6 行き詰まるアーデルハイト

 近衛騎士団長から、話にはまだ続きがあると言われ、場所を移すことになったのですが、近衛騎士団長が陛下のそばから離れるわけにはいかないので、詳しい話はグスタフ様から聞いてほしいとのことでした。

先程までグスタフ様は陛下に報告をされていたそうで、執務室横にある私室におられたのですが、確認したいことがあると、城の図書館に行ってしまい、今はここにおりません。

 グスタフ様が戻られたら、城にある王太子執務室へと来るように伝えてもらい、わたくしたちは先にそちらへ行くことにしました。


 無言のまま王太子執務室へと入り、執務机の方へは行かずソファーに座り、ヴァルター卿にも座っていただきました。

護衛騎士たちは、廊下の扉前に待機させているので、ここにはヴァルター卿とマヌエラだけです。


 マヌエラがいつものようにお茶を入れに行こうとしたので、マヌエラの分も用意するように言いました。

普段なら筆頭とはいえ侍女という立場上、一緒にお茶をしてくれたりはしないのですが、今回はグスタフ様から何やら追加で説明があるそうなので、マヌエラにも聞いてほしいと思ったのです。


 お茶を飲み、ホッと息を吐くと、ついつい言葉が零れてしまいました。


 「お父様は……、結局、どうしてあのように苦悩されておられたのかしら?」

「うーむ、まだ話の途中ではあったようですから、その辺はグスタフが来たら分かると思いますぞ」

「そうですわね。……マヌエラもそう思う?」

「わたくしは、……恋する男の苦悩だと思いましたわ」

「恋する男……?」

「ええ。例えばですが、お互いに惚れ合い、結婚した。その妻が魅了の魔眼のような効果を持つ魔道具を使って夫を惚れさせていたとして、それを知った夫はどう思うでしょうか?裏切られたと思ってもおかしくはございませんわ」

「でも、それは、その魔道具にそういった効果があると知って使っていた場合によるのではないかしら?王妃……お母様は、そのようなもの魅了の魔眼が自身の中にあるなど、ご存知なかったと思うわ」

「はい。ですから、陛下は持ち直されたのでしょう」


 わたくしが王妃様を"お母様"と呼んだことにマヌエラは、少し目を見開くと、優しく微笑みを浮かべました。

なんだか恥ずかしいから、やめてちょうだい。


 恥ずかしさから顔を逸らし、誤魔化すようにお茶のおかわりを終えた頃に、グスタフ様が王太子執務室へとやって来たのですが、いつものような柔和なお顔ではなく、とても怖い顔をしておられました。


 どうやら、わたくしが思っていたよりも深刻な内容なのかもしれません。

 

 「いやはや……、はぁ。なんとも……、どうすれば良いものでしょうかなぁ、これは」

「グスタフよ、珍しく歯切れが悪いな」

「まさかと頭を過ぎったことを確認しに、図書館で資料を確認してきたのですが。……処罰は覚悟の上で申し上げますぞ。第二王女殿下をお隠しするべきでございます」

「グスタフ!!何を言うかっ!?儂が退役しておらねば剣を向けるところであるぞ!!」

「覚悟の上と言ったではありませんか」

「グスタフ様。陛下に今のことを進言されましたか?」

「いいえ、しておりません。魔眼の行方はご報告いたしましたが、魔物による被害状況の重なりは推測でしかありませんでしたから、先程はそのことを軽くお話しただけにございますぞ」

「そうですか。先程の発言は、聞かなかったことに致します。しかし、そこに至った理由があるのでしょうから、それは聞きますわ」


 陛下から依頼されたグスタフ様は、魔眼の行方を調べた結果、何かに引っかかったそうなのですが、何が引っかかっているのか分からず、とりあえず魔眼の行方を調べ終えたので、その報告を陛下にしていたところ、魔眼の持ち主がいた場所と魔物の被害状況が重なっていたような気がしたそうです。

推測にはなるが、恐らく間違いはないだろうと、そのことも合わせて報告したのですが、確証が持てるようにと先程まで図書館にて調べていたとのこと。


 そして分かったのが、魔眼の持ち主が貴族家生まれだった場合、その周辺地域にて魔物による被害が多く、持ち主が結婚などで住む場所を移した場合は、移動先の地域で魔物による被害が増えていたそうです。

そして、最悪なことに、魔眼持ちが王家に生まれたであろうときには、王都を中心に国全体に広がるようにして被害が多くなっており、危険な魔物がいる森では、更に悪化していたそうです。


 「しかし、アーデルハイト殿下がお生まれになられた頃は、少し減少気味だったのです。それが、第二王女殿下がお生まれになってからは、徐々に増えていっておりました。アーデルハイト殿下がヴァルターを相談役とし、直属部隊を持ったことで被害はかなり抑えられたようですが、それがいつまで持つかは分かりませぬ。原因をどうにかせねば、いずれ潰れてしまいます」

