3 コツコツ頑張るアーデルハイト
皆様、ごきげんよう。
マヌエラからイタズラをしないようにと、釘を刺されたアーデルハイトでございます。
実際に釘を身体に刺されたわけではございませんので、ご安心くださいませね。
楽しいお茶会では、招待した皆様の幼い頃の思い出話の他に、色々な話を聞けました。
イリーナ嬢からは、彼女のお姉様から提供していただいた情報でして、テルネイ王国から王子が来たということで、その王子の妃になろうとしている令嬢がちらほらいるとのこと。
その中でも、とある令嬢が既に自分がテルネイ王国王子の婚約者候補にでもなったかのような態度でいると聞き、少し呆れてしまいました。
その、とある令嬢は、死ぬ前のときは、ヴィヨン帝国第三皇子に言い寄っておりましたが、彼はロザリンドに夢中で、全く相手にされていませんでした。
相手にされないからと、わたくしでその鬱憤を晴らすかのように、「婚約者に相手にされないだなんて、惨めなことですわね」と、嘲笑して来ましたが、今になって思えば、言い寄って相手にされないのと同じにしないでいただきたかったですわね。
王子がやって来るということで、色めき立っているのは、
王子様の妃になることを夢見る少女や、
しかし、アイゼン王国の者たちも阿呆ばかりではございませんので、きちんと警戒し、周囲の動向を探っている者もおりまして、その筆頭がイリーナ嬢とイザーク殿の曽祖父であるイグナーツ様です。
元王宮侍従長であるイグナーツ様は、アイゼン王国では数少ない優秀な人物なのですが、彼は王家と国の存続のためなら少々、手段を選ばないところがございますので、注意が必要ですわ。
そんなイグナーツ様は今、ヴァルター卿とわたくしと優雅にお茶を飲んでおります。
「うちの曾孫たちは、どうでしたかのぅ?なかなかに愉快に育ったと思いますが、お眼鏡にかなったじゃろうか?」
「ええ、良き友人となれそうですわ」
「それは、ようございました。アーデルハイト殿下の婚約者の座を狙う輩もおりますからのぅ。その辺のことは、うちのイザークに任せてくだされば安心できるというものじゃ」
「ふふっ。ええ、そうですわね。でも、エスコートは、ヴァルター卿にお願いしておりますから、大丈夫ですわよ」
「ヴァルター殿では、虫除けにはならんじゃろう?」
「大丈夫ですわ。集る虫の対処も出来ないようでは、女王として立てませんもの」
「ふぉっふぉっふぉっ、こりゃあ楽しみじゃわい。イザークが羨ましいのぅ。どうじゃろうか?儂を侍従として召し抱えるというのは?」
「おい、イグナーツ、やめんか。お前さんを侍従にしたら、平気な顔をして曾孫のイザークをけしかけるつもりだろう?」
「いやいや、そんなことはせんよ」
「どうだかな」
女王、つまり、王となるのですから、愛人を持っても許されてしまうのですよねぇ。
わたくしには、そんなつもりはありませんけれど、イグナーツ様は曾孫のイザーク殿とわたくしが好い中になってくれればと思っているようです。
今回のアイゼン王国王太子の伴侶がヴィヨン帝国の皇族であることに決まっていたため、アーデルハイトの婚約者はヴィヨン帝国の第三皇子となっていたのですが、あちらの都合によってそれが反故にされたことから、ヴィヨン帝国との縁は結ばないことにしました。
そうなると、婚約者をアイゼン王国の貴族から選ぶことになるのですが、王族の伴侶になれる地位にいる貴族の子息たちには、既に婚約者がおり、現在はめぼしい相手が残っていなかったのです。
つまり、今残っている子息は、性格などに難があるか、位が低くて王族との縁を結べないか、あとは、王太子の伴侶になることに消極的な人物、ということになります。
ちなみに、テルネイ王国派は、わたくしとテルネイ王国王子の婚姻を望んでおりますので、息子を勧めてきたりはしません。
イグナーツ様は、祖となる王の証を持つわたくしの子孫を残すために、提案してくださっているのでしょうけれど、お断りいたしますわ。
だって、イザーク殿のグリゼルダ嬢を見つめる目には、他の令嬢に向ける目とは違うものがございましたもの。馬に蹴られるというアレですわ。
馬といえば、カローリについてですが、わたくしの右手の甲に模様が現れて以来、とても良い子で言うことを聞くようになりまして、もしかしたら、魔獣や魔物などを従える能力だったりするのかしら?と、少し不安に思うこともあり、ヴァルター卿にご相談いたしましたところ、後日、弱い魔物で試してみようということになりました。
小さな魔物であれば、それほど危険もないとのことで、王太子直属部隊に生け捕りにして来させるそうですが、それでも城壁内で行なうわけにはいきませんので、城壁外へと出かけなければなりません。
ということで、数日後。
乗馬訓練をするときと同じ装いで、城壁外へとやって来たわたくしの目の前には、王太子直属部隊の隊員が捕まえて来た、ウサギのような見た目をした魔物が凄い勢いで暴れて、威嚇しているのですが、大丈夫ですの?
