5 衝撃の事実を知ったアーデルハイト

 急いで城までやって来ましたが、気温も高くなってきた今の季節、風をきっていたとはいえ、騎乗しての移動は汗が滲みますので、城に着いたら装いを整えてから、陛下の執務室へと向かおうとしていたところ、城の入り口にて陛下の執事が待機しており、そのまま執務室へと案内されました。


 着替える暇もなかったので、騎乗服のままなのですけれど、それほどに深刻かつ、急ぐ案件ということなのかと思うと、背筋が寒くなります。

汗が冷えただけだと思いたいわ。


 陛下付きの執事が執務室をノックすると、返事もなく扉が開かれ、顔を出したのは、近衛騎士団長でした。

彼の顔色は悪く、奥歯を噛み締めているようなのですが、大丈夫かしら?もしかして、陛下に何かございましたの!?


 「陛下に何かあったのですか?どちらにおられるのです?」

「隣の私室におられます。どうぞ」

「わかりました。ヴァルター卿とマヌエラは、一緒でも構わないのね?」

「はい。そちらのお二方であれば問題ございません」

「では、ヴァルター卿とマヌエラ以外は待機していてちょうだい」

「かしこまりました」


 近衛騎士団長に促されて執務室横にある陛下の私室へと入ると、頭を抱えた陛下がおられました。

いつも、きっちりと撫でつけられている髪は崩れ、背中を丸めている様子は、死ぬ前のときも含めて、初めて見る姿でした。


 わたくしたちが入ってきたことに気付いていないのか、気付いていても動けないほどの何かが起きたのか、話を聞くのが怖いのですが、聞かないわけにもまいりませんものね。


 恐る恐る声をかけると、陛下はゆっくりとした動作でこちらを向かれたのですが、その表情は、どこかで見たことのあるようなものでした。


 あれは……、そうだわ。

死ぬ前のときにセラ様と孤児院へ視察へ行った際に見た、とある子供の表情と似ていました。


 親に捨てられ、信じていたものが崩れ去り、どうして良いのか分からず、迷い子のような、そんな表情なのだと、セラ様がおっしゃっておられたわ。


 うん?お父様、迷子ですの?

あ、いえ、そういう例えであって、そう、迷子のような表情ということですわね。お父様の家は王宮ですわ。迷子ではございませんよ。


 少々、混乱してしまいましたが、わたくしのそのような様子にお父様は構うことなく、振り絞るようにして声を出されました。


 「ハイジ……。余は、何を信じれば、良いのだろうな……」

「直感?」

「王太子殿下。おふざけになられたのか、そうでないのかは存じませんが、今のことに関しては、それが正解のような気もいたします」

「すみません、近衛騎士団長。口が滑りましたわ。あの、何があったのでしょうか?」

「陛下は、まだ口にされるのはお辛いかと存じます。ですので、陛下。わたくしめからご報告させていただいてもよろしいでしょうか?」

「…………頼む」

「かしこまりました」


 近衛騎士団長は、陛下に許可を得ると、何があったのか説明してくれました。


 最近、王族の教師をしていたグスタフ様は、授業とまではいかずとも、わたくしに色々と教えていることから、たまに城の図書館へと行っていたそうで、その話を耳にした陛下が、気になっていたことをグスタフ様に調べてもらえないか頼んだのが、ことの始まりでした。


 グスタフ様は、王族の教師をしておられたことから、知識も豊富なのですが、彼の邸には大きな書庫があり、そこには様々な資料もあるのだそうです。

その資料は、城にもないような物もあると噂されるほどなので、王族の教師をしていたこと、知識が豊富なこと、ヴァルター卿やわたくしが信用していることなどから依頼するに至り、とあることを調べてもらった結果、とんでもないところに行き着いたのだとか。


 陛下は、アイゼン王国王家には、"人に好かれやすい能力持ち"が生まれると思っており、歴史書などにもそういったことが記されていたりもしたことで、そういう能力があるのだと信じていた。

