が訪ねて来られたとのことでしたので、お通ししてもらいました。


 「おおっ、お目覚めになられたと報告がありまして、駆けつけたのですが、お顔の色も良いようで、安堵いたしましたぞ」

「ご心配をおかけいたしましたわ」

「なんの。それでですな、早速で申し訳ないとは思うのですが、報告をさせていただいても良いですかな?」

「ええ、わたくしも気になっておりますので、お願いいたしますわ」

 

 まず、ベルトラント侯爵家に連なる者たちが交代で、ロザリンドのいる王宮の奥を厳重に封鎖していたのですが、魔眼の影響が増していたらしく、魔道具をつけていたとしても、ほとんどの者が影響下に入ってしまい、ベルトラント侯爵家直系の者しか正常な判断ができなくなってしまっていたことで、封鎖を破られてしまったのだとか。

幸いにも死者は出ず、重傷を負った者の状態は安定し、回復に向かっているそうです。


 「まあ、儂の弟や息子たちに重傷者はおりませんでしたが、何せ弟たちは歳もくっておりますからな。加減するのがしんどかったそうで、少々力加減が狂った結果の重傷者ということでした」

「ということは、魔眼の影響下にいたものが重傷を負ったということかしら?」

「はい。まあ、何かあったときに制圧できるようにと、あまり手練を配置してはいなかったのですがね。守りは儂が手配した者たちがいれば、問題ありませんでしたから。しかし、侍女やメイドなど、王宮にいた者が影響を受けていたようでして、それがかなりの人数だったため、突破されてしまったとのことで、面目ない次第です」

「ヴァルター卿は、最善を尽くしてくださっておりますわ。感謝こそすれ、責めるようなことなど、ございません」


 王宮から出たロザリンドたちは、そのまま歓迎会が開かれている会場へと向かい、どうやら、そこでセラフィム王太子殿下とわたくしを拘束するつもりでいたそうです。

わたくしが魔眼持ちで、陛下を洗脳している魔物だとすることで拘束し、セラフィム王太子殿下も何か理由をつけて拘束したあとは、亡きものにする指示を出していたと、魔眼の影響から抜けたロザリンド付きの側近から聞き出したとのこと。


 そういえば、ロザリンドは、わたくしをお仲間・・・に愛でさせるとか何とか言っていたように思い、そのことをヴァルター卿に尋ねてみると、顔を強ばらせて、話を逸らしてしまわれました。


 「ヴァルター卿。仲間がいるのであれば、早急に対処せねばなりません。話してください」

「……済んだことです。お耳に入れる必要のないことですので、ご勘弁を」

「わたくしは、王となるのです。……見たくないこと、聞きたくないことを知らないままでいて良いとは思いません」

「…………はぁ〜。わかりました。後悔なさいませんな?」

「後悔は後からするから後悔なのです。後悔したとしても、必ず立ち上がりますわ」

「では、儂はその背中を支えましょう」


 そして、ヴァルター卿から語られた、ロザリンドの言う"お仲間"というのが、魔物を指していたことを聞き、ゾッとしました。


 でも、ロザリンド、いえ、魔眼が言っていた未来にはならないのではないかしら?

夢で見たアレが、もし起こり得たのであれば、魔眼は仲間だと勝手に思っていた魔物に殺されることになったのだもの。


 まあ、そんなことになれば、わたくしも一緒に殺されたかもしれませんけれどね。

さすがに魔物の群れに放り込まれて、無事でいられるとは思えませんし。


 過ぎたことや起こらないことに意識を向ける必要もないと思いますので、夢で見たあの記憶は考えないようにしておきましょう。


 「大丈夫……そうですかな?」

「ええ、大丈夫ですわ。起こらないことを考えても仕方がないもの。では、報告の続きをお願いします」


 ロザリンドの登場に困惑しつつあった貴族たちは、わたくしが魔物で陛下を洗脳しているということを信じてしまった者がいたらしいのですが、ロザリンドの目を焔鳥ほむらどりが貫いたことで魔眼の影響がなくなったのか、今では信じていないとのこと。


 しかし、わたくしが、というよりアイゼン王国王家が王位についていることを面白くないと思う勢力は、わたくしが魔物であるというロザリンド魔眼の言い分を持ち出して、今回の騒動とあわせて、陛下に退位を迫るつもりなのだとか。


 …………うーん。陛下があと数年で退位される決意は変わらないようなのですが、退位を迫ったところで、後はどうするつもりなのかしらね?

