閑話 アーデルハイトに会ったテルネイ王国の人たち
アーデルハイトが謁見の間から王太子執務室へと移っている頃。
テルネイ王国からやって来たセラフィムたちは、あてがわれた客室へと案内されていた。
案内をしている者たちは、態度などには一切出していないが、それでも長年側仕えをしてきた者であれば、気付ける程度には案内役を仰せつかった彼らが、静かな怒りを含んだ冷気を漂わせていることが窺い知れた。
自国の国王をコケにされて怒りを覚えない者をそばに置いたりはしないのだから、当然のこととはいえ、セラフィムのやらかし具合に頭が痛くなったテルネイ王国の側近たちは、案内された客室へと入り、しばし無言でお茶などの休憩の用意をした。
それを終えたセラフィム付きの筆頭侍従であるドナートは、ソファーで頭を抱えているセラフィムへと声をかけた。
「殿下……」
「言うな……」
「いいえ。ご自身が一番よくお分かりでしょうが、あえて言わせていただきます。あれほど恐ろしい相手に強気に出られるなど、正気の沙汰ではございません!寿命が縮むかと思いましたよ!?」
「……待て、ドナート。何の話をしているんだ?」
「何の話!?殿下が証を持つ者だからと調子に乗って上から目線で先に挨拶したことで、祖となる王の証を持つアイゼン王国王太子殿下を怒らせ、その覇気によって寿命が縮みそうでした!!というお話ですよ!!」
「覇気……?そのようなもの、出ていたか?」
「いくら鈍感な殿下でも、さすがに覇気くらいは感じ取れると思っておりましたが、まさか、それすらもお分かりにならない……?そんな馬鹿な……」
「誰が馬鹿だ!?」
「殿下がお馬鹿でないなら、何を感じたのか、お教えいただけますか?」
「………………いやだ」
「やはり、何も感じ……」
「その、反応してしまったから言いたく無かっただけだっ!!」
「真っ赤になってその反応……?何が……、まさか!?(あんな強烈な覇気に男として反応したというのですか!?その歳でどんな性癖してるんですか!?いやですよ!!私そんな殿下の執事とか辞めたくなるんですけど……)」
顔を真っ赤にしてプルプルもじもじと照れているセラフィムは、アーデルハイトが「んふっ」と笑い声を漏らしたときに、心を撃ち抜かれてしまったのだ。
そもそも、セラフィムがアイゼン王国国王から声をかけられる前に挨拶をしてしまったのは、上から目線などといったものではなく、アーデルハイトに一目惚れしてしまい、舞い上がったことによる思考停止で、やらかしただけである。
やらかしてしまい、アーデルハイトと仲良くなることから遠ざかってしまったと思われる現状で、セラフィムがアーデルハイトに好意を寄せているだけ、まだマシだと思い直した筆頭侍従のドナートは、早急に協力者であるはずのマヌエラに連絡を取ろうとしたが、彼女がアーデルハイトの筆頭侍女であることから、簡単に接触できなかった。
ドナートは内心、「なぜに筆頭侍女になってるんですか!?すぐさま情報を得られるし、何なら、誘導も出来そうなオイシイ立場ですけど、簡単に連絡が取れないじゃないですか!!」と、頭を抱えていた。
アーデルハイトが死ぬ前のときは、マヌエラは王宮侍女長から解任されたままであったため、子飼いを王宮や城に解き放って情報収集や情報操作などをしてはいたが、誰かの側近になっていなかったマヌエラ本人に接触することは、そう難しくはなかったのである。
ドナートは、魔鳥を飛ばしてマヌエラに連絡を取ろうにも、自身が飼っている魔鳥の行方が分からなくなっていることから、魔眼の影響力が増して魔鳥が制御不能になっているのではないかと判断し、セラフィムが身につけている魅了の魔眼防止のための魔道具を入念に確かめていった。
(気休めにしかならないかもしれませんが、ないよりは良いでしょう。我々の分も万全にしておかなければ……)
ドナートは、王たる証を持つ者に魔眼が効かない可能性があることをまだ知らずにいるのだが、証を持つ者に効かなくとも、その周りにいる側近たちには効くのだから、そうなってしまえば、信頼している側近たちの言うことを信じてしまったセラフィムが暴走してしまうことも考えられる。
それが一番厄介だと考えるドナートは、セラフィムがアーデルハイトと親交を深めるまでは、何としても魔眼持ちとの接触は避けなければと思い、魔道具の点検をしていると、アーデルハイトの筆頭侍女が訪ねて来たと声を掛けられた。
(助かった……。あちらから来てくれなければ、何かしらの理由を考えるか、偶然を装って接触するかしなければならないところでした)
ドナートは、セラフィムに「アイゼン王国王太子殿下の
