2 王子様に危機感を覚えたアーデルハイト

 皆様、ごきげんよう。

わたくしは、とてもウキウキしておりますわ。


 夜明け前にレオナに起こされ、湯浴みをし、香油で軽く全身を整え、髪を丁寧に梳き、オレンジ色から薄い水色の朝を思わせるリボンで上半分を編み込んで、後ろに下ろした髪を緩やかにコテで巻いて、軽やかさを出した髪型にしてもらい、ドレスは白と水色の生地にオレンジ色と黄色の秋の花を刺繍した、少し大人びたデザインのものを選びました。


 そういえば、香油で全身を整えるのは、とても気持ちが良いものなのだと、今生で知りましたわ。


 死ぬ前のときは、服で見えないところは力加減がおかしくて、青アザになったりしていたので、あれは暴行を受けていたと言っても良いでしょうね。

髪も結うときは、ものすごい力で引っ張られて、とても痛かったのですが、痛いと言うと「この程度のことで情けない。これでは髪も結えませんわ」と言われ、その後しばらくは、髪を結ってもらえず、そのまま下ろしておりましたの。

 髪を結っていないなど、王太子としてというよりも王侯貴族の女性として、あるまじき姿を晒すはめになりました。


 以前、そのときのことをマヌエラに話したところ、死ぬ前のこととはいえ、誰がそのようなことをしたのかと尋ねられたので教えたら、その人をとある人物のメイドとして斡旋したそうです。

その、とある人物というのは、とてもとても細かく、すみっこをつつくようにして嫌味を言う性格らしく、何人ものメイドが辞めていっているそうで、人手が常に足りない状態なのだとか。

 でも、間違ったことは言っていないので、強く出ることも出来ず、辞めるか耐えるか、どちらかしかないと聞いて、「それに耐えられたのであれば、それは、とても素晴らしいメイドになれるのではないかしら?」とマヌエラに聞くと、「そこに気付けないからこそ、その程度のものでしかないのですわ」と、嬉しそうに笑っておりました。


 まあ、そのすみっこをつつく人物というのは、マヌエラのお母様だそうですが。

結構なお歳なのでしょうけれど、まだまだ現役で指導ができると、いつもハツラツとしておられるそうなので、頑張っていただきたいですわね。ええ、もちろん私怨などではございませんわ。今生では、まだ何もされておりませんもの。素敵なメイドになれる手助けをしたのであって、嫌がらせなどでは、決してございませんことよ?


 まあ、マヌエラを経由した王太子からの斡旋とあって、簡単に辞めることなど出来ず、ひたすら耐えているそうですが、わたくしも死ぬ前のときのことだとはいえ、あなたにされたことをひたすら耐えておりましたので、頑張ってくださいませ。

耐えた後には、引く手あまたな素晴らしいメイドになれているはずですわ。


 さて、テルネイ王国の王子様が城へと挨拶に来る時間となりましたが、わたくしが出迎えに行くことはありません。

というのも、わたくしは祖となる王の証を持つことから、自国を含め、周辺国の王よりも立場が上になっているそうで、それは、例え相手が証持ちであったとしても変わらないのです。


 そのことから、わたくしは陛下と共に玉座のある謁見の間にて、対面ということになりますが、陛下からの要望で、本来ならば真ん中に玉座、その隣に王妃の席が置かれているところを真ん中に玉座を置かずに、席を二つ並べた状態での謁見となりました。


 隣に座っている陛下に「お父様、本当にこの並びで良いのですか?」と尋ねると、毅然とした態度で「これで良い。余は、証を持たぬ王だからな。ハイジの威を借りる形をとったのだ」と仰せになりました。


 「陛下、それをヘタレと言うそうですぞ」

「ヴァルターよ、何でも構わぬよ。ハイジの治世に繋げるためならば、何でもするつもりだ」

「お父様、犯罪はいけませんわよ?」

「手を真っ赤に染めようとも構わぬ、というつもりでいるだけだ。政治は綺麗事だけでは済まぬが、それでも我が子の手は汚させたくはないのだ」

「大丈夫ですぞ。そのために我らがいるのですから」

「うむ。ハイジのことに関しては頼りにしておるぞ、ヴァルター。此奴では、ハイジのことに対して、あてにならぬからな」


 "此奴"とは、近衛騎士団長のことで、彼は陛下のための騎士ですので、わたくしに対して、あてにならないのは当然だと思いますわ。

一時期は、陛下と近衛騎士団長が秘密の恋人なのではと囁かれていたそうですが、二人とも愛妻家として知られていくうちに、そのような噂は消えていったのだと、ヴァルター卿が教えてくれたのです。


 陛下の後ろに近衛騎士団長が、わたくしの後ろにヴァルター卿が控えているのですが、本来ならば、王太子であるわたくしの後ろには近衛騎士副団長が控えていなければならないのをヴァルター卿が押し退けてしまいましたので、彼は「またか」という顔をして、近衛騎士たちが並んでいる壁際へと行きました。


