7 決意を新たにしたアーデルハイト

 わたくしの即位に向けて陛下は、普段の仕事をしつつ、新たな国のために必要なことも片付けてくださっているため、療養中となっている王妃様の仕事までは手が回らないのです。

わたくしが祖となる王として初代となると、国名が変わりますし、離反する者も出てくる可能性もあり、そうすると、排除するのか独立させるのか、そういったところも詰めていかなければなりません。


 あと、訳の分からない法もチラホラありまして、それの精査もしないといけないのですが、恐らく魅了の魔眼持ちが作らせた法ではないかと思っております。


 ということで、王妃様の仕事は王太子の仕事と共に、わたくしが片付けているのですが、死ぬ前のときもそうでしたから、今では慣れたものなので大丈夫ですわ。

……刺繍をする時間は、取れませんけれどね。


 それと、陛下は退位後、補佐として支えてくださるそうです。

国王、王妃、王太子、の3ヶ所に割り振られている今の公務が、即位後に、わたくしのところにドーーーンと、まとめて来ますからね。


 それを思うと、優秀な成人した男性、いえ、むしろ、年齢関係なく即戦力になるような方を王配に迎えるべきなのかしら……?


 そんな乾いた思考に陥りつつも書類を読み、ペンを走らせ続けていると、マヌエラから「そろそろ休憩をなさいませんか?」と声がかかりました。

いつの間にか随分と時間が経っていたようですわ。


 はしたないと思いつつも、固まった身体を伸ばしてからソファーへと座ると、間を置かずにサラリとお茶が用意されました。

このお茶は、スッキリとした味わいで、執務中の休憩によくマヌエラが入れてくれるのです。

 

 香りを楽しみつつお茶を飲み、共に出された軽食をつまんでいると、グスタフ様が来られました。

あまり、こんを詰めて仕事ばかりしないように、たまに訪ねて来てくださるようになったのです。


 せっかくですので、一緒にお茶をすることにしましたが、こういったタイミングの良さが、さすがマヌエラなのだと思いました。

そろそろグスタフ様が来られるであろうと予測し、わたくしに休憩を促すのですから、頼りになりますわ。


 わたくし付きのレオナもマヌエラのこういったところも学び、いずれ王宮侍女長となるべく日々頑張っております。

レオナは、筆頭侍女を目指していたはずが、わたくしの即位が随分と早まったため、筆頭侍女ではなく、王宮侍女長となることが早々に決まってしまったのです。

 もちろんマヌエラも補助はしてくれますが、彼女の年齢を思うといつまででもというわけには、まいりませんからね。


 お茶で喉を潤したグスタフ様は、「さて、推測は混じりますが、色々とお話していきましょうかね」と、いつもの授業をしてくださるようにしてお話してくださいました。


 まず、ここアイゼン王国がテルネイ王国であったことは、グスタフ様の書庫にある資料にて、確認が取れており、その他の資料も合わせて導き出されたのは、王たる証と魔物の関係性でした。


 ヴィヨン帝国の王たる証は、夢見という未来予知の能力ですが、それは自身でコントロールできるものではなく、勝手に見させられているという話で、魔物が活発化しない程度に能力が使われているのではないか、ということでした。


 それに対しテルネイ王国は、時を戻す能力で、わたくしが過去へと戻っていることから、王たる証を持つ者がそれを自身の意思によって使える可能性があります。

しかし、時を戻すことなど、そうそう頻繁に行なうことでもなかったと推測すると、能力をあまり使わなかったことで、魔物が活発化し、魅了の魔眼などという物を持った特殊個体の魔物が出現してしまったのではないかと、グスタフ様は言うのです。


 「恐らく、アイゼン王国となってから、祖となる王を含めて、証を持つ者が現れず、魔物は活発化する一途を辿っているのではないかと思われます。それに伴い、ヴィヨン帝国の王たる証を持つ者が頻繁に夢見で未来を見させられていた可能性もございます」

「ああ、なるほどな。帝国の他国への侵略速度が異常だったのは、そのためか」

「つまり、危険な魔物がいる森の悪化が緩やかであったのは、ヴィヨン帝国側が能力を使っていたからで、その能力のおかげで戦争に勝ち続けていたと、そういうことですの?」

「推測ではございますが、そう思われます。ヴィヨン帝国側も危険な魔物がいる森と地続きであるとはいえ、あちら側は我が国ほど悪化はしておりませんでしたが、最近は少々騒がしくなりつつあったという話でしたからな。いい加減、王たる証を持たない我が国を取り込んでしまいたかったのでしょう。そのために他国を併合し、戦力を増強させていったのだと思われます」


 つまり、死ぬ前のときにロザリンドが第三皇子と婚約したのは、アイゼン王国を潰して併合する前準備だった可能性もあったのかしら。

わたくしが死んだあと、残ったセラ様と陛下、その二人の間にできた王子がいるアイゼン王国と、ロザリンドと婚約した第三皇子がいるヴィヨン帝国とで、戦争が起きた?