セラフィムの「バレてないよな?」という、残念な発言に額に手を添えて項垂れたドナートは、マヌエラを待たせたままであることに気付き、慌てて部屋を出たのだった。
ピッチリと結い上げられた髪に、一切の乱れのない服装、その隙のなさを和らげる柔和な笑顔を浮かべたマヌエラを見たドナートは、内心で「さすが……」と感嘆し、待たせたことを詫びると、控えの間へとマヌエラを招き入れた。
「構いませんわ。でも、あまり時間がございませんので、さっそく情報を交換していきましょう」
「ありがとうございます。あの、私の魔鳥が行方不明でして、それで魔鳥での連絡が出来ないのですが、今後どうすれば良いですか?」
「魔眼の影響力が強まったことによるものでしょう。こちらで影響に慣れた魔鳥を融通しますので、テルネイ王国から連れて来た魔鳥は使わないでください。そちらの王太子殿下は、アーデルハイト殿下に対して、どうでしょうか?」
「一目惚れした上に撃ち抜かれたようですので、頭の中は恋愛脳になりつつあります」
「そ、それは……、王配候補としては困ったものですが、夫としては良いのかしらね……」
「アイゼン王国王太子殿下は、政治的な手腕は見込めそうですか?」
「ええ、大丈夫です。しかし、出産のことを考えますと、王配にも政治能力が求められますが、そこはどうかしら?」
マヌエラは、アーデルハイトが初代女王となる輝かしい未来のために、ドナートは、セラフィムの恋愛成就を多少は支援しつつもテルネイ王国のために、情報交換をした。
マヌエラからアーデルハイトは刺繍が好きなこと、魔獣馬のカローリと上手く主従関係を結べていることから、遠乗りにも行けること、時戻しによって未来から戻って来ていることから、中身が成人しているため、セラフィムのことを年下の男の子としてしか見ていないなどといった情報を得たドナートは、今得た色んな情報を放り出して、とあることに食いついた。
「本当に……っ、本当に、未来から……?時戻しがアイゼン王国王太子殿下に起こったのですか!?」
「ええ、嘘を申されていたということは、ないでしょう。しかし、今まで、時戻しを行なったご本人から何の接触もないとすると、そのお方には記憶がない可能性がございます」
「あぁ……、なるほど。それは有り得ますね」
「わたくしから、そのことについての質問を送ったのですが、もしかして、届いていませんでしたか?」
「恐らく、テルネイ王国側の魔鳥が使い物にならなくなってしまっていたために、私のところへは何も届いていないのでしょう。でも、マヌエラ様がお使いの魔鳥であれば、行き来は出来るはずですよね。何で返事がないのでしょう?」
「分かりませんわ。そのことについてだけ回答が得られなかったものですから、あえて伏せられたのか、もしかしたら、時戻しを行なったお方ではなく、テルネイ王国王太子殿下と会話をして欲しいということかもしれませんので、わたくしからは聞かないでおきますわ」
マヌエラがセラフィムのためにとアーデルハイトが色々と調度品を選んだことについて質問すると、用意されていたものが、セラフィムの年齢よりも上を想定した落ち着きのあるものであったことから、それが少し大人扱いをされたように感じられ、嬉しそうだっと答えたドナート。
それを聞いたマヌエラは、内心で汗をかいた。
アーデルハイトがテルネイ王国の王子のためにと用意したのだが、無意識にその年齢層がアーデルハイトの記憶にあるセラフィマ王女、つまり成人を想定したものになっていたのではないか、と。
しかも、マヌエラ自身もそれに感化されていたところがあり、相手が11歳の少年であることが抜けていたのだ。
自身も気をつけなくてはいけないが、アーデルハイトの元へ戻ったら、それとなくそのことを進言しなければと思ったマヌエラであった。
時間が来てしまい、マヌエラの退室を見届けたドナートは、少ない内容ではあったが、多少なりとも互いの状況や情報を交換できたことの他に、連絡手段として魔鳥を借りられることに安堵した。
そろそろセラフィムを昼餐のための装いに着替えさせなければと、未だソワソワしているセラフィムを衣装部屋へと促したドナートは、アーデルハイトから歓迎の気持ちとして贈られた髪結いの紐を取り出した。
アーデルハイトから贈られたのは、魅了の魔眼を防ぐ最新式の魔道具と、鮮やかながら深い色合いをした紫の髪結い紐だった。
髪結い紐は、アイゼン王国のものではないが、真っ赤なセラフィムの髪にとてもよく映えそうだと、アーデルハイトのセンスに笑みを浮かべた。
「それがアーデルハイト王太子殿下からの贈り物か?綺麗な紐だな」
「ええ、そうですね。セラフィム殿下の赤い髪にとてもよく似合うと思いますよ」
「髪に?」
「そうです。これは、男性の髪結いに使う紐で、確か、女性には使わない物だったかと思います」
