6 現実を受け入れることにしたアーデルハイト

 何だかよく分からない会話を最後に、その日のお茶会は終了を迎えました。

といっても、お茶を飲んでゆっくりとお喋りをする間もなく終わってしまったのですが、それは、わたくしが泣いてしまったことと、はしたなくもセラフィム王太子殿下に縋りついてしまったことで、マヌエラから「お茶会は、またの機会にいたしましょう?目を冷やさなくてはなりませんし、セラフィム王太子殿下のこともございますから」と言われてしまったのです。


 泣いてしまったので、目が腫れてしまいますからね。

そのような姿をお見せするわけにもいきませんし。


 予定よりも早くお茶会を終えたのですが、相変わらずマヌエラは、わたくしを執務室へと行かせてはくれず、自室へと戻ることにしました。


 戻ったところで何をするわけでもなく、絵画を眺めていると、ヴァルター卿から「ハイジ殿下。儂の昔話に付き合ってはくださらんか?」と声を掛けられました。


 「昔話……ですか?」

「そうです。儂には唯一無二の親友がおりましてな。これを言うとハイジ殿下は『またか』と申されるかもしれませんが、その親友は儂を庇って死んだのです」

「……いつ頃のことなのですか?」

「息子が生まれた頃なので、かなり前になります」

「そう……」


 ヴァルター卿は、今でこそ知略にも長けていますが、若かった頃は勘のみで動くことも多く、その勘を具体的な言葉や作戦に落とし込んでくれていたのが、その亡くなった親友だったのだとか。


 親友がヴァルター卿を庇ったときに残した言葉が「泣く暇があるなら、後悔する気持ちがあるなら、頭使うことを覚えろ、ド阿呆。先に逝ってる。高い酒頼むぞ」だったそうです。


 「死にかけてるんだから喋るなと、言っても聞きやしませんでな。どうせ持たないのだから言いたいことを言って死ぬといって。本当に言いたい放題言って逝ってしまいましたよ」

「その方にご家族は?」

「もちろん両親も健在でしたし、妻子もおりました。今でこそ時間が解決してくれましたが、当時は罵倒されたものです。儂の妻からは、『わたくしが同じ遺族の立場になったとして、同じことを言ったかもしれません。ですから、一緒に背負います。わたくしは、あなたの妻だから』と、そう言ってもらえました」

「いい奥様だったのですね……」

「ええ、儂には、もったいないほどの出来た妻でしたよ。親友が出来なかったことも、たくさん経験しました。子供たちの結婚、孫の誕生、子供たちが出世する晴れ姿。苦労をかけた妻を看取ることも出来ましたが、あれは経験したくはありませんでしたな。勝手なことを言うことになりますが、妻には看取ってほしいものです。まあ、妻は嬉しそうに逝きましたがね」

「ふふっ、そうね……。看取るより、看取られる方が……っ」


 もし、逆の立場だったのなら……。

わたくしも同じことをしたでしょう。


 理不尽に、冤罪で死ぬことになったのが、セラ様であったのならば、そして、わたくしに時を戻す力があったのならば、それが例え命を燃やし尽くすことになろうとも。


 それに、セラ様がいないことを嘆くのは、セラフィム王太子殿下が生まれたことを否定することにも繋がると言われました。

そんなことを言われてしまえば、セラ様がいないことを受け入れるしかありません。


 まだ、以前のように振る舞うことは出来ませんが、セラ様がいないことを嘆くのではなく、感謝して生きていこうと少しは思えるようになりました。


 「それにですな、ハイジ殿下」

「ぐすっ。……ええ、何かしら」

「いくら死ぬ前のときに18歳だったのだとしても、今のハイジ殿下は10歳なのです。現実を受け入れられないと、仕事に逃げる様子は見ていて、かなり辛いものがありましたぞ」