 近衛騎士副団長は、ヴァルター卿のご子息ですので、軋轢や衝突などの心配はしなくても大丈夫だと言われたのですが、たまに「何とかしてくれませんか?」といった視線を向けられるので、そっと目を逸らしている状態ですわ。


 わたくしの緊張を解すために、陛下たちはお喋りをしてくださっていたのですが、テルネイ王国の王子様が到着したと報告があり、居住まいを正して謁見の間の扉が開かれるのを待ちました。


 この場合、相手が王族でないのであれば、挨拶に来た者が入室して礼をとってから、わたくし達は控えの間から謁見の間へと移動し玉座へ座るのですが、今回の相手は他国とはいえ王太子殿下ということですので、わたくし達は玉座に座った状態で迎えることになります。


 恭しく開かれた扉から入ってきたのは、セラ様にとてもよく似た少年と、その後ろに付き従う側近たちでした。

死ぬ前のときも、この者たちがセラ様のお輿入れについて来ておりましたので、見知った人物と言ってもいいでしょう。


 しかし、ここで思いもよらないことが起きました。


 陛下が声をかけようと、ゆっくりと口を開くその前に、テルネイ王国の王子様が挨拶をしてきたのです。

僅かにギリっとした音が陛下の後ろから聞こえたので、恐らく近衛騎士団長からでしょう。


 「出迎えに感謝致す。私は、テルネイ王国王太子セラフィムだ。以後よろしく頼む」

「…………。テルネイ王国王太子殿下、貴殿は、証を持つ者か?」

「……そうだ」

「そういうこと、か。証を持たぬ余に払う敬意はない、と?貴殿の態度は、そういう意味で良いのだな?」

「…………。」


 これは困りましたわ。

いくらアイゼン王国が証を持たぬ王家だとはいえ、さすがにここまで見下されているとあっては、黙っているわけにはまいりません。


 チラリと陛下へと視線を向けると小さく頷かれましたので、ここでヴァルター卿曰く「ガツン」とやらなければならないのでしょう。


 わたくしは、軽く息を吸うと、目をすがめて立ち上がりました。


 「……控えなさい」

「っ!?……控えよ、と?無礼ではないか?」

「無礼は、あなたの方でしてよ?わたくしは、祖となる王の証を持つ者。あなたが、我が国の国王陛下を証を持たぬからと見下すのであれば、わたくしは、祖となる王の証を持つ者として、あなたを見下さずにはおれませんわ」

「……っ。そ、その……、すまない」

「それは、何に対してですの?」

「あ……、その、失礼な態度をとったことを謝罪する」

「そう。でも、それは、わたくしへではなく、陛下へとするべきではございませんか?」

「あ、うん。その、アイゼン王国国王陛下、申し訳なかった」

「…………まあ、良い。未だ成人前ということで、大目に見よう。しかし、成人前といえど、国の代表としてこの場に立っていることを忘れないようにな」

「はい……」


 しょんぼりとしてしまったセラフィム王太子殿下ですが、そのような態度を取られてしまうと、強く出られなくて困ってしまいますわ。

だって、セラフィム王太子殿下は、名前だけではなく姿までセラ様と似ているのですもの。ズルイですわ。


 わたくしが初めてお会いした頃のセラ様は16歳の、それはそれは神々しいまでの艶やかな美しい姫君様でございましたからね。

セラ様にも少女時代がおありだったのですから、セラフィム王太子殿下を見ていると、そのお姿を想像してしまいますわ。


 「んふっ」

「ハ、ハイジ?」

「はい、陛下。何でございましょうか?」

「い、いや、その、そ、そう、少し笑っていたようであったからな。如何したかと思うてな」

「あら?……はしたない姿を晒してしまいましたわ。申し訳ございません、陛下」

「だ、大丈夫だ。な、なぁ?そうであろう?テルネイ王国王太子殿下よ」

「はっ、はい!……はい!だっ、大丈夫でした!!」


 セラフィム王太子殿下が何やら少し焦っているようですが……。

あぁっ、焦っている様子もお可愛らしいわッ。


 わたくしは死ぬ前のときに18歳を過ぎておりましたし、過去に戻ってから5年経ったことを思うと、わたくしの心の年齢は23……いえ、特にこれといって何か経験を積んだとは思えないので、まだ心は18歳のままですわ。ええ、18歳です。誰が何と言おうとも18歳です。


 しかし、目の前のセラフィム王太子殿下は、11歳なのですよね。

王配として、こう……、男性として見られるかと聞かれますと、無理ですわね。


 でも、セラ様の弟君だと思うと、もう、可愛くて堪りませんわ!

セラ様が、わたくしを「かわいい、わたくしの子」といって嬉しそうにギュッと抱きしめてくださった、その気持ちが今わかりました。


 どうしましょう。

政治的なことや、テルネイ王国の過激派のことなど、考えなくてはいけないことが山ほどあるというのに、頭を埋め尽くすのは、ひたすら「かわいい」ばかりですわ。


 ……なるほど。これがテルネイ王国の罠なのですね。

危うく嵌るところでしたが、気を確かに持ち、注意しなければ。


 これは、ヴァルター卿とマヌエラに相談し、早急に対策を考えなくてはなりませんわ。

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