閑話 アーデルハイトに忠誠を誓うものたち

 王太子直属部隊の隊長に任命されたフランツは、届いた招待状の送り主の名を見て困った顔をしていた。

彼の父親は伯爵家当主だが、母親はその当主の愛人でしかなかったため、生まれは庶子となっており、母親の死後、伯爵家に引き取られたとはいえ、成人後は寄り付くことはなく、実家のある領地には一度も帰っていない。


 庶子ということで、正妻や側室から生まれた兄弟たちとは扱いに明確な差があり、家を出るまでは、肩身の狭い思いをして過ごしていた。

通わせてもらえた学園でも、庶子ということで陰口をたたかれたが、暴行を加えられるようなことはなかった。


 それもそのはず。フランツの実家は武門の家で、彼はその家の血を濃く引いており、体格にも武術の才能にも恵まれていたため、実際に絡まれることはなかったのである。


 しかし、いくら体格や才能に恵まれていても、庶子というだけで、見習い騎士から正式な騎士となるまでに、同期よりも年数がかかり、他が階級を上げていく中フランツは、平騎士のまま燻ることとなった。


 それに転機が訪れたのは、何で選ばれたのか、どこで目に止まったのか本人は知らないが、王太子アーデルハイトの直属部隊の隊長に抜擢されたことだ。


 騎士としての階級も上げられず、生まれも庶子ということで、貴族令嬢からはモテず、かといって庶子とはいえ伯爵家の生まれなため、平民と結婚もできない。

そんなフランツは、手元の招待状の封を開けると、いつの間にか慣れてしまった香りに、ため息が漏れた。


 「はぁ……。こんなオッサンを誘わずに、歳が近くて良さそうな男は、他にいくらでもいるだろうに。……そう言うと、フローラはまた『お兄様を超える殿方などおりませんわ!』などと訳の分からないことを言うのだろうな」


 王太子直属部隊の隊長に抜擢されたことを一応、実家へ報告に行った際に、異母妹のフローラと出会い、そのときに「この人と結婚する!!」と、抱きつかれ、父親からは末娘からの「お父様と結婚する!」のセリフを奪われたと恨めしい顔で見られた。


 フローラが10歳になり、お披露目会を終えたことで、茶会に参加できるようになると、個人的な茶会を開き、まず最初に招待状を出したのがフランツであった。

一目惚れした相手が"素敵なお兄さん"ではなく異母兄であると知ってもフローラの態度にそれほど変化はなく、そのことも父親から恨めしい顔で見られ、未だにグチグチと言われるのだった。


 招待を受けることの返事を出した数日後。

フランツは、茶会に参加するに相応しい装いに着替えると、手配していた花束と可愛らしく包装された菓子を手に、住んでいる邸の庭へと赴いた。


 小さな噴水の向こう側に隠れるようにしてある東屋には、既にフローラが座っており、フランツの到着をまだかとソワソワしながら待っていた。

声をかけずにその様子を見ていると、それに気付いたフローラがパチパチと瞬きをして首を傾げた。


 「………………。フランツお兄様?ご挨拶をしてくれませんの?」

「いや……、何度も言うようだが、俺は庶子だ。立場はフローラが上なのだから、俺から先に挨拶をするわけにはいかないんだ」

「いやです」

「……はぁ。わかったよ。では、改めて、こんにちは、フローラ嬢。本日は、お招きいただき感謝する」

「ふふっ、こんにちは、フランツお兄様。ようこそ、お出てくださいました」

「同じ邸に住んでいるのに、わざわざ招待状を出すのは、どうかと思うんだが……。止めるつもりはないのか?」

「止めるつもりなど、全くございませんわ!良いではありませんか、誰はばかることなく初恋のお方をご招待して、お茶が出来るのですよ?止めませんわ〜!」

「そうか……」


 ため息をつくフランツにフローラは、「でも、フランツお兄様?何だかんだ言って嬉しそうですわよ?」と、ニコニコと笑うのだった。


 騎士は専用の寮で暮らすことも出来るため、フランツも寮で暮らしていたのだが、フローラが10歳のお披露目会を終えて王都へと来られるようになると、彼女の熱望により王都にある伯爵家の邸にて過ごすことになった。

その時には既に王太子直属部隊の隊長となっていたため、伯爵家の者たちからキツく当たられることはなく、逆に居心地の悪い思いをしている。


 「まあ、俺に招待状を出してくれるのは、フローラだけだからな」

「そうですの。……聞きたくはございませんが、恋人はおられないのですか?」

「いるわけないだろう?」

「庶子とはいえ、王太子殿下直属部隊の隊長ですわよ?声をかけてくる、はしたない小娘がいても、おかしくはございませんのに」

「小娘って……」


 フローラは、年の離れた兄や姉がいることから、話し方がそちらに感化されてしまい、少々生意気にも取れる性格となってしまっている。

それでも、王太子アーデルハイトの前では、きちんと伯爵家令嬢に恥じないようにと、気をつけてはいるが、甘やかされた末っ子なため、ポロっと出てしまうことがある。


 「フローラ、言い方に気をつけなさい。それに、王太子殿下の御前でグリゼルダ様に手をあげたそうじゃないか。おそばに侍ることを許されたのだから、気を引き締めなくてはならないのに、気を抜いてどうする」