でも、それが蓋を開けてみれば、特殊個体の魔物が持っていたであろう魅了の魔眼が元であった。


 王たる証も現れていないのに能力がある時点で、それは王たる証による能力ではなく、何らかのものによって引き起こされた現象であると判断せざるを得えなかった陛下は、ある疑問が浮かんだ。


 祖となる王の証ではなく、ただの王たる証は、王家にしか受け継がれない。

しかし、アイゼン王国王家が能力だと思っていたものが、魔物の魔眼によるものだったとして、それが王家に現れたり現れなかったりしたのは、何故なのか。


 そして、どうして、それがアイゼン王国王家に受け継がれているのか、ということでした。


 ロザリンドが魅了の魔眼を受け継いだ。

そうなると、彼女が降嫁してしまえば、王家に魔眼が受け継がれることがなくなってしまう。


 王子に受け継がれていれば残っていくが、必ず王子に受け継がれるとは思えなかったことで、"人に好かれやすい"とされていた王族の痕跡をグスタフ様に追ってもらったそうです。


 それで分かったのは、魅了の魔眼を取り込んだとされるアイゼン王国の祖となった人物が、魔眼を取り込む前に産んでいた男子がアイゼン王国国王となり、取り込んだ後に産んだ女子、つまり、その当時の王妹がアイゼン王国の貴族家へと降嫁している。

その王妹は、とても魅力的で、数多の男性が愛を乞うていても、あまりの魅力に女性から嫉妬されることもなかったとされており、そのことから彼女が魔眼を受け継いだであろうことが推察された。


 その魔眼持ちであったであろう王妹が降嫁した、その次かそのまた次の代であったりはするものの、王太子がアイゼン王国王家の血筋を持つ令嬢と恋愛結婚をしているというのです。

そして、王太子が恋愛結婚をして生まれた子は、人に好かれやすかった、というものでした。


 つまり、魅了の魔眼は、王女が降嫁して王家から離れても、婚姻して妃という形で必ず王家に戻って来ているのです。


 王太子が恋愛結婚して生まれた子は、人に好かれやすい。


 このことから、魅了の魔眼が王妃様を通じて王女であるロザリンドに戻ってきた可能性が高くなった。


 しかし、それを受け入れられなかった陛下は、王妃様に会いに行き、気付いてしまった。


 あれほど妻を愛おしいと愛していた感情が、自分の中になくなっていることに。


 今まではロザリンドの魔眼の影響下にいたため、何も違和感などなく過ごしていたけれど、魔道具によって解放された今は、陛下自身の感情を取り戻している。


 「ということは、愛しているから結婚したはずなのに、その愛情が魔眼のせいだった、と。うーん……、政略結婚だったと思ったら良いのではございませんか?そうすれば、騙されたと思うこともございませんし、愛情がなくなってしまっていても困らないと思いますわ」

「王太子殿下。そのように割り切れるのであれば、苦悩はされないかと存じますが……」

「わたくしは、仮とはいえ政略的な婚約を結んでおりましたわよ?」

「そうなのですけれどね……」

「王妃様からロザリンドへと移ったということなのですよね?王妃様は、母親から受け継いだということ?」

「恐らくは、そうだと思われます。王妃殿下のお母君である前伯爵夫人の実家は侯爵家で、王女様が降嫁されております。王妃殿下が伯爵家の出身で、お輿入れが叶ったのは、陛下が望まれたからだけではなく、王家のお血筋であることも考慮されましたから」

「なるほどねぇ」

「ああ、そういうことか。だから、前伯爵は、愛人を持ったのか」

「えっと、ヴァルター卿、何のお話ですの?」


 ヴァルター卿によると、王妃様のご両親は、恋愛結婚なのだそうです。

見ている周りが口から砂糖を垂れ流しそうになるほどの仲だったらしいのですが、口から砂糖というのが、ちょっと分かりませんが、とにかく、とても仲の良いご夫婦だったそうです。