「うぐ……。そ、それは、ええ、そうね。……客観的に見て、いくら王太子とはいえ10歳の子供が執務に没頭することで現実逃避をしているのは、さすがに引くわね」

「マヌエラ殿の『屍を越えてゆけ』という言葉もご理解いただけましたかな?」

「ええ、とてもよく理解したわ。……皆にも心配をかけてしまったわね」

「なんの。儂らは支えるためにおるのです。いくらでも頼ってください」


 ヴァルター卿はそう言って、わたくしを慰めつつも諌めると、「もう大丈夫そうですな。儂は王太子直属部隊へ顔を出してきます」と退室されたので、マヌエラが用意してくれた冷やした布を目に当てて、赤くなった目元を冷やすことにしました。


 いつか……、本当に起きるか分からないけれど、いつの日にかセラ様がこの世へ生まれて来てくれる日を願って、過ごしていくことにしましょう。

だって、起こりもしない未来にでも縋っていないと、どうにかなってしまいそうだもの。


 3日後に控えた歓迎会の装いには、秋ということもあって、水色に黒のレースをあしらった落ち着いたものにする予定なのですが、わたくしが用いる色は多分にセラ様のお色が使われてしまっておりまして、そこを指摘されてからは、意識的に外して仕立てていたのですが、本当に何が起こるか分からないので、自分の色だけで仕立てた装いがあって良かったですわ。


 あのままセラ様のお色を足して仕立てていれば、セラ様のことを知らない人からすれば、まるでセラフィム王太子殿下のお色をまとっているように思われてしまいますからね。

セラ様のことを知らない人がほとんどですので、そうなると、わたくしは、婚約者でもない殿方のお色を勝手にまとう女性になってしまいますわ。

 そう、死ぬ前のときのわたくしのようにね。


 無知であった上に、更に間違った情報を植え付けられていたことで、死ぬ前のときのわたくしは、味方にできたはずの者も敵に回してしまっておりました。

セラ様に色々と指摘されたり教えていただいたりしたことで、気付けたこともありましたが、ほとんどが手遅れであり、現状を改善することは叶わなかったのです。


 しかし、今は情報を回してくださる友人も出来ましたので、大丈夫だと思いますわ。


 わたくしは、王太子としての執務があり、王妃様の仕事も一部ではありますが抱えておりまして、あまり時間が取れず、お茶会に参加することも開くことも難しかったのです。

友人たちも、そのことを分かってくれているので、わたくしが必要としていそうな内容を手紙に認めて送ってくれています。


 今は秋となり社交シーズンも落ち着きを見せたので、そういった情報の手紙は少なくなりましたが、そんな中でマヌエラの孫であるマリウスから届いた手紙には、「姉がとんでもないことになってしまいました」と、ありました。


 何があったのかと驚いて読み進めて行くうちにホッとしたのですが、マリウスには、たまったものではないのかもしれませんね。


 というのもマリウスの姉は、刺繍に没頭し始めたことで、奇抜な装いからは遠ざかっていたそうなのですが、ここに来て何故か再び奇抜な方向性へと進路を変更してしまったのだとか。

手の込んだ緻密なレース編みと、色とりどりの刺繍がみっちりと施された大きなリボンを頭に飾っているとのことで、わたくしは、彼女に会うのが楽しみになりました。


 祖母にあたるマヌエラは、頭が痛そうな顔をしますが、わたくしは、死ぬ前のときに見た彼女の、自分の好きなことにこだわりを持ち、自信に溢れた姿が忘れられませんの。


 刺繍に没頭していると聞いて、あの大きなリボンを見られなくなるのかと、少し残念に思っていたのですが、やはり彼女は彼女のままだったようで嬉しくなりましたわ。


 わたくしも大きなリボンにぬいぐるみを乗せてみようかしら。

さすがに公式の場では出来ませんが、個人的なお茶会で友人を招いてのものでしたら、ギリギリ大丈夫なのではないかと思うのよね。


 ……いえ、王太子として、それはどうかと思うので止めておきましょう。

わたくし、きっと疲れているのだわ。


 3日後に開かれる歓迎会のために、あまり無理をして体調を崩すわけにもいかないので、その日は、早めに眠ることにしました。


 何事もなく歓迎会を終えたいものですが、さて、どうなることかしらね。

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