7 困ってしまったアーデルハイト

 皆様、ごきげんよう。

澄み渡った高い空に、清々しい少し冷んやりとした空気が心地よく感じられる今日は、テルネイ王国のセラフィム王太子殿下を招いての歓迎会でございます。


 王城にて開催されるのですが、万が一のことを想定して、警備は厳重にしてあります。

ロザリンドはここ最近、大人しくしているようですので、大丈夫だとは思うのですが、魅了の魔眼が証持ちを排除しようとする可能性が出てきた以上、わたくしだけでなく、セラフィム王太子殿下も危険に晒されることになりますからね。


 頭の中が年齢相応に幼いロザリンドではありますが、彼女は王女として上から要望を言うだけで、周りが勝手に行動に移してくれますので、幼いからと気を抜くことは出来ません。

幼いからこそ、その欲は素直に口にしてしまうのです。


 なるべく魔眼の影響を受けないように人員をこまめに交代させ、魅了を防ぐ最新の魔道具も身につけさせているそうなのですが、それでも万全ではなく、たまにおかしなことを言い出す者がいるとの報告を受けています。


 ロザリンドを幽閉しているわけにもまいりませんし、魅了を防ぐ魔道具を出会う全ての人に持たせることには無理がありますので、根本的な解決が必要なのですが、その目処は一切たっておりません。


 今のところ、陛下はヴァルター卿のご子息である近衛騎士副団長を伴うことで、ロザリンドとの面会を果たしておりますが、面会後は、魅了の魔眼を防ぐ魔道具を身につけていても、現実と魔眼の影響との境いで混乱し、気分が悪くなってしまうらしく、最近では、面会を控えているそうです。


 魔眼の影響を受けない人員を増やせないかと、ヴァルター卿が訓練を施してくださった結果、短期間で何人かの騎士は防げないまでも、魔眼の影響を軽くすることまでは出来たのだとか。

しかし、それが出来た騎士の多くが、もとを辿ればヴァルター卿のお家であるベルトラント侯爵家の血筋を引く者ばかりであったことから、その血筋の者を優先的に鍛えて行くことに変更したことで、かなり成果は上がったそうです。


 影響を軽くすることが出来ていれば、防ぐ魔道具を身につけることで、魔眼の影響下に入ることはなく、正常な判断を失わずに済むそうなので、少しずつ、そういった人員を増やすべく、今も訓練に励んでくれています。


 ベルトラント侯爵家で幼少期から行なっている訓練なのですが、かなりキツイものだそうで、他の家では戦もないアイゼン王国でそこまでの訓練を施す必要などないだろうと、見向きもされなかった内容らしいです。

訓練に励んでいる騎士もかなりキツイ内容に折れそうになっているそうですが、その同じ訓練内容を平気な顔をして、こなしていくヴァルター卿の孫であるヴェルナー殿を見ると、負けん気の方が勝つらしく、たまにそれを狙って顔を出させているそうよ。

 

 歓迎会までに少しでも魔眼の影響を受けずに済む人員が増えて良かったと、これまでのことを振り返っているうちに支度が終わったので、ヴァルター卿にエスコートされて、歓迎会が開かれる会場の控え室まで行くことにしました。

控え室から会場へは、陛下にエスコートされて入場しますので、ヴァルター卿は、わたくしの後ろに側近として控えていることになります。


 「ハイジ殿下をエスコートできるのも、あとどれくらいになるでしょうなぁ」

「あら?まだ婚約者もいないのですから、当分はお願いすることになると思いますわよ?」

「それはそれで儂は喜んでエスコートさせていただきますが、婚約期間をある程度は確保して、相手と親交を深めませんと、些細なことですれ違うことも出てきますぞ?」

「まあ、そうでしょうね。……国内の貴族では、もう婚約できそうな相手は残っていないのですよね?」

「左様ですな。あまり歳上なのも国民の感情や見栄えを思うと、止めておいた方が良いでしょうし、かといって歳下では頼りなく思われますからな。テルネイ王国の王太子殿下は証持ちであることを考えると、あちらの跡継ぎ問題も出てきますので、そちらも難しいでしょうな」

「そうなのですよねぇ……」


 テルネイ王国としては、危険を冒してまで証持ちの王太子を寄越して来たのは、アイゼン王国女王の王配を目的としていたからなのよね。

そして、機会を見てわたくしを亡きものにして、証持ちであるセラフィム王太子殿下を王にして、祖国を奪還しようとしていたのでしょうけれど、わたくしが祖となる王となったことで、奪還が叶わなくなった上に、証持ちを必要としなくなったので、王配は政治的な判断で選べるようになってしまった。


