4 昼餐に挑むアーデルハイト

 レオナに促されて衣装部屋へと行き、そこで他国の王太子殿下を招いての昼餐に相応しい装いへと着替えたのですが、その間にマヌエラはどこかへ行っていたようで、着替える前と後では、彼女の雰囲気が異なっていたのです。


 「マヌエラ。どこかに行っていました?」

「はい。あちらへ探りを入れに行っておりました」

「そう。何か分かったかしら?」

「テルネイ王国王太子殿下の筆頭侍従であるドナート殿が使っていた魔鳥が行方不明になっており、連絡の取りようがなかったとのことで、わたくし共が使っている、魔眼の影響に慣れた魔鳥をお貸しすることにしました」

「では、セラ様のことに関しては?」

「そのことについてドナート殿は、本国からは何も連絡が来ていないとの回答でした。そのお方が王たる証を持っておられる上に、その能力を自由に使えるのだとしたら、それをあまり知られたくはないでしょうから、そのことについては何の回答もなかったのかもしれません」

「あぁ……、そうよね。過去に、ましてや10年以上も遡って戻すことが出来るなどと周りに知られたら、大変なことになりますものね」


 でも、そのセラ様を海を越えてアイゼン王国へと送り込んで来たのよね?

セラフィム王太子殿下も王たる証を持っているから、国に証持ちが二人いるとはいえ、かなりの賭けだったと思うわ。


 もしかして、セラ様がそこまで能力を使えるとは、知らなかったのかしら?

そうだとすれば、わたくしが余計なことを口にしたために、セラ様はテルネイ王国にて隠されるようにして幽閉されているのでは!?


 もし、そうであるならば、セラフィム王太子殿下にセラ様のことを尋ねても、はぐらかされる可能性があります。

これは、慎重に様子を窺う必要がありそうね。


 それと、迎賓館に用意した調度品などが、11歳の少年向けではなく、成人している年齢層を想定していたような雰囲気であったことから、セラフィム王太子殿下はとても喜ばれたと報告を受けましたが、それについてマヌエラは、「テルネイ王国王太子殿下の年齢が想定から抜けており、申し訳ございませんでした」と謝罪してきました。


 「それは、わたくしがいけなかったのよ。マヌエラが謝ることなんてないわ。気付かせてくれて、ありがとう」

「本当に申し訳ございません。もったいなきお言葉にございます」


 わたくしが、ついセラ様に思いを馳せてしまうせいで、マヌエラにもそれが無意識に伝わってしまったのでしょうね。

本当に気をつけなくてはなりませんわ。


 昼餐へと向かう際には、エスコートが必要なのですが、ここはいつもの如くヴァルター卿にお願いしております。

信用と信頼があり、地位と実力もある上に高年齢ということで、色恋沙汰の噂を立てられることもないですからね。


 ただ、ヴァルター卿は政敵から「おやおや、奥様を亡くされて、寂しい独り身になられたとはいえ、そのようなご趣味がおありでしたとは、いやはや、驚きましたなぁ!」などと、幼女趣味だったのかと遠回しに言われたそうですが、「はっはっは!歳が合えば隣に立ちたかったと、不敬ながらにそう思ってしまうほど魅力的な王太子殿下ですからな!」と、それはもうイイ笑顔で返したとのこと。


 それを言われて照れ……る前に、「つまり、王として魅力的ではあるけれど、女性としては見れないという話では?」と思い至り、ジト……とした目をヴァルター卿に向けてしまいましたけれどね。


 昼餐の席には、陛下はご同席なさらないので、わたくしとセラフィム王太子殿下だけになります。

陛下は、わたくしが建国するための準備にとても忙しく、ゆったりとした昼餐の席につける時間がない、という建前で、「余が同席していなければ、多少は気安い態度にもなるだろうから、少しでも素の状態を出させて、為人を見て判断しなさい」とのことでした。


 わたくしにそれほど判断できる能力があるとは思えませんので、自身で見極めつつも、あとでヴァルター卿とマヌエラに聞くつもりです。


 死ぬ前のときは、「この程度のことも出来なくてどうするのですか情けない」などと言われ、あらゆることをやらされたものですが、一人でやれることなどしれているのですから、頼れるところは頼った方が早いと思うわ。