「わたくしが生まれた頃には少し減っていた、と。……それは、祖となる王の証を発現させる可能性があったことと関係があるのかしら?」

「それは有り得ますな。ハイジ殿下に魅了の魔眼が効かない可能性があることから、魔眼の影響を抑えていたことも考えらますぞ。そうなると、祖となる王の証を発現させた今であれば、魔物による被害も減少傾向にあるのではない……いや、そのような報告は来ておらんな」


 現時点で、わたくしが祖となる王の証を発現させたとはいえ、魔物による被害が減っておらず、今も直属部隊の者たちが国内を巡回しているのです。

そのことから、わたくしが即位したら被害が減るのだと安易に考えるわけにはいかず、それよりも原因を排除してしまう方が良いと思うのは分かります。


 わたくしは、魔眼の効果を抑えたり防いだりする魔道具さえどうにか出来れば、ロザリンドを幽閉せずに済むと思っていました。

しかし、魔眼の影響は、相手を魅了して思うままにすることだけではなく、本人が何もしていなくても、魔物の活発化に影響を及ぼしている可能性も出てきてしまったのです。


 そうなると、幽閉しているだけでは済まず、排除しなくてはならなくなる。

ロザリンドが望んで手にしたものではないのに、それによって未来が閉ざされてしまうなど、とても受け入れられないのですが、王族として、守らなければいけないのは、家族の命ではなく、国の安寧なのです。


 死ぬ前のときに、嫌というほど教え込まされてきました。

わたくしの代わりは、いくらでも用意できる。陛下はまだ若いし、第二王女ロザリンドもいることから、わたくしに何かあったとしても問題ないのだと。

 ただ、今まで税をつぎ込んで仕上げたことが無駄になるので、民の税を無駄にしないためにも、きちんとしてくださいと鞭打たれていたわ。


 でも、セラ様が、代わりなどいないと言ってくださったのです。

アーデルハイトは、一人しかいない。あなたがいなくなれば、涙が川となって洪水を起こすほど泣くわと言って抱きしめてくださったの。


 王太子執務室内では、重苦しい雰囲気が漂い、静かにお茶を飲む時間がほんの少しだけ流れ、カップを置いたマヌエラがわたくしを見ました。


 「アーデルハイト殿下。今の時点で、魔眼の影響を抑えたり防いだりしているのは、魅了の魔眼・・・・・についてだけですわ。そこに魔物の活発化など含まれておりません」

「あっ……。え、でも、魔物の活発化がどうにかなるのであれば、既に何かしら対策をしているのではなくて?今までも魔物による被害はあったのですから」

「ええ、そうでございます。しかし、今現在ないからと、この先も無いとは言い切れませんわ。作らせるのです!」

「……誰に?」

「魅了の効果に関する魔道具は、テルネイ王国が優っておりますが、アイゼン王国でも魔道具は作っておりますわ。ねぇ、グスタフ殿?」

「私の息子たちは魔道具を作ってはおりますが、魔物の活発化をどうにか出来るようなものが、果たして作れるかどうか……」

「作らせてみなければ分からないではありませんか!今の時点で、あのお方をお隠しする理由がなく、それは叶わないのですよ?病に倒れていただくのは、最終手段としなければなりませんわ」


 今のところロザリンドを王宮の奥に隔離できているのは、あの子がまだ10歳になっていないからなのです。

10歳のお披露目会を済ませていない子は、基本的に表には出しませんし、ロザリンドは自身の直属部隊を使って、やらかしたことがあったために、商人を呼んでお買い物をすることも出来なくなっています。

 騎士たちに強奪させた品を返還したからと、それだけで済むわけもなく、謝罪金も支払わなければならず、返還できなかったものに関しては、その補填もしなければならないため、ロザリンドは割かれている予算のほとんどを返済に割り当てられており、買い物など出来ないのです。


 グスタフ様は、口を開いては閉じを繰り返し、歯を食いしばって眉間に皺を寄せ、拳を握り込んで何やら葛藤し始めたのですが、どうしたのでしょうか?


 見かねたヴァルター卿が「どうしたのだ?」と声をかけると、グスタフ様は前髪をぐしゃりとかき崩し、ポツリとつぶやきました。


 消されてしまうかもしれん、と……。


 「消される?それは、どういうことだ?」

「…………魅了の魔眼は、恐らく王女に受け継がれています。しかし、歴史を振り返ってみて、今回のように、第二子の王女に現れていたことがあるようなのです」

「っ!?まさか……っ!!」

「ヴァルターの家ように幼少からの訓練によって魔眼などが効かないのではなく、祖となる王の証を得られる素質があったというだけでも、効かなかった可能性があります。そうなると、その素質を持った者は魔眼を受け継ぐことはないでしょう。つまり、魔眼持ちであった人物の兄や姉に、祖となる王になれる可能性があった者がいたのではないかと考えたのです」