 わたくしが建国宣言をしてアイゼン王国がなくなるとはいえ、ここが証持ちの王がいる国となる以上、テルネイ王国の証持ちを確保する必要はないので、セラフィム王太子殿下には、テルネイ王国へとお帰りいただき、そちらで王位についていただかなくてはなりません。


 ヴァルター卿と誰に聞かれても、それほど困らない内容のお喋りを少ししながら、控え室へと辿り着くと、既に陛下がおられました。


 「ハイジ、綺麗だ。とても、よく似合っている」

「ありがとう存じます、陛下。あっ、いえ、ありがとうございます、お父様」

「良いのだ。まだ、慣れておらぬのだろう。……父親らしいことを何もしてやれなかったのだから、仕方がない」

「遅れてしまったことと合わせて、重ね重ね申し訳ございません」


 陛下は、少し寂しそうに笑って、「気にしておらぬよ。それに、女性を待たせる男は良い男とは言えぬからな」と、パチリと片目をつぶられました。


 陛下って、こういうお方でしたの?

少し驚きましたわ。


 「なぁ、ハイジ」

「はい。何でしょうか?」

「セラフィム王太子殿下のことなのだが……。彼が国へと帰り、あちらで王位につくと、もう会えなくなる可能性が高くなるが、それでも構わないと思うておるか?」

「…………。」

「政治的なことは、この際どうでも良い。ハイジの素直な気持ちを聞かせてくれぬか?」

「…………セラフィム王太子殿下を、見ていると、セラ様を思い出して、辛くなりますの。……でも、彼に二度と会えなくなるのも、……辛いと思ってしまうのです。わたくし、……ワガママですわね」

「そんなことはない。……ハイジに任せようと思うておったのだがな、セラフィム王太子殿下は自分は王には向かないと言うのだ」

「王に、向かない?どうしてですか?」

「それがなぁ……。秘密裏に会談を申し込まれて、受け入れたところ、セラフィム王太子殿下は余に、『私は、愛に生きます!!そんな者に王など務まりません。だから、私は、ここに残らせていただきます!!』と、宣言されたのだよ」

「………………は?」


 あいに、いきる?

ちょっと何言ってるか分かりませんわ。


 …………え。王太子が、愛に生きる?

正気ですか!?


 どなたと心を通わされたのかしら?

迎賓館には、なるべく間違いが起きないように、女性はあまり配置しないとマヌエラが指示していたので、遭遇するとすれば、洗濯係のメイドくらいしか思い当たらないのですが。


 その女性に婚約者などがいると大変……、いえ、待って?洗濯係のメイドといっても、迎賓館は粗相があってはならないと、ベテランを回しているはずだわ。

そうなると、かなり年上の女性になるのではないかしら?


 「ハイジ、ハイジ?どうしたのだ、難しい顔をして」

「いえ、セラフィム王太子殿下が、どなたと心を通わせたのかと疑問に思いまして。迎賓館には、ベテランのメイドしか配置していないと思っていたものですから、あっ、でも、城内でどこかのご令嬢と出会われたのかしら?」

「……ヴァルター、余は、どうしたら良いのだ?」

「儂もここまで明後日な方向に行くとは思いませんでしたぞ」

「明後日?ヴァルター卿もお父様も、どうなさいましたの?」

「いえ、何でもございませんぞ、ハイジ殿下。とりあえず、彼の名誉のために申し上げておきますが、洗濯係のメイドでも、どこぞの令嬢でもございませんので、テルネイ王国王太子殿下のお言葉をきちんと聞いて差し上げてください」

「うん?……分かりましたわ」


 もしかして、明言を避けたということは、セラフィム王太子殿下の片思いなのかしら?

恋愛関係は、先走ったことをすると、すれ違いを起こしたり、結ばれなくなってしまったりするそうなので、慎重にならなければいけないのだと、セラ様から聞いたことがございますので、わたくし、大人しくしておりますわ。


 でも、セラフィム王太子殿下が愛されたのは、どこのどなたなのかしら?

気になるようで、聞きたくないような……。何かが詰まっているような、この胸のつかえは何なのでしょうか?


 もしかして、わたくし、病に罹ってしまったのかしら?

そうだとしたら、どうしましょう!?悪化する前に何とか出来るのであれば、対処致しませんと、これから忙しくなっていくのに、大変だわ!!


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