 未来を見ることができる能力と、過去へと戻れる能力の戦争。


 …………それは、思いっきり過去へと戻したくもなりますわね。

ヴィヨン帝国側は、見たいものが見られるというわけではないようですが、夢見で見た未来は必ず起こるということですし、それを踏まえて行動すれば、割と楽に進められるでしょうけれど、テルネイ王国側が劣勢になる度に少し過去へと戻していたとすれば、膠着状態に陥るのではないかしら。


 でも、そこで、わたくしを過去へ戻した意味が分からないのですが、セラ様が戻るのでは、いけなかったのかしら?


 ああ、でも、セラ様が戻ったのでは、どうにか出来るようになるまでに時間がかかり過ぎますものね。

それに、どのような状態で過去に戻るのか分かっていないのだとしたら、産んだ息子を置いて過去へ戻るという選択は辛いでしょう。

 それに比べて、わたくしは既に死んでいるのですから、わたくしを過去へ戻す方が良いですものね。セラ様は、わたくしのことも慈しんでくださっておりましたから、わたくしが死なずに済む未来を掴めるのであれば、そちらを選んでも不思議ではありません。


 どうして過去へと戻されたのが、わたくしであったのかなど、色々と思い返していると、顎をさすって頷いていたヴァルター卿が「やはり、どうにかしてハイジ殿下に能力を使っていただかなくては、なりませんな」と言い始めました。


 「マヌエラ殿よ、第二王女殿下の癇癪は、それほどに酷いものなのか?」

「ええ、今は、物に当たり散らすだけで済んでおりますが、いずれ、その対象が人にならないとも限りません。一度そうなってしまっては、止めるのも大変になってきます。自分で手を下さずに、命じるだけで傷を負わせたり、最悪は命を奪うことも出てくるかと存じます」

「そうか……」

「ヴァルター。それについては、しばらくは諦めるしかないと思いますぞ。魔物の活発化により民に被害が出ているのは分かっておりますが、魔眼が生きているとしたら、アーデルハイト殿下のお命が危険に晒されることになりますぞ」


 わたくしが能力を使うことで、魔物の活発化を抑えてしまえば、邪魔になったわたくしを消そうとするかもしれませんものね。

まだ物に当たり散らす程度で済んでいますが、そのうち誰かを傷つけたり、命を奪うようなことになれば、姉である わたくしにも、その牙を剥くでしょう。


 ……あぁ、なるほど。

国の奪還テルネイ王国侵略ヴィヨン帝国だけではなく、魔眼自体にとっても、わたくしが邪魔だった可能性があるのね。


 冤罪で処刑されたことには、色んな思惑が絡まっていたのかもしれません。


 「注意しなければならんのは、魔眼がテルネイ王国の王子と接触し、王子を魅了の魔眼の影響下に置くことですな」

「対策はしておられるかもしれませんが、こちらの状況を説明し、くれぐれも慎重に行動していただけるよう、お願いした方が良いかもしれませんぞ」


 テルネイ王国の過激派がアイゼン王国内にいることを思うと、テルネイ王国の王子が魅了の魔眼の影響下に入ることは、絶対に阻止しなければなりません。


 魔物の活発化を抑えるためにも、祖となる王の証を持つわたくしが即位し、国を安寧に導かなければならないのですから、殺されてなんてやるものですか。


 恐らく、と推測にはなってしまいますが、セラ様が時戻しを行なったとするのならば、再び得たその命を渡すわけにはいきません。


 わたくしは、必ず、王になります。


 …………即位する頃までに、王子を国へ帰したら、お祝いにセラ様が来てくださったりは、しないかしら?


 あ、王子は、王配候補でしたわね。

…………セラ様とでは、子供は作れませんし、やはり、今生ではお会いすることは叶わないのでしょうか。


 




 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る