邂逅

1 秋を迎えたアーデルハイト

 みなさま、ご機嫌いかがかしら?

わたくしは、恙無つつがなく過ごしておりますわ。


 春から初夏にかけて、社交シーズンとなりまして、領地を持つ貴族は夏から秋にかけて領地へと戻りますし、持たない貴族は旅行に出掛けたりもしますので、この時期は王都に貴族が少なくなるのです。


 死ぬ前のときには、友人として侍っていた令嬢たちも家族と共に領地へと戻ってしまい、わたくしは、友人が誰一人として残っていないことからお暇でしょう?と、勉強や仕事を増やされましたわ。

ロザリンドの友人たちは全員、王都に残っており、遊びに出掛けたり買い物をしたりと、楽しそうに過ごしていましたが、魔眼の影響下にあったことを思えば、ロザリンドの友人たちも、友人と呼べるものだったのか疑問ではありますけれどね。


 今回は、友人となった皆様が王都に残ってくださいましたので、時間を作ってはお茶をしたり、日帰りではありますが、湖へと遠出したりと、一緒に楽しい思い出を作りました。


 ヴァルター卿とマヌエラから、レオナとフランツの婚約を提案されまして、本人たちが拒否しないのであれば、わたくしは賛成ですわと答えたところ、翌日には婚約が結ばれたので、本当に驚きましたわ。


 湖へ出掛けるということで、王太子直属部隊隊長のフランツにも同行してもらいましたが、わたくしの侍女であるレオナと婚約した割には、これといって態度に変化はありませんでしたので、聞いてみたところ、照れくさそうに笑顔を浮かべたので、彼女との婚約が嫌だったということはなさそうでした。

むしろ、その様子から気があったようで、少し安心しましたけれどね。


 わたくしの婚約に関しては、テルネイ王国の王子様の為人を見てから考えても大丈夫とのことで、それほど急いでおりませんの。

祖となる王である わたくしが子を産むのですから、相手の年齢にそれほどこだわる必要もなく、極端な話になりますが、子作りが出来るのであればヴァルター卿と同世代でも大丈夫なのです。

 ……まあ、自分と同年代であれば、その方が望ましいのですが、王となる身なれば、子をなすことと政治的な繋がりが優先されますからね。我慢ですわ。


 城にある王太子執務室からは、王都が一望できまして、その景色を見ながら、わたくしは背筋を伸ばし、軽く息を吐きました。


 「いよいよ、ですわね」

「そうですな、ハイジ殿下。テルネイ王国王子様御一行は、迎賓館に到着したと連絡がございましたので、明日には、城へと挨拶に来られる予定となっております」

「どのような方なのかしらね?人当たりは良いとのことでしたが、取り繕うことなど、造作もないことでしょうから、あまりあてにはならないと思うのですけれど」

「王族ともなれば、作り笑顔だと分からぬ笑顔を浮かべておるのが基本のようなものでしょうからなぁ」

「そう言われますと、グッサリ刺さるものがあるのですけれど?」

「はっはっはっ!それは、お亡くなりになられる前の話ではありませぬか。今は素敵な笑顔ですぞ?」

「フローラ嬢にゾクゾクします、とか言われたのですけれど?」

「うむ。あの令嬢は筋が良いですからな!儂にもよく分かりますぞ!」

「分からないでちょうだい……」


 フローラ嬢は、武門の家に生まれただけあって、武芸に優れており、行く行くはわたくしの護衛騎士になりたいと言ってくださいました。


 今のところ、わたくしの専属女性騎士は、危険な魔物がいる森にて討伐専門で兵士をしていた者たちで、教育期間を経てから騎士に任命できたのですが、テルネイ王国王子御一行の到着に間に合って良かったですわ。

専属の護衛騎士が男性ばかりでは、あまり印象が良くありませんからね。


 あとは、アイゼン王国籍のテルネイ王国過激派が、大人しくしていてくれれば良いのですが、何やらコソコソと動いているようでして、マヌエラが警戒しておりました。

テルネイ王国王子御一行は、上陸した港から王都へと来る旅程に、過激派の領地は選ばなかったようなのですが、接触したくなかったのか、関係を築いていないと見せかけるために、わざとそこを通らなかったのか、定かではありませんので、警戒を怠るわけにはいきませんわ。


 イグナーツ様の曾孫であるイザーク殿は宰相を目指しており、既に成人している彼は、現在、官僚見習いとして城にあがっているのですが、彼の妹であるイリーナ嬢は、財務官を目指しているそうです。

普段ですと、女性の官僚は弱い立場になってしまうのだそうですが、わたくしが即位すると、王が女性ということで、あまり非難されるようなことはないかもしれませんね。


 ヴァルター卿の孫であるヴェルナー殿は、成人したら王太子直属部隊への入隊を希望しているのですが、贔屓は良くありませんので、きちんと入隊試験を受けていただくことになっております。

