3 思い出に浸るアーデルハイト

 謁見の間にて、セラフィム王太子殿下との挨拶を終え、今は彼と昼餐を共にするための準備に城にある王太子執務室へと来ております。


 執務室といいましても、ここには、公式行事に合わせた衣装、昼餐や晩餐のためのドレス一式などの一部が置かれている衣装部屋の他に、仮眠のための寝室、休憩のための私室もございまして、必要なときに着替えに戻ることが出来ます。

城から王太子宮へとわざわざ着替えに戻っていては、時間が掛かり過ぎますからね。


 でも、王太子宮へと戻って着替えても十分に間に合う時間は取られておりますので、戻っても問題ないのですが、セラフィム王太子殿下のことについて相談したかったので、執務室で着替えることを選びました。


 謁見に相応しい装いから、割と簡単に着脱できる執務用に誂えた服に着替えると、マヌエラがお茶を入れてくれました。

レオナは、脱いだドレスの片付けを指示した後は、昼餐に着るドレスの手配をしてくれています。


 「ふぅ……。やはり、頭をスッキリさせるには、このお茶ね」

「何やら難しそうな雰囲気をしておられましたが、何か気に掛かることでもございましたかな?」

「ええ。わたくし、これは、テルネイ王国の罠だと思いますの」

「ほぉ?儂には、分かりませんでしたが、ハイジ殿下には、何やら感ずるものあったのですか?」

「そうですわ。既に、術中に嵌ってしまった後で、悔やんでも悔やみきれませんわ……っ」

「何ですとっ!!?大変ではございませぬか!?おのれ、テルネイ王国めっ!!儂の目の前で暴挙に出るとはっ!!許さんぞっ!!」

「…………アーデルハイト殿下?どのようなものに掛かってしまわれたのか、ご自身でお分かりになっておられるのですか?」

「ええ、そうよ、マヌエラ。……これを解くのは、きっと、ものすごく難しいと思うわ」

「何たることか……っ!ハイジ殿下っ、今からでも遅くはないでしょう!!始末して来ます!!」

「ダメよ!!待って、ヴァルター卿!!」

「そうです、閣下。お待ちください。どういったものか判明してからでも間に合います。それで、アーデルハイト殿下、どのようなものなのでしょうか?」

「もう、かわいい、しかないの」

「は?」

「はい、かわいい、のですね?アーデルハイト殿下、お続けください」


 わたくしは、セラ様に似たセラフィム王太子殿下が可愛くて仕方がなくなってしまったことをつらつらと熱く語りました。

きっと、神々しいまでに艶やかで美しいセラ様にも、あのように愛らしい少女時代があったのでしょう、と。いえ、まさに、今!3歳年上のセラ様は、少女から大人になる、その最中で、きっととてつもなく美しく愛らしいのではないかと、すぐにでもお会いしたく、大海原に飛び出してしまいたい衝動に駆られてしまうのです!


 思いの丈を語り終えて、視線を正面にいたヴァルター卿に戻すと、ポカーーーンとして口を開けておられました。

どうしたのかしら?もしかして、眠ってしまわれたのでしょうか?


 「それは、また難儀なものに掛かってしまわれましたね。あちら側は、テルネイ王国の王太子殿下を王配に望まれているようですし、そうしますと、今のアーデルハイト殿下の状態は、あちらの勝ちですわね。……ここから、どのようにして、こちらの勝利に持って行きましょうか。……そうですわね。テルネイ王国の王太子殿下がアーデルハイト殿下に惚れてしまえば引き分け。のめり込ませられれば、勝利といったところでしょうか?」

「あの、マヌエラ?……ああ、でもね。わたくし、セラフィム王太子殿下を可愛いと思ってしまうのは、セラ様に似ているからなのよ?それに、その……、わたくし、心は18歳でしょう?」

「なるほど。しかし、可愛がるのは、止めておきましょう。自分より一つとはいえ、歳下の少女に可愛がられるのは、男として許容できないと思われますので」

「もちろん、表立ってそのようなことはしないわ。でも、隠れて愛でるのは良いでしょう?」

「隠れ……、まあ、他に知られなければ大丈夫でしょう。本当に気をつけてください。アーデルハイト殿下がテルネイ王国王太子殿下に気があると思い込んだ敵が、羽虫の如く飛び回るかもしれませんので」

「あぁ、そうですわね。わたくしの嫉妬心を煽ろうと、セラフィム王太子殿下に迫ったりして、あちらに迷惑をかけてしまうと、こちらの、アイゼン王国の恥になりますものね」


 わたくしとマヌエラの会話中に意識が戻ったらしいヴァルター卿は、「なんだ、まあ、儂が何かせねばならんような事態では無さそうですな」と、頭をさすっておりました。


 わたくしが死ぬ前のときにセラ様と仲良くしていたことをマヌエラを経由して、テルネイ王国側が知っているのであれば、そのセラ様にとてもよく似ている弟君をわたくしの王配にと寄越してきたのは、正解だったのでしょうね。

あれほど似ているのであれば、お化粧をしてドレスを来てしまえば、まさしくセラ様ですもの。


 ただ、声変わりをしてしまっているので、セラ様よりも声は低いのですけれど、まだ成人男性ほどの低さはございませんからね。……と、いけませんわ。彼はセラフィム王太子殿下であって、わたくしの大好きなセラフィマ様ではございませんので、こういったことを考えるのは、やめておきましょう。


 マヌエラから「そろそろ、お召し替えをお願いいたします」と言われたので、衣装部屋へと入り、支度を整えました。


 昼餐ということで、ドレスは光沢の抑えられた生地で、肌も露出しないデザインとなっておりますが、堅苦しくならないように、ハイネックになっている部分はレースをあしらって柔らかな雰囲気なので、見ていて息が詰まるようなことにはならないと思います。


 セラ様がよくレースのあしらわれたハイネックのドレスを着ておられたので、それを参考に仕立ててもらいましたの。

わたくしに着こなせるとは思えないので仕立てる予定はありませんが、セラ様の夜のドレスは、正面から見るとハイネックのドレスで、胸元は豊かなお胸が見えるように、はしたなくならない程度に開けられており、背中は広く露出しているデザインだったのですが、首の後ろの留め金を外すと、ハラリ……と、ドレスがはだけて神々しいまでの妖艶な肢体が顕に……、というものでございました。


 どうして、そのようなことを知っているのかと申しますと、夜会が終わった後にお部屋に招かれて、イタズラな笑顔を浮かべたセラ様に「外しても良いわよ?」とお誘いいただけまして、僭越ながら首の後ろにある留め金を外させていただいたのでございます。

ええ、とても、とてもっ、素晴らしい体験でございましたが、その後のセラ様の言葉で、彼女の行動の理由を知り、涙を流したのですけれどね。


 その日の夜会で、表情や態度には出しませんでしたが、とても惨めな思いをしたわたくしを慰めるため、セラ様は、「今日の思い出は、あのような、くだらない出来事ではなく、わたくしへのイタズラで締めくくりよ」と、色っぽく片目をつぶられたのですわ。


 あぁ……、セラフィム王太子殿下にお会いしたことで、セラ様との思い出が次々に蘇ってしまいます。


 昼餐の後にお茶をいただくので、そのときに色々と話すこともあるでしょうから、そのときに、セラフィム王太子殿下のご家族のことなどをそれとなく聞いてみようかしら?


 とりあえず、わたくしには判断できる能力が足りておりませんので、マヌエラとヴァルター卿にセラフィム王太子殿下の為人を見ていただいて、それから考えましょう。

あれほどセラ様に似ておられますと、わたくし、正常な判断など出来ませんもの。

 



 

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