「さあ、ハイジ殿下。やってみましょう!」
「やってみましょうと言われましても、何をどうすれば良いのかしら……」
「カローリのときのようにしてみたら、どうですかな?」
「あのときのように……ねぇ」
スっ……と腰にあるムチを取り出し、深く息を吸って背筋を伸ばしました。
目を眇め、強者の余裕とばかりに笑みを浮かべ、湧き上がる何かをムチに乗せてふるいました。
「ひれ伏しなさいっ!!」
ヒュン……パーーーーンっ!!!
ザッ……という音がしたかと思えば、周囲を警戒していた王太子直属部隊の隊員たちや騎士たちがわたくしに向かって片膝をついて、頭を垂れていました。
侍女のレオナは王族に対しての最敬礼をしているという、外でやるには少々大変な状態になっております。
侍女であるレオナはともかく、護衛は何をしていますの……?護衛なのですから、きちんと仕事してくださいまし。
周囲の警戒は、どうしましたの?
周囲の者たちに気を取られてしまいましたが、魔物はどうなったのかしら?と、そちらに目を向けますと、泡を吹いてひっくり返っていました。
……どういうことですの、これ?
首を傾げて顎をさすっていたヴァルター卿は、「ふむ、なるほど」と、一人納得している様子なのですが、何か分かったのでしょうか。
「儂が感じたところと護衛たちの反応を見るに、恐らくではありますが、相手を平伏させるか、または支配するような能力があるのかもしれません」
「何ですの、その物騒な能力は……」
「祖となった王が持つ能力なのか、紋様の能力なのかは分かりませんが、受け継がれていくと効力が弱まるということですから、祖となる王ほどの効力はなくなるでしょう。ハイジ殿下が本気で使われれば国ごと支配できるかもしれませんぞ」
「国ごとって……。でも、女王として立つことが決まっているのに、その能力は必要かしら?」
王になるのだと追い求めた、わたくしの心がその能力を発現させたのでしょうか。
揺るぎない王として立つために。
「でも、力ずくで支配したところで、長続きはしませんわ。王が王としてあるために、わたくしは、これからも努力を続けます」
「それが良いでしょうな。神に王として認められた、その証。能力は、おまけだと思えば良いかもしれません」
「そうね。そう思うことにするわ」
どの程度の効力があるのか確かめたいところですが、さすがに王太子を強い魔物と対峙させるわけにはいかないということで、これ以上の検証は却下となりました。
膝をつき、首を垂れた者たちに意見を聞いてみたところ、無意識でそうしていたそうで、そのことについて不快感はなかったとのことでした。
よく分からないですが、不快ではないのなら、まあ……良いのかしらね。
でも、わたくしが先程のような行動をする度に、護衛が膝をついているようでは、仕事になりませんよね?