まあ、ヴァルター卿のお孫さんですからね。余程のことがなければ受かるでしょうから、心配しておりませんわ。


 わたくしのダンスの練習相手をしてくれている、エルトマン伯爵家のレギーナ嬢は、わたくしが即位するまでに何とか侍女見習いを脱して、正式な侍女として仕えたいと言っていると、マヌエラから聞きました。

たまにマヌエラに教えを乞うこともあるそうなのですが、死ぬ前のときに侍女となっていたレギーナ嬢を見ておりますので、安心してその時を待てますわ。


 マヌエラの孫であるマリウス殿は、執事になれるようにと、実家にて研鑽をつまれているそうなのですが、本当に執事になるつもりなのか聞いてみたところ、王太子直属部隊へ入りたかったそうです。

さすがに家の意向をわたくしが命令して変えさせるのもどうかと思いまして、それならば戦える執事を目指してみたら、と勧めておきました。

 わたくし付きの執事であるカールは、戦力がないことで、カローリの覇気に屈してしまいましたので、わたくしについて来るのであれば、耐えられる方が良いではありませんか。


 グスタフ様の曾孫であるグリゼルダ嬢は、魔道具作りに没頭しており、先日は何やら失敗したらしく、髪が片方だけ鳥の巣のようになってしまい、そちらだけキツく編み込んで誤魔化していたそうですわ。

髪の毛だけで怪我はなかったから良かったものの、くれぐれも気をつけてほしいと伝えておきましたが、お返事が「ククク、抜かりないですぞ」と怪しかったので、聞いてくれる気があるのか疑問でしたけれど……。


 現状では友人というよりも側近候補といったところでして、胸の内をさらけ出せるような関係性はまだ築けておりませんが、初めて顔を合わせてから半年も経っていないのですから、仕方がありませんわね。


 建国し、女王となったときに、アイゼン王国の役職についていた者をそのまま起用するのか、変更するのか、そういったこともこの5年以内に決めなければなりませんが、とりあえず、王太子直属部隊は名称を女王直属部隊に変更するだけになります。


 わたくしの直属部隊には、それなりの知識と教養、所作を求めはしますが、基本的に人柄と実力を優先させますので、近衛騎士には向かないのです。

近衛騎士は、見える場所での警護を担当しますので、人の目に触れることが多く、あまり洗練されていない所作ですと、わたくしが侮られることになりますからね。


 「マヌエラ。ロザリンドの方は大丈夫よね?」

「はい、アーデルハイト殿下。いつにも増して厳重に対処いたしておりますが、テルネイ王国の王子様がお出でになられたことで、感情がかなり激しく揺れ動いているようです」

「…………?」

「ふふっ、アーデルハイト殿下は王子様にご興味など、おありではないでしょうが、普通は、王子様というだけで憧れるものなのでございますわ」

「王子様にって……、あの子も王女ですわよ?それほど感情を揺らすようなことかしら?」


 わたくしの言葉に、珍しくマヌエラは笑顔で固まってしまいました。

……あぁ、でも、そうね。死ぬ前のときには、ロザリンドは「皇子様と結婚するなんて、ズルイ!わたくしもそれ・・がいい!!」と、駄々をこねておりましたわね。

 それという言い方は、どうかなのかと思い、少し驚いたことを覚えていますわ。


 ロザリンドの中にある魔眼をどうにか出来るまで、あの子にこれ以上の瑕疵をつけさせるわけにはいきません。

あの子自身がどうしようもない人間であるのならば、それは仕方がありませんが、魔眼のせいでおかしなことになっているのだとしたら、やり直す機会があっても良いと思うのです。


 気を取り直したマヌエラは、「テルネイ王国王子様について、新たに情報を得られました」と言いました。


 「どなたもお名前をお呼びしないので、未だに不明なのですが、年齢は11歳だと判明しました。髪の色は燃えるような赤色、瞳は恐らく黒色ではないかということでした」

「恐らく、とは、どういうことなのでょうか?ヴァルター卿からの報告でも少し曖昧さが残っておりましたが、隠しておられるのかしら?」

「相手は他国の王子様ですので、ジロジロと見るわけにはまいりませんから、それで、『恐らく』と付くのだと思われます」

「ああ、なるほど」

「前髪も少し長く、まつ毛の影もあって、黒に見えるとのことですから、深い青なのか、または紫なのか、判別はつかなかったそうですわ」

「紫色であるならば、セラ様と同じ配色よね?そうなると、同母の弟になるのかしら?セラ様の赤い髪は父親であるテルネイ王国国王からで、紫色の瞳はお母様から受け継いだと、おっしゃっておられたわ」


 セラ様は、わたくしの3つ年上ですから、わたくしの1つ上だというテルネイ王国から来られた王子様は、セラ様の同母弟の可能性がございますね。

もし、そうであるならば、セラ様がどうされておられるのか聞けるかもしれません。


 ふふっ、お会いできるのが楽しみですわ!





 


 

 

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