4 やらなければならないことが多いアーデルハイト
皆様、ごきげんよう。
わたくし、音楽を奏でることが、しばらくの間は禁止となりましたわ。
祖となる王になってから、初めての音楽の練習時間となった、ある日のこと。
楽器を演奏したのですが、音楽の教師は顔を青ざめさせて平伏し、護衛騎士たちは頭を垂れ、マヌエラは陶酔しているような恍惚とした表情になっておりました。
マヌエラのことは、とりあえず置いておきまして、何が起きているのか分からず、困ったときはヴァルター卿に相談しましょうと、いつもの如くヴァルター卿にお出でいただき、わたくしの演奏を聞いていただいたところ、覇気が音に乗っているようだとのことでした。
護衛たちは、わたくしに忠誠を誓っている者ばかりなので、わたくしの奏でる音に乗った覇気に頭を垂れたようなのですが、ただの教師では、その覇気が威圧のようなものに感じられ、それで恐慌状態に陥ってしまったのでしょう、と。
ヴァルター卿によれば、こういった覇気は戦闘に従事している者の中には出せる者もいるそうなので、気にする必要はないそうです。
ただ、わたくしの場合は音に乗せるだけで、これほどの効果があることから、かなり強力なものだと思われるため、どうにか出来るようになるまでは、人前での演奏は止めておきましょうとなりました。
ちなみに、ヴァルター卿も覇気を出せるので、出していただいたところ、わたくしは何も感じなかったのですが、護衛騎士たちは腰に下げている剣に手をかけ、マヌエラは震えながらもわたくしを背に庇い、音楽の教師は失神してしまいました。
先生、ごめんなさい。迂闊でしたわ。あとで、お詫びの品を届けますので、しばらくは、ごゆるりと休んでくださいまし。
ということで、音楽の練習時間は、勝手に出てきてしまう覇気のようなものを自在に使えるように、訓練することになりました。
それは、王太子直属部隊の訓練場で行なうことになったのですが、訓練内容は、管楽器を奏でること、です。
少し距離を置くとはいえ、直属部隊の隊員たちが訓練する横で、笛を吹くのですから、何ともいえない光景になるでしょうが、竪琴を持って来るよりは良いでしょう。
音楽の練習時間が、祖となる王の能力を使いこなす時間に変更となった程度で、わたくしの予定が大幅に狂うことはなく、それならば、空いた時間はテルネイ王国王子御一行を迎えるための準備を進めようと、迎賓館へとやってまいりました。
テルネイ王国王子御一行が上陸し、陸路で王都までやって来るので、そこそこ時間が掛かるとはいえ、のんびり準備をして後で慌てるようなことはしたくありませんからね。余裕を持って行動いたしませんと。
迎賓館は、王宮や王太子宮からは離れておりまして、本来ならば行き来が大変なのですが、わたくしはカローリに騎乗して移動しているので、割と楽しかったりします。
他国の王族をお迎えするということで、敷いてあるカーペットを新調したり、調度品を相手に合わせて変更したりと、現場でやることが結構たくさんあるのですわ。
事前に執事のカールが調度品の一覧表を持って来てくれたので、そこから絞り込んで、あとは自分の目で確かめてから配置してもらうことになっていますが、どこに何を置いたか把握していないと、何かあったときに対応できませんからね。
そうは言っても、王太子であるわたくしが直接選ぶのは、王子が使われるお部屋だけですけれどね。
それ以外は、わたくしの意向に沿ってマヌエラが指示を出して手配してくれるので、最終確認だけすれば大丈夫ですわ。
迎賓館の正面でカローリから降り、待機していた厩務員にカローリを厩舎へ案内してくれるように頼み、わたくしは、迎賓館へと入ることにしました。
そして、玄関を通り抜けてホールの正面には…………、ちょっと待ちなさい。
どういうことですの、これ。
わたくしは、先に来て待機していたマヌエラに尋ねました。
「ちょっと、マヌエラ?どういうことですの?」
「はい、アーデルハイト殿下。どうなさいましたか?」
「どうして、この刺繍絵画がここに飾られていますの?」
「せっかくですから、見ていただこうかと思ったのでございます」
「えぇ……」
マヌエラが迎賓館の玄関ホールの正面に飾ったのは、わたくしが作った刺繍絵画で、夜明けの空にはばたく燃えるような色をした
かなりの大きさなので、見栄えはもちろん良いのですが、……やはり嫌ですわ。
だって、テルネイ王国の王子は髪が赤いのでしょう?そして、瞳は黒だそうですし、これでは、「あなたに会えるのを指折り数えてお待ちしておりました!」とでも言っているようではありませんか。
わたくしが指折り数えて待つのは、セラ様だけでしてよ!