「うーむ、そこは慣れるしかないかもしれませんな。まあ、儂は大丈夫でしたから、コイツらも鍛えていけば何とかなるでしょう!」
「ああ、そういえば、ヴァルター卿は大丈夫でしたものね。……ほどほどにしてあげてくださいね」
「お任せください。無様を晒すことのないように仕上げてみせましょう!」
「ええ、ほどほどにお願いしますわ」
わたくしも気をつけなければいけませんね。
先程の、何かが湧き上がってくるような、あの感覚が能力を行使しているということなのでしたら、不用意に使ってしまえば、護衛が一時的に使い物にならなくなってしまいますもの。
あの感覚を忘れないためにも、訓練が必要ですわ。
ヴァルター卿は、わたくしを自室まで送ってくださったあと、さっそく訓練を開始するとのことで、嬉々として去って行かれましたが、連れて行かれた騎士や王太子直属部隊の者たちに悲壮感はありませんでしたので、大丈夫かしらね。
マヌエラが入れてくれたお茶を飲んで、ひと息ついたところで、執事のカールに予定の確認をしました。
わたくし自身も訓練をしたいので、その時間を確保する必要がありますからね。
「カール。わたくしの予定に空きはあるかしら?」
「そうでございますね、短い時間でしたら、ございますよ」
「能力の訓練をしたいので、周りに人のいない場所でしたいのよ。王太子宮の大広間で間に合えば良いけれど、そうではなかった場合、通りがかった者が突然膝をつくような行動をとって、怪我をするかもしれないし」
「そうなりますと、王太子専用馬場でしょうか?厩務員がおりますので、完全に人がいないわけではございませんが、如何なさいますか?」
「そうね……。護衛の者たちでさえ、ああなってしまったのですから、厩務員たちには酷かもしれませんわね。かといって城壁外へ出かけて行くと時間がかかりますし……」
「それならば、王太子直属部隊が訓練をしている訓練場は如何でしょうか?あちらでもアーデルハイト殿下の能力に耐えられる訓練を始めるということですし、調度良いのではございませんか?」
「……それもそうね。では、ヴァルター卿にわたくしがそこで訓練しても大丈夫か聞いておいてちょうだい」
「かしこまりました」
死ぬ前のときもそうでしたが、丸一日空いているという日がなかなか無いのです。
ヴィヨン帝国の第三皇子との婚約話もなくなって、歓迎会をせずに済んだことから、かなり時間に余裕が出来たと思ったところに、テルネイ王国王子様御一行がやって来ましたからね。
王太子として最低限の知識は詰め込まれていますが、もう少し深く掘り下げた内容も必要だと思いまして、王族の教師をしておられたグスタフ様を招いて色々と教えていただいております。
その他には、音楽ですわね。死ぬ前のときに様々な楽譜を暗記させられ、色んな楽器を練習させられたのですが、「殿下の奏でる音は情緒もなく、平坦で、聞くものを不快にさせますね」などと言われておりましたわ。
感情を表に出すな。覚られるな。常に平常心であれ。そう身体に、心に、痛みと恐怖と共に教え込まれたことで、わたくしは、音楽に感情を乗せて奏でるということが出来なくなっていたのです。
そんなわたくしの心を優しく包み込んでくださったのがセラ様で、彼女と二人きりのときであれば、感情を表に出すことが出来るようになっていました。
そのときのことを思い出して、音に感情を乗せるようにして奏でているのですが、音楽の教師からは「良く言えば荘厳、正直に申し上げますと、重苦しいです」と言われてしまい、今も苦戦中です。
明るく軽やかな曲を奏でているつもりですのに、耳に聞こえる音は重苦しいというのは、どういうことなのか、わたくし自身にも分かりませんのよ。
とりあえず、楽譜は暗記しておりますし、楽器も奏でることが出来ているのですから、音楽の時間を少し削ってしまいましょう。
良く言えば荘厳で重苦しく聞こえるのであれば、最初からそういった曲調のものを選んで披露すれば、問題ありませんわ。
ええ、そうよ。
きっと、たぶん。大丈夫なはずですわ。
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