「……わかっておりますわ。お母様にも叱られてしまいましたもの」

「まあ、年下のフローラをグリゼルダ様の回収役にしたのが、そもそもおかしな話だとは思うけどな」

「フランツお兄様……。回収役という言い方もいけないと思いますわ。グリゼルダ様は侯爵家のご令嬢ですわよ?」

「…………そうだったな。すまん」

「忘れてしまいそうになりますが、侯爵家のご令嬢なのですわ」

「あぁ……、そうだな」


 二人して思い浮かべるのは、右目を押さえて「ククク……」と不敵に笑う、侯爵家のご令嬢グリゼルダの姿だった。


 「ところで、結局、領地へは帰らなかったが、本当に良かったのか?いや、まあ、王太子殿下の友となる栄誉を賜わったのだから、王都を離れるわけにもいかなかったとは思うが……」

「アーデルハイト王太子殿下はわたくしに領地へ帰っても大丈夫だと、そう仰せになられましたけれど、ここでおバカさんみたいに『では、いってきます』などと言って帰ってしまえば、アーデルハイト王太子殿下が『ご友人に蔑ろにされるとは、お可哀想に』とか笑われてしまいますもの。絶対に帰りませんわ!」

「いや、蔑ろにされたとかまでは言われないだろうけど、フローラが王太子殿下を軽視していると見られてしまうか」

「アーデルハイト王太子殿下ほど素晴らしいお方はおりませんのに、未だに悪く言う人がおりますのよ?許せませんわ!」

「まあ、色々と事情があるんだ。俺たちがお守りしていけば良い」

「もちろんですわ!」


 本当ならば、この小さな妹も守ってやりたいフランツであったが、最優先事項は王太子アーデルハイトの守りなので、それを口にすることは出来なかった。

せめて、守ってくれる男が現れることを祈ろうとして、イラっときてしまったことに、「自分も父親に似てきたかもしれん」と、遠い目になったのだった。


 


 ところ変わって、日が暮れて夜も過ぎた頃。

王太子宮では、王太子付き侍女のレオナが与えられている自室にて、手紙をギリギリと握り締めながら読んでおり、端が少し破れつつあった。


 その手紙の送り主は、離縁した元夫で、レオナとは婚約を経て結婚したが、それは、レオナが生まれてくる王子または王女付きのメイドとなることが決まっていたからで、第一王女アーデルハイトが生まれ、メイドとなったときに、その元夫と結婚し、そして、アーデルハイトが立太子すると共に、メイドから外されたことを機に一方的に離縁されたのだ。

 

 それが、アーデルハイトが5歳になったときに、レオナが侍女として召し抱えられ、そのことを大分経ってから知った元夫は、再婚した妻と別れて、レオナとよりを戻そうとした。

しかし、妻の実家の方が立場が上であるため、なかなか別れられず、今になってやっと別れられたと、お前とよりを戻してやるから、有り難く思えと、その手紙には書かれていた。


 しかも、その手紙には、レオナの実家からは既に許可を得ているからとあった。


 「許可……ですって?そのようなもの……出すわけ、が……ないでしょう?」


 ワナワナと震えるレオナは、ふと思いたち、ゆっくり首を傾げると、「そう……、そうよね。……ふふっ、ええ、そうしましょう」とつぶやくと、手紙を封筒に戻し、明かりを消すと、その手紙を持ってマヌエラの元へと向かった。


 この時間であれば、マヌエラはまだ起きているが、彼女がいるのは、王太子アーデルハイトの寝室横にある控えの間であるため、音を立てないように慎重に行動した。


 王太子アーデルハイトが既に就寝しているような時間にレオナが訪ねて来たことで、何か対処できないことが起きているのだと判断したマヌエラは、静かにレオナを部屋へと迎え入れた。


 「何がありましたの?」

「元夫から、王太子アーデルハイト殿下の侍女となったのなら、よりを戻してやると手紙が来ました。そこには、わたくしの実家の許可も得ている、と」

「フッ……。実家、ねぇ?」

「ええ、実家と書いてありましたわ」


 マヌエラが鼻で笑い、レオナは忌々しそうに顔を歪め、「わたくしの戸籍上の父は、ヴァルター様ですのに……っ。そのような許可を出すわけがありませんわ」と言った。


 第一王女付きのメイドであった頃ならば、生家の子爵家でも家格としては問題なかったが、王太子付きの侍女、ましてや筆頭侍女候補とあっては、そのままではあまり良くないと、マヌエラが王太子アーデルハイトに進言し、そこから相談役のヴァルターへと話が行っていた。


 しかし、王太子アーデルハイトが成人してすぐに即位することが決まったために、レオナは急遽ヴァルターの養女になったのだ。

王太子アーデルハイト付きの筆頭侍女候補であるレオナが、数年のうちに王宮侍女長となることを知り、囲い込もうとしてくる者たちを退けるためである。


 「このロクデナシな、あなたの元夫が許可を得たという実家は、恐らく生家のことでしょうね。閣下の養女となった、あなたの婚姻の許可を他家の者が出すなど、どういうつもりなのかしらねぇ?生家とはいえ、養女に出したのだから、そのような権利など有りはしないというのに」

「ええ、本当に、どういうつもりなのか、理解できませんわ」

「まあ、頭の悪い者たちのことをいくら考えても時間の無駄ですわね。それよりも、さっさとあなたが結婚すれば済む話よ?」

「うぐ……っ。それが、その……」

「何が問題なの?毎日のように顔をつき合わせているのに、何も進展していないの?」

「あ、ああ、えぇと、毎日ではありません。というか、その、それって相手がカールだと思われていま……す?」

「……違うの?」

「はい……」


 驚き、目を見開いたマヌエラは、まじまじとレオナを見つめ、「では、どなたなの?さっさと白状なさい」と、続きを促し、その相手が誰かを聞いて額に手をあてた。


 マヌエラは、頻繁に王太子アーデルハイトの執事であるカールと意気投合したように話し込んでいるレオナを見て、いい雰囲気になっているものだとばかり思っていたが、まさかその意気投合して盛り上がっていた話の内容が王太子直属部隊の隊長フランツのことだとは思いもしなかった。


 王太子アーデルハイトに献上された魔獣馬のカローリが暴れた際に、カールとレオナは、王太子のそばに侍ることが出来ずに後から合流した。

その後、二人して、「なんと情けないことか……」と悔しい思いをしたが、かといってカローリの覇気に耐えられるように訓練をするには、執事と侍女という、戦闘職とは違う職務についている二人には、どうすることも出来なかった。


 落ち込む二人に声をかけたのがフランツで、カローリの覇気に耐えられる者など騎士の中にもどれだけいるか分からないのだから、側仕えの二人が耐えられずとも問題はないし、耐えられるような力があるのであれば、それは騎士の仕事がなくなると、おかしそうに笑い、「俺には、美味しくお茶を入れる技量などないが、身につけた方がいいか?」と慰めてくれたのだ。


 「そのときからですわ。カールとわたくしは、フランツ様がカッコイイと盛り上がるようになりましたの」

「……カールは、そういう趣味なの?」

「いいえっ、そのようなことはございませんわ。ふふっ、少年が騎士に憧れるような、そういった感情ですわ」

「……そう、なのね。王太子直属部隊隊長と王太子付き侍女なのですから、何の障害も問題もないでしょう?恋愛結婚が良いの?」

「いえ、それが……。カールと盛り上がっているところを度々フランツ様に目撃されておりまして、その……、カールとわたくしがそういう、その、恋人のような関係だと勘違いされてしまっているのです」

「この忙しい時期に甘酸っぱいすれ違い恋愛模様など要りません。さっさとくっつきなさいっ」

「はい……。でも、断られたら、どうしましょう?」

「閣下からアーデルハイト殿下を通して政略結婚なさい。あなたの相手にカールかフランツのどちらかを、という話があがっていたのだけれど、あなたとカールが仲良さげにしていたから、様子を見ていたのよ。婚約するなり結婚するなりしてから、自力で落とせば結果は恋愛結婚とそれほど変わらないわ。カールと一緒だったとはいえ、慰めに来てくれたのなら、脈があるかもしれないでしょう?」


 レオナは、「これでは、まるで権力を笠に着て意中の相手を絡め取るようだわ」と思ってしまったが、それはレオナ側に恋愛感情があるから思うことで、表向きには政略結婚が成り立つ話なのだ。

それをマヌエラに言われ、ウジウジと悩んでいるよりも、少しでも王太子アーデルハイトのために時間を使おうと、フランツとの政略結婚を受け入れた。


 白い結婚だったレオナは、純潔を守っているため、相手が初婚であっても問題ないし、身分で言えば、レオナは生まれが子爵家で現在は侯爵家の養女、フランツが伯爵家の庶子であるため、そちらも問題ない。


 「あとは、その手紙ね。とりあえず、話を合わせて、上手く煽てて、情報を引き出しましょう」

「はい。わたくしもそのつもりでおりました。急にこのようなことを言い出すなど、誰かが糸を引いているに決まっています。結婚から離縁に至るまでも、恐らく何者かの指示で動いていたでしょうから」

「そうでしょうね。……色々と、一気に片付けることになるかもしれないわ」

「頑張りますわ」

「ええ、頑張りましょうね。アーデルハイト殿下のために」

「はい。アーデルハイト殿下のために」


 妖しく微笑む侍女二人は、王太子アーデルハイトの輝かしい未来のために動き出した。


 色づく葉が増え、秋の気配が訪れる頃。

テルネイ王国王子一行が王都へと到着したのだった。




 

 

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