「マヌエラ、悪いけれど変えてちょうだい」
「やはりダメでしたか……」
「これを迎賓館に飾るとしたら、それは、セラ様がお越しになられたときだけよ」
「ふふ、アーデルハイト殿下の凄さをまざまざと見せつけたかったのですが、他のことでも出来ますからね。かしこまりました、変更いたします」
「ええ、お願いね」
わたくしの凄さをまざまざと見せつける必要って、どこにあるのかしら?
女王確定の王太子、祖となる王の証を持った王太子なのですが、これ以上の凄さが必要なの……?
まあ、良いですわ。
マヌエラが、わたくしを思ってしてくれたことなのですから。
でも、刺繍絵画は変えてもらいますけれどね。
玄関ホールのカーペットは緑色を中心に黄色、白色で小さく模様が織り込まれているのですが、床に使うカーペットは足で踏むので、賓客の髪と瞳の色は省いておりますし、色にも意味がございます。
今回は緑色が中心ですので、「常緑のように変わらぬお付き合いを」という意味が込められているのですが、どうとでも取れる内容になっております。
つまり、良い関係を続けていきましょう、とも取れるし、今までと同じように関わりなく行きましょう、とも取れるわけです。
ちなみに、赤いカーペットはありません。
赤は
日当たりの良い主賓室を王子に使っていただく予定ですので、まずは、そちらの確認をしに行きます。
左右から伸びている階段のうち、左側へと上り、一番突き当たりにある東南側の主賓室へと入りました。
カーテンは赤いベルベットに銀色の薄いレースカーテンが重ねられて、赤色の重たさを軽減しつつ、華やかさと豪華さが添えられた仕上がりでした。
飾られている絵画は、わたくしのお抱え画家ブラットに描かせたもので、湖のほとりに紅葉した葉がハラハラと落ちて水面に浮かび、まるで血しぶき……違いましたわ、妖精が舞っているようですわ。
テルネイ王国王子御一行が到着する頃には、紅葉の季節に入りますので、この絵を選んだのですが、周囲からの評価は、秋の冷んやりとしつつ清々しい空気がこちらにも伝わって来そうで、今にも水面に浮いた葉が揺られて動き出しそうと、とても好評なのですけれど、わたくしには、血しぶきに見えてしまうだけなのです。
感性の問題かしらね。
テーブルセットには、艶のある飴色で重たい雰囲気のものを選びました。
王子ですからね。華やかさよりも落ち着いたものの方が良いかと思いましたの。
部屋に飾る花は、王子の髪の色である赤を中心に、オレンジ色や黄色を加えて、温もりを感じさせるような色合いで手配いたしましたが、花を飾るのは到着の前日くらいになりますから、まだ置いてありませんわ。
それと、次は暖炉ね。
到着する頃は、まだ火を入れるほどではないと思うのですが、人によって寒いと感じる気温に違いがございますから、いつでも使えるようにと指示を出しておいたので、そこも確認しました。
茶器などは、新しいものを用意したのですが、図柄はブラットに下絵を描いてもらったので、斬新な仕上がりですのよ。
夜空に煌めく星に月明かりを浴びて輝く黄色い花は、生まれた子に幸福と長寿を願って飾るのですが、季節に関係なく割とどこにでも咲いている花なのです。
どこにでも咲いていることで、どこでも生きていけるようにと願い、季節関係なく咲く姿に長寿を願うのですって。
ただ、この花には恐ろしい一面もございまして、どこにでも咲いているので、子が生まれたときに飾るために用意するのは、それほど難しいことではないのですが、ごく稀に用意できないことがあり、そういったときは子に不幸が訪れるとされているのです。
親がどこを探しても見つけられず、哀れに思って誰かが用意してあげても、途中で紛失してしまったり、枯れたりしてしまうので、何やら人には分からないことが起こっているのかもしれないと言われておりますの。
ちなみに、王族は元から用意しませんわ。
もし仮に用意できないまでも枯れてしまったりしたら、大変ですもの。
それに、その花を用意できたとて、その子が確実に幸福で長寿でいられる保証もございませんからね。
病で幼くして亡くなった子の中にも、その花を用意できていた子はいるのですから、そうなると、用意できなかった場合の意味とは何なのか不思議でなりませんわ。
そう思うと、縁起の良い花というより不気味な花のようですけれど……。
血しぶきの舞う絵画に、不気味な花が描かれた茶器。
いえ、考え過ぎよね。
わたくしがそう思ってしまうだけで、周囲の者たちには好評ですもの。
紅葉が舞う絵画に、縁起の良い花が描かれた茶器ですわ。
粗方の確認を終え、迎賓館の内装などの雰囲気を見つつ、調度品の変更を指示したりしていると、陛下の側近がやって来て、陛下がわたくしに早急に執務室まで来るように仰せであるとのことでして、急いで城へと向かうことになりました。
陛下の側近に何かあったのか聞くと、内容は分からないが、陛下はとても深刻な様子だったそうです。
もしかして、王妃様に何かあったのでしょうか。それとも、ロザリンドが何か問題を起こしたのかしら?
考えていても答えなど出てくるはずもないので、城まで急ぎましょう。
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