 それが、妻が第一子である王妃様をお産みになってから、前伯爵は妻に見向きもしなくなり、愛人を囲うようになったので、口さがない者たちは、産後で体型が崩れて見るに堪えないことになったのではないかと、噂したりしたのだとか。


 でも、それは、魔眼による影響で恋愛結婚し、その魔眼が娘である王妃様に移ったことから、妻に愛情がなくなっただけの話ということなのかしら。


 「側室までは許容したが、メイドに手をつけたことだけは看過できんかったようでな。メイドとの間にもうけた子は成人後、即座に放逐され、危うく死ぬところでしたな」

「ということは、ヴァルター卿が保護したのですか?」

「何を言うておられるのですか。保護したのは、ハイジ殿下ではありませぬか」

「え?」

「ブラットですよ。画家のブラット」

「うん?ブラットがどうかしましたの?」

「そのブラットが、王妃殿下の異母弟で、前伯爵とメイドとの間に生まれた庶子ですぞ」

「は?…………えぇっ!!?ブラットが!?王妃様の異母弟!?それって、えっ、じゃあ……」

「ハイジ殿下の叔父ですな」

「うそぉ!!?」

「本当ですよ。いや、ご存知なかったことに、こちらが驚きましたぞ」


 思わず、はしたない声を出してしまいましたが、それほど驚いたのです。

わかってくださいませ。


 周りは、ブラットがわたくしの叔父にあたるため、それで、わたくしがお抱え画家として保護した面もあるのだと思っていたそうで、知らなかったことにとても驚かれてしまいました。


 「こほん。すみません、陛下の御前ではしたない声を出してしまいましたわ」

「……いや、良い。……それが、ハイジの本来の姿なのだな。周りに歪められることなく育っていれば、そのように快活な面を持っていたのだろう。其方にも悪いことをした……。余が、魔眼になど魅了されてしまったから……」

「お父様……。いえ、陛下。王妃様は、祖となる王の証を持つ者をお産みになられたのです。それを誇ってはいただけませんか?」

「っ!?……そうであった。そうだ、そうであるな。よく、……よく、産んでくれた。余の悲願であった。それを叶えてくれたのは、他でもない彼女だ。……あれほど美しい姿をどうして忘れていたのだろうな。無事に産まれたと連絡があり、すぐさま会いに行ったのだ。髪をほつれさせ、汗の滲んだ彼女が赤子ハイジを抱いていた。何よりも美しいと思ったのだ……」


 わたくしが生まれたときのことを思い出したようで、お父様は、静かに涙を流し、「彼女に会いに行ってくるよ」と、晴れ晴れとした表情で部屋を出て行かれようとしたのですが、私室から出てきたお父様を側近たちが、「あ、何やら解決したようですね。では、仕事が溜まっておりますので、お願いいたしますね」と、あれよあれよという間に執務机へと誘導し、仕事を再開させようとしていました。


 ええ、まあ、一人の男、夫である前に、国王ですからね。

お仕事が優先されますよね。


 では、わたくしたちは、これで御前を失礼いたしますわ。


 慌てて呼ばれたのですが、なんだったのかしら?痴話喧嘩でしょうか?

魅了の魔眼が必ず王家に戻って来ているというのは、衝撃の事実だったのかもしれませんが、既に王女であるロザリンドが有しているようですので、それほど重要なこととは思えないのですよね。


 その魔眼をどうするかが問題なのでしょうけれど、ロザリンドが子を産まなければ、それで終わることなのではないかしらね?

そう思っていたのですが、近衛騎士団長から、話はまだ終わっていないと言われました。


 あら?この話、まだ続きがあったのですね。

陛下が執務に戻られたことで、このまま陛下不在のまま執務室横にある私室にいるわけにもいきませんので、場所を移すことになりました。


 ブラットが叔父だという事実に驚いて、終わった気になっておりましたわ。

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