「その兄や姉が消されたと言うのか?」

「魔眼持ちであろう王女が第二王女であった場合、姉の王女が亡くなっておることがあるのです。そのことから、魔眼持ちは、王たる証を持つ者を本能的に恐れていたのかもしれません。特に、祖となる王になられては都合が悪かったのでしょう。まあ、不自然な死の全部が全部そうだったとは言いきれませんが……」

「なんたることだ……っ」


 まさか、祖となる王の証を得られる可能性のあった人物が、消されていた可能性があったとは思いませんでした。

まあ、そうですわよね……。わたくしも冤罪で処刑され、一度死んでいるのですから。


 そうなると、……嫌な考えが浮かんだのですが、もしかして、魔眼は、まだ生きている……?

一番目の女子に宿り、そして、王家に戻ってきていること、祖となる王の証を得られたかもしれない人物が亡くなっている可能性を思うと、魔眼自体に意思があるように思えます。


 ヴァルター卿は、拳で自身の膝を殴りつけると、「王家に戻ってきているのは、目的は魔力か……っ!」と、忌々しげに言いました。


 アイゼン王国王家は、内包する魔力量が多く、マヌエラ曰く、テルネイ王国王家よりも多いのではないか、ということでした。

そうなると、もう、魔眼を持ち帰って摂取した人物が、そのとき既に魔眼の持ち主であった魔物に狙われていたのではないかしら。


 豊富な魔力を使い、国内全体の魔物を活性化させるのが目的であったとするならば、魅了の魔眼持ちが王家に戻ってきて、王族の子を生むはずですわね。

魔力の多い者と結婚しては子を作り、そうやって段々と魔力を増やしていき、王族の魔力を更に増やしていったのかもしれません。


 魔力の使い道として、身体の強化が一般的なのですが、魔力量の少ない者は瞬発的に使う程度で長時間の発動は難しく、身体を鍛えていないと、その瞬発的なものであっても身体に負荷がかかるため、筋肉や骨を損傷することがあります。


 その他では、魔道具を使う際に自身の魔力を使う物もありまして、それを使えば属性魔力による攻撃も可能で、それを魔法攻撃と呼んでおります。

魔物から取れる魔石を術式に組み込んだ物なのですが、魔法攻撃に使うものは、杖の形をしているものが多いですわ。


 ちなみに、人は魔道具を使わずに魔法攻撃を行なったりは出来ません。

それが出来るのは、魔物だけです。


 わたくしが鞭を振るうときに、内から湧き上がるような何かを放出しているのですが、それが魔力だったとしても、それは属性魔力ではないので、恐らくわたくしは魔物ではないと思いますけれどね。

ましてや、内から湧き上がる何かは、祖となる王になったときから現れるようになったのですから、神様に認められた何かしらの物なのでしょう。


 魔眼が豊富な魔力を求めていることを思うに、今の魔物が活発化している状況は、王たる証の有無だけではなく、魔眼の影響もかなり出ているのかもしれません。


 ロザリンドが生まれるまでは、魔眼は王妃様にあった。

王妃様は、わたくしよりも魔力量が少ないので、それで、ロザリンドが生まれるまでは魔物による被害が減っていた可能性があります。


 「癇癪を起こし、感情のままに振る舞うことで、魅了の魔眼の効力が増しているということでしたからな。つまり、ハイジ殿下も感情のままに鞭を振るえば、対抗できるかもしれませんな」

「ヴァルター卿……。それは、ただの危ない人ではないかしら?」

「ふむ。訓練の時間を増やしてみるだけです。周りには分かりますまい」

「そうかしら……?」

「ヴァルター。アーデルハイト殿下にあまりご無理をさせるでない。無闇に力を使い、それによって活発化を防げたとして、それが相手に知られれば、アーデルハイト殿下に危険が及ぶ可能性がありますぞ」

「そうだな。あまり楽観視するのは良くないかもしれぬな。しかし、うーむ……」

「アーデルハイト殿下。少しずつお試しくださいませ。第二王女殿下のご様子と合わせて行動なされた方が良うございますぞ」

「分かりましたわ、グスタフ様。マヌエラ、お願いね」

「かしこまりました」


 しかし、この案は、しばらくした後、中止となりました。

わたくしが内から湧き上がる力を使えば使うほど、ロザリンドのイライラは増していき、癇癪が一層酷くなってしまったのです。


 これでは、祖となる王の証を使ったり、慣れたりすることも難しくなってしまいました。

ロザリンドが眠っている間にならば問題ないのではないかと試してもみたのですが、起きたときの不機嫌さが手に負えなかったそうで、諦めざるを得えなかったのよ。

 

 魔眼をどうにか出来れば、ロザリンドがロザリンドらしくいられるようになるかしら。

あの子のためにも、本当にどうにかするべきよね。




 


 

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