まあ、わたくしが一人で色々とやらされていたのは、ほぼ嫌がらせのようなものでしたけれどね。


 今回の昼餐は、公務という位置付けになっていることから、城にて行われることになっております。

王宮には、公の部分と個人的な部分とがありまして、公の方では大規模な茶会や夜会などを開催したり出来ますが、今は魅了の魔眼のことがあるので、極力あちらは使わないようにしているのです。


 何の間違いがあって、王宮の奥に暮らしているロザリンドと遭遇してしまうか分かりませんからね。

王城と王宮とでは、かなりの距離がありますから、ほぼ確実に遭遇することはないはずです。


 昼餐が行われる部屋へと入り席に着くと、ほどなくしてセラフィム王太子殿下が参られました。

わたくしが贈った髪結い紐を素敵に結ばれていて、セラフィム王太子殿下の真っ赤な髪にとてもよく似合っておりますわ。


 挨拶を交わし終えると、飲み物や食事が運ばれてきましたが、晩餐ほど品数はないため、食事は軽く済ませることになります。

というのも、食後のお茶の時間が本番ですので、食事は会話を滞りなく出来るようにするための事前準備のような意味合いがございますの。


 これは、わたくしとセラフィム王太子殿下がまだ10歳を過ぎたばかりの子供だからというのもございますが、食事を共にしたことで、とりあえず共通の話題が一つ出来ますからね。

そこから好みの料理や味付けなどと、話を広げていけますので、会話の取っ掛りにはなると思います。


 まあ、歓迎会を開催するための最終確認も兼ねておりますけれどね。

多少の味付けの変化くらいならば、間に合うということですので、室内には副料理長が控えておりますが、料理長は厨房で腕を奮っておりますわ。


 前菜を口にしたセラフィム王太子殿下は、「まろやかだね」と、驚いた顔をされましたが、まろやかさに驚かれるとは、どういうことなのでしょうか?


 「お味は如何でしょうか?お口に合ったのであれば良いのですが」

「とても美味しいです。……どうも、その、野菜が苦手でして」

「あら、誰でも苦手なものはございますわ」


 食事をしながらですので、あまり会話ばかりをするわけにはいかないのですが、セラフィム王太子殿下がおっしゃるには、テルネイ王国では前菜の野菜は蒸したものが多く、野菜本来の、というか野菜そのものなので、苦手なのだそうです。


 セラ様は、蒸した野菜はお好きだったので、今回にお出ししてみようかと思ったのですが、カールから「蒸し野菜は好みが別れますので、今回は様子を見られた方が良いかと存じます。……まあ、わたくしめが子供の頃に苦手だったというだけなのですが、友人にも何人かおりましたので」と、苦笑しながら言われましたの。


 カールの意見を取り入れて、本当に良かったですわ。


 テルネイ王国では、好んで食べる人は別として、それほど辛いものは口にしないそうで、王都に着くまでの間に受けたもてなしでは、たまに味が分からなくなるほど辛いものがあったそうです。


 「うん、これくらいの辛さならば美味しいと感じるな」

「わたくしも、このくらいの辛さが調度良いので、良かったですわ」

「行儀が悪いとは思うが、いっそのこと辛さは個人で好きなだけ追加でかけるようにすれば良いのではないか?」

「わたくしもそうは思いますが、客人の好みをはずしてしまうようでは、もてなす側としては失敗ですわ」

「ああ、そうか。それも含めての社交か。もてなされる側だったが、これからは、もてなすことも覚えていかないといけないんだな」

「ええ、そうですわね」


 アイゼン王国国王陛下からのご挨拶の前に、上から目線で声を発したとは、とても思えないことをおっしゃられたセラフィム王太子殿下ですが、客室にて側近たちに叱られたのかしらね?