「そうなのか。女性が使うには紐だけだと、地味に見えるからじゃないか?」
「いえ、……あぁ、そうでした。この髪結い紐、ヴィヨン帝国のお隣の国の品ですね。確か、髪結い紐を使っていた女性が、王子を絞め殺したという事件があって、それ以降、女性が髪結い紐を使うことを禁じた、といった話だったような……?え、なんで、そんな物騒なもの贈り物に選んでるんですか!?ちょ、セラフィム殿下!!既に嫌われてませんか!?」
「はぁ!?なんで、そうなるんだよ!?ドナートの勘違いだろ!!さっき、私に似合うって言ったじゃないか。きっと、私を思い浮かべて選んでくれたに違いない」
「………………簡単に解けないように、ぎゅっと……、ぎゅっと、やっておきますね」
「ま、まあ、それで、ドナートの気がすむなら、それで構わないけどな」
髪結い紐の変な事情を思い出してしまったドナートは、不安に駆られたことで、飾り結びをしつつ、航海でも役立つ解けない結び方を追加した。
さすがに、航海用のこの結び方をアーデルハイトは知らないだろうと、無駄に想像して勝手に安堵しているドナートは、「これで、セラフィム殿下がアイゼン王国王太子殿下に絞め殺される心配は減りましたね!」と、余計な一言を漏らしてセラフィムを不安がらせてしまった。
しかし、髪結い紐を解けるほどの距離にアーデルハイトから近付かれることを想像したセラフィムは、不安な顔から一変、徐々に顔がほんのり赤くなって、「彼女は、どんな香りがするんだろうか……」と、つぶやいたことで、ドナートに残念な目を向けられている。
「少しは、警戒心というものを持っていただきたいのですが……」
「何を言うんだ。あまり警戒していては、仲良くなれるものもなれんだろう?」
「あまり、グイグイと行かないでくださいね?余裕のない男はモテませんよ」
「ふふんっ、ドナートより私の方が人気があるからって、嫉妬するなよー」
「当たり前のことを自慢げに言わないでください。王太子殿下よりモテる侍従とか、普通に嫌ですよ?」
「それもそうか」
「そうですよ」
ドナートは、モテるモテないの話で、自身の弟の姿を思い出した。
貴族として茶会に出れば、令嬢たちがドナートの弟の周りに集まって来るが、ドナートの周りにはほとんど来ない。
それは、ドナートが若くして王太子であるセラフィムの筆頭侍従になっていることから、有象無象を近寄らせないようにしていたためで、良識と常識のある令嬢とは、それなりに交流はある。
それをドナートの弟は、「兄上のその中性的なと言えば聞こえは良いでしょうが、貧相な見た目では、頼りないですからね。少しは鍛えては如何ですか?」などと言ってきていた。
しかし、ドナートは顔が中性的なのは置いておくとしても、鍛えていないわけではないので、襲撃されれば、護衛が抑えているうちにセラフィムを連れて逃げることくらいは出来る。
逃げることに特化させたため、余計な筋肉をつけておらず、かなり着痩せして見えるだけなのだ。
それと、セラフィムが王たる証を持つ王太子ということもあり、お情けをいただこうと、隙あらば擦り寄ってくる頭と股のゆるい女性が寄って来ないように、精通してからは周りに年配層の女性しか配置していない。
そのことから、「どうしても我慢できなくなったら、私で我慢してください」と、ドナートに言われたセラフィムは、「ぜっっったいに、いやだ!!何が悲しくて男としなきゃならないんだ!!そんなくらいなら、結婚するまで我慢する!!」と、泣いて嫌がったため、そのお役目は免れている。
そういった諸々の理由から、ドナートは中性的な見た目を維持するはめにはなっていたのだが、彼は、それだけでは、もったいないからと、アイゼン王国に入ったら女装して情報を集めようと思っていた。
しかし、アイゼン王国の主要部分は、マヌエラによって固められており、見知らぬ侍女や侍従、メイドの格好をした者がいれば、すぐに分かるようになっていることを知って、そこは諦めた。
テルネイ王国過激派が幅を利かせていたのは、テルネイ王国内も同じであったのだが、最近ではアーデルハイトによって周囲から排除されてしまった上に、マヌエラによって情報が得られないようにもなってしまっている。
そのことから、ドナートは、弟のことが心配なのであった。
(成人していない上に側仕え候補を兼ねた友人でしかないことから、今回の渡航に側仕えとして随伴する許可が下りなかったのは仕方がないことではありますが、
胸騒ぎがするからといって、それだけのことでテルネイ王国にある実家に、マヌエラから借りる魔鳥で連絡することは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます