2 思い出話を聞くアーデルハイト

 子供らしくとは、どういうことなのか疑問に思うわたくしのために、皆様が幼い頃の思い出話をしてくれました。


 イザーク殿の幼い頃の思い出話は、王妃様が第一王女をお産みになられたお祝いということで、しばらくの間は晩餐が豪華だったこと、そして、王族の側近となるべく教育が始まったこと、剣の訓練を始めた頃には、訓練用の剣を振り回して庭木をボロボロにして怒られたことなどでした。


 「ちょっと、お兄様?わたくし、そのような晩餐が豪華だったことなど存じ上げないのですが?」

「お前も1歳は過ぎていたのだから、それなりに食べていたはずだよ。覚えていないだけだろう」

「むぅ……。帰ったら帳簿を見させていただき、わたくしが食せなかった部分の埋め合わせを要求いたしますわ!」

「王太子殿下の御前で、そのような話は止めないか。はしたないぞ」

「ハッ!?も、申し訳ございません、アーデルハイト王太子殿下」

「いえ、構いませんわ。イリーナ嬢は、もう帳簿を見ることが出来るのですか?」

「はい!勉強中ではありますけれど」

「アーデルハイト王太子殿下。イリーナのこれは、金に目がないだけです」

「まぁっ、お兄様ったら!お金がなくては、何も出来ないではありませんか!」

「そうね、お金は大事よね」

「そうですよね、アーデルハイト王太子殿下!」


 よくよく話を聞くと、イリーナ嬢は、目の前のお菓子にどれだけお金が掛かっているのかに気付いて、気分が高揚していたのだとか。

これも、子供らしいのでしょうか?


 ヴァルター卿のお孫さんであるヴェルナー殿は、領地に住んでいた頃に、邸の裏にある森へ入ってはいけないと言われていたのに、好奇心に負けてそこへ立ち入ってしまったお話でした。


 ヴェルナー殿に気付かれないように護衛がついて来てくれてはいたのですが、これといって危険に遭遇することもなく無事に森から帰ると、父親には物凄く怒られたが、後に話を聞いた祖父のヴァルター卿からは、「大したものだ。だが、勇気があるのは良いが、間違えるなよ」と言われ、頭を撫でられたそうです。


 「今思い返せば、何と無謀なことをしたのかと思えるのですが、あの頃は、ワクワクした好奇心しかありませんでした」

「まぁっ、ご無事で何よりでしたわ」

「無事であったからこそ、祖父は『間違えるな』と言ったのだと思います。まあ、痛い目を見たからこそ分かったことなのですけれどね」

「あら?もしかして、叱られた後も森へ入ったのですか?」

「はい。いやぁ、護衛がいるのに気付いて、『いるから大丈夫かな』などと思って、ほんの少し奥まで入ってしまい、そこで野犬に襲われたのです。今でも、目の前に迫った野犬の鋭い牙を鮮明に思い出しますよ」

「勇気があることと、考え無しは別ですからね」

「あははっ、その通りです!」


 してはいけないと言われていたことを好奇心に負けてしてしまった、ということなのですが、なるほど。子供らしいといえば、そうかもしれません。


 あれ?でも、そうすると、教皇様とお約束した「イタズラをしてはいけません」というお約束を破ることになるのではないでしょうか?


 なるほど?してはいけないことをすることが子供らしいのであれば、それをさせるために教皇様は「イタズラをしてはいけない」と、してはいけないことを作ってくださったのかもしれませんわね。


 イタズラとは、どのようなことをするものなのでしょうか?

疑問に思いつつも、イリーナ嬢のお話に耳を傾けました。


 イリーナ嬢の幼い頃の思い出話は、金貨でした。

お金は大切なものなのだと教えられたときに見た金貨の輝きに魅せられ、そのチャリ……と重なったときに鳴る音に聴き惚れ、日がな一日、金貨を眺めて重ねて……の辺りでイザーク殿が話を止めてしまわれたので、続きは聞けませんでしたけれど。


 「もぅ、お兄様、どうして話を遮るのですか?」

「お前の話は、はしたないのだ。帰ったら母上に報告するからな」

「なっ!?そんな、あんまりですわっ」

「ふふっ、イザーク殿。わたくしが話してほしいと頼んだことですから、今回は大目に見てはいかがでしょうか?」

「はい、アーデルハイト王太子殿下がそう仰せになられるのであれば、今回は、報告しないでおきます」

「ええ、そうしてあげてください」

「ありがとうございます、アーデルハイト王太子殿下」

「良いのですよ、イリーナ嬢。わたくしが聞きたかったのですから」


 レギーナ嬢の幼い頃の思い出話は、ひたすら淑女への道を突き進むための教育をこなすだけの日々というものでした。

イザーク殿も申されておりましたが、側近候補となるべく教育を施されるので、子供らしくいることを許されないことは、ままあるのだそうです。


 「わたくしも妹のように幼子のようなワガママを言ってみたいと思ったこともございますが、母から『あれは、とても恥ずかしいことなのです』と厳しいお顔で言われてしまうと、良い子で『はい』と答えるしかありませんでしたわ」

「あー、分かります。私もそうでしたから」

「まぁ……、イザーク殿もですの?ふふっ、でも、厳しさに耐えたからこそ、アーデルハイト王太子