 セラフィム王太子殿下の側近の中には、見覚えのある人とない人がいるのですが、それは、男性と女性の違いということもあるので、全ての側近が同じということはないでしょうし、ここにいない人物はセラ様のもとにいるのかもしれません。


 セラ様から聞いた小さい頃の話では、イタズラをしては、よく側仕えのドナートに叱られていたというものでして、そのドナートはセラフィム王太子殿下の筆頭侍従として今回は来ています。


 セラフィム王太子殿下の側近に、セラ様の執事をしていたカジミールがいないのですが、彼がここにいないということは、セラ様のところにいるのでしょうか。

自分以外がセラ様と仲良くするのを嫌がるくらいでしたから、わたくしもセラ様がいないところでは、随分と睨まれたものだわ。


 食事の内容としては、味付けは美味しかったけれど、メインのお肉はもう少し大きくても良かったということでして、やはり男の子だからなのか、お肉は大きい方が良いのかもしれませんわね。


 昼餐は前哨戦で、本番は食事後のお茶の時間ですので、気を引き締めていかなくてはなりませんわ!


 もうっ、もうっ、本当にセラフィム王太子殿下が可愛くて!!

美味しそうに、嬉しそうに食事をされている姿が堪りませんの!!


 好きな味付けだったのか、目をキラキラさせていたり、メイン料理のお肉を名残惜しそうに食べていたりと、とても可愛らしかったのですが、ちらりと視界におさまったドナートの目が冷え冷えとお叱り状態となっておりましたので、部屋に戻ってからお説教が始まるかもしれませんわね。


 さすがに表情に出し過ぎなのではと、もしかして、こちらの油断を誘うために、わざとしているのかとも思いましたが、ドナートのあの目を見る限り、うっかり素の状態で召し上がられていたのでしょう。

それも込みでの罠だとしたら、それはそれで頼もしくもありますわね。味方であれば、の話ですけれど。


 今回の昼餐に使用した部屋は見通しの良い庭に面しておりまして、日当たりの良い大きなテラス窓の近くにソファーセットが置かれているのですが、もちろん窓の外には、こちらが気にならない程度に気配を消して近衛騎士たちが護衛をしてくれています。

この昼餐の場に配置する近衛騎士の選別は、ヴァルター卿とそのご子息である近衛騎士副団長が行なってくださっておりますので、安心ですわ。


 食事を終えてソファーセットへと移動すると、マヌエラとドナートがお茶を用意してくれました。


 死ぬ前のときは、セラ様のもとへと伺うと、ドナートがお茶を入れてくれていたのですが、彼の入れるお茶は、とても力が抜けるのですよ。

何かが混入されているわけではないのですが、温度やお湯と茶葉の量など、様々なことが合わさって出来上がるものなのだとか。


 でも、このままですと、本当に力が抜けて、ふにゃっとした心地になってしまいますので、ここは、一緒に用意されている酸味の強いジャムを入れさせていただきましょう。


 ふと、視線を感じてそちらを見ると、セラフィム王太子殿下がオロオロしておりました。


 「どうなさいましたの?」

「いや、その、今入れたジャムは、かなり酸味が強いのだが、……大丈夫か?」

「ふふっ、大丈夫ですわ。ドナート殿が入れてくださるお茶は、少々のんびりしてしまいますから、これで引き締めると、ちょうど良いのですわ」

「そうだったのか。……うん?ドナートが入れるお茶を飲んだことがあるのか?」

「あっ……。そうでしたわ、今回は初めてになるのでしたね」

「な、なぁ……?本当に、その……、本当に、未来から戻って来たのか?」

「……ええ、わたくしは、そう思っておりますわ」

「いや、でも……」

「信じられませんか?」

「信じるとか、信じないとかじゃなくて、その……」


 歯切れ悪く口を閉じたり開いたりを繰り返すセラフィム王太子殿下は、一度ぎゅっと目をつむると、強い眼差しでこちらを見ました。

 

 「その、な。私は王たる証を持っているのだ。この王たる証には能力があって、どういった能力なのか、安易に口にするわけにはいかない。でも、な。能力を持っているからこそ、分かることがあるんだ」