王たる証がなければ、国がダメになっていくそうなので、そうなると、セラフィム王太子殿下を即位させるつもりなのでしょうか。


 「セラフィム王太子殿下は何と?」

「祖となる王の証を持つハイジ殿下以外に王位につける者はいないと、毅然とした態度を貫いておりましたぞ。ククッ、政治的に考えて、祖となる王の証と王たる証を持つ者が夫婦となること以上の効果はないでしょうからな。血筋的にも、政略的にも邪魔されず愛する者の手を取れると、まあダラしない顔をしておりましたぞ」

「まぁ……っ」


 それと、テルネイ王国派閥の過激派だけでなく、証持ちの話を知らない貴族の中にも、陛下を退位させるべきだと言うものがいるそうなのですが。


 「へぇ……」

「おお、おお、ゾクゾクしますなぁ。ハイジ殿下のその笑みは。ククッ」

「そう?……陛下には、ゆっくりしていただきたいのですが、わたくしが成人するまでは、難しいですわよね?」

「そうですなぁ。陛下は、ハイジ殿下に少しでも子供らしい期間を過ごしてほしいようで、せめて成人までは、と思うておるのでしょう。しかし、こうなってしまっては、早々にハイジ殿下が建国宣言をなされた方が、後々ゆっくり出来るかもしれませんぞ」

「……そうね。今、国内を落ち着かせたところで、数年後に建国宣言をするのですから、それを思うと、この混乱を落ち着かせるついでに、わたくしが建国宣言をしてしまった方が早いし楽よね?テルネイ王国国王陛下も、こちらへ降ってくださるそうですし」

「そうですな。落ち着いたところへ、建国宣言とテルネイ王国が組み込まれる話を持ってこられても他の貴族も、国民も再び混乱するかもしれませんからな」


 陛下は、セラフィム王太子殿下と話し合い、テルネイ王国王家に大公位を与えて吸収することを決めたそうで、大公位の跡継ぎとしては、テルネイ王国第二王子殿下を予定しているとのこと。


 第一王子殿下は既にテルネイ王国内の貴族家へ婿に入っているため、大公位は継げず、軍部に入って未だに未婚で婚約者のいない第二王子殿下が順当なのだそうです。

 

 「その辺の正式な取り決めは、教皇様が参られてからになりますが、とりあえず、何も知らない貴族たちに説明をせねばならんので、ハイジ殿下の体調を見て、日を決めるそうです」

「そうね。王たる証だ何だと言われたところで、見たことも聞いたこともないことでしょうからね。……でも、大丈夫かしら?ドナート殿が、わたくしが教皇様をも洗脳しているのだと言い出しておりましたし、信用してくれるでしょうか?」

「その発言を撤回するために、ドナート殿は奔走しているようですぞ?魔眼に影響された失態を挽回すべく、寝る間も惜しんでおるという話でしたな」

「倒れてしまっては、元も子もないのですから、きちんと休んでほしいのですが……。まあ、倒れて3日も寝ていた、わたくしに言われたくはないでしょうけれど」


 ヴァルター卿から報告を受けていると、突然扉が開かれ、陛下が入って来られました。

驚いて礼をとろうとすると、「ああ、構わない。そのままで大丈夫だ。突然すまぬな」と言って表情を緩められたのですが、ジトっとした視線をヴァルター卿に向けておられます。

 

 「何故に、父親である余よりも先に面会しておるのだ」

「ご報告に参った次第です」

「3日ぶりに意識が戻って、すぐに報告しに来るヤツがおるか!!少しは労わったらどうだ!?」

「ハイジ殿下が望まれましたのでな。それよりも、娘の部屋へ許しもなく踏み込むのは、感心いたしませんぞ」

「ぐぬぬぬ……」


 とりあえず、陛下にも席についていただこうとしたのですが、陛下は、わたくしを抱き上げたままソファーに腰を下ろしたので、わたくしはそのままお膝に鎮座させられてしまいました。


 恥ずかしいですわ……。


 「勝手な人間で、すまぬ……。ハイジが即位してしまえば、もう、親子として接することが叶わなくなってしまうと思うと……。本当に、今更ながら、自分勝手だな……」

「……即位すると、親子ではなくなるのですか?」

「ハイジが初代となるからな。余の籍とは離さなければならぬのだ」

「でも、……支えてくださるのでしょう?」

「それは勿論だとも。しかし、親子として触れ合うことは、極力避けることになる」


 陛下は、わたくしが建国宣言をするとともに臣下へと降ることを予定しているそうで、その爵位は伯爵位程度を考えているのだとか。

わたくしを支えるには、ある程度の爵位が必要なのですが、前王朝という立場であることから、あまり権力を持たせるわけにもいかないのだそうです。


 「しかし、今回のことで、過激派の中には、爵位を剥奪される家と降格される家も出てきますからな。潰した家をハイジ殿下の派閥の者に与えれば、ハイジ殿下の派閥の力が更に増すことになるので、あまりうるさいことにはならんでしょう」

「わたくしの派閥……?」

「儂のところのベルトラント侯爵家、あとはマヌエラ殿の実家と嫁ぎ先の家、グスタフ、イグナーツの家もそうですな。ああ、王太子直属部隊隊長フランツの家は、フランツの兄が派閥に入っており、そろそろ父親を引きずり下ろす予定だそうで、そこも含まれますな」

「引きずり下ろす……、の?どうして?」

「遅くにできた末娘のフローラ嬢を嫁にやらずに手元に置くのだと、阿呆なことを言うておるそうで、鬱陶しくなったと聞きましたな」

「えぇ……」


 確かにフローラ嬢は可愛らしいですので、分からないでもありませんが、さすがに本人の意思に反してお嫁にやらないのは、どうかと思いますわ。

でも、フローラ嬢のお父君はそこそこな年齢でしたし、引きずり下ろすというよりも、円満な世代交代で大丈夫なのではないかしら……。


 ヴァルター卿が、あえて話題を避けてくれているのかもしれませんが、いつまででも避けてはいられないと思い、わたくしは、意を決してグリゼルダ嬢のことを尋ねました。


 「…………グリゼルダ嬢の右目の周りは、いずれ傷痕も目立たなくなる可能性はあるそうなのですが、眼球は跡形もなく、空洞になっていることから、失明という結果になりました」

「っ……。なんてことなの……」

「これは……、誰のせいでもないと、儂は考えております。そして、グリゼルダ嬢自身は、母親が遺したものを見られたことに満足していると、それが、誰かの助けになったのであれば、"朝焼けの炎"についての減刑を求めたいと申しておりました」

「げ、減刑?なぜですか?グリゼルダ嬢は、罪に問われるようなこ……、あっ、フィムに剣を向けて、髪を切り落としてしまっておりましたわね……」

「しかも、セラフィム王太子殿下の髪はバッサリ切られた上に、引火してチリチリになってしまいましたからな。まあ、今は焦げたところを切って整え、こざっぱりとした短髪で、少しヤンチャ坊主に見えますが……」

「まぁっ、ふふ、見てみたいわ」


 グリゼルダ嬢は、痛み止めを服用し、炎症止めの入った回復薬を塗っている以外は元気に過ごしているとのことで、心配いらないと言われました。


 わたくしが倒れたあと、ベルトラント侯爵家の者たちに連れて行かれたロザリンドなのですが、焼け爛れた目の治療を終えた後も意識を失ったままで、未だに目覚めていないとのことです。


 魔眼の影響もなくなったように思えるのですが、意識を失ってから3日経っても4日経っても目覚めることはなく、意識がなく食事の取れないロザリンドの延命が難しくなってきた頃、教皇様が城へと到着されたのでした。



 

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