「……何をおっしゃりたいのですか?」

「……時戻しの能力を使って人を過去へ飛ばせたりはしないんだ」

「……なっ!?何を言うのです!?現に、わたくしは過去へと戻って来ておりますわ!!あなたが、出来ないだけで、セラ様は出来るはずよ!!」

「ぐっ……。いや、でも、大人になったからといって、それでも、人を戻したりは出来ないんだよ!!過去へと時間を戻せれば若返ることが出来るだろうと、無理矢理やらされそうになったことがあるんだっ……。そのときに、『できない。ダメだ。これは、しちゃいけないことなんだ』て、能力を使うことを抑制してしまうんだよ」

「でも、それは、あなただからでしょう?セラ様なら、セラ様なら出来るはずよ。だって、わたくしのことを知っているのは、あなたじゃないもの。セラ様だもの……」

「うっ……。未来のことは何も言えないけど、今、ここにいるのは、そのセラじゃなくて、私なんだ」


 悲しそうな顔でわたくしを見るセラフィム王太子殿下の瞳を見て、セラ様と出会った頃を思い出してしまいました。


 わたくしの現状を知り、自分だけは味方でいるからと、そう言って抱き締めてくださったセラ様。

あなたに、会いたい……。


 「……セラ様に、会いたいっ」

「ッ……。私じゃ、ダメなのか?」

「あなたは、セラ様じゃないものっ」

「私だって、その、いつかのセラになるんだろう?少し早まるだけだ」

「………………え?」

「うん?アーデルハイト王太子殿下の言う『セラ様』とは、未来の私のことなのだろう?」

「っ違うわ!!」

「いや、別の人と思ってしまうのは仕方がないと思うよ?思うけど、私もいずれ大人のカッコイイ"セラ"になるんだから、一緒だろう」

「違うわよ!!セラ様は、セラフィマ様は、女性ですよ!?」

「…………は?どう、いう……ことだ?女性?」

「テルネイ王国からアイゼン王国国王陛下の元へとお輿入れされたセラフィマ王女殿下のことです!!」

「……誰だ、そ……私が女装していたのか!?」

「違うわよ!!ちゃんと素敵なお胸があったわよ!!見たもの!!」


 何がなんだか分からないと、呆然とした顔をしたセラフィム王太子殿下は、セラ様の年齢を尋ねてこられたので、わたくしの3つ歳上だと答えると、「ちょっといいか?」と言って、ドナートをそばへ呼びました。


 「ドナート。テルネイ王国の王たる証を持つ王太子として命ずる。私の質問に一切の隠し事はするな。正直に答えよ」

「御意」

「セラフィマという王女が、過去、現在を合わせていたか?」

「私の知る範囲では、おられません」

「そうか。ならば、その存在に心当たりは?」

「セラフィム王太子殿下がお生まれになられる前に、御母堂様のお子が流れておいでですので、可能性があるとすれば、そのお子がそうであるかもしれません。お生まれになられていれば、セラフィム王太子殿下の2つ上になりますので」


 わたくしは、セラフィム王太子殿下とドナートのやり取りが頭に入って来ませんでした。

耳には聞こえているのに、それを理解したくないと、頭が動いてくれないのです。


 深いため息を吐いたセラフィム王太子殿下は、「やはりか……」と言って項垂れました。


 セラフィム王太子殿下がおっしゃるには、絵画や壺など、物の時間を戻すことは、自身の魔力を使うことで完結するけれど、人の時間を戻そうとすると、命懸けのことになるし、その相手が生きていようと死んでいようと、それほどの差はない感じがするそうです。

感覚的なものでしか分からないけれど、人を10年も、それこそ時代ごと戻したとなると、魂をも消費した可能性があるのではないか、と。


 つまり…………


 「わた……くしが、セラ様を……ころした?」

「それは違う!!」

「わたくしを過去に戻したせいで、セラ様……あ、ぁあ」

「ちがう……そんなことっ」

「ぁあああ"あ"ぁぁーーーーーー!!!」

「ハイジ殿下っ!!」


 わたくしは、自身の叫び声が遠くに聞こえる中で、意識を手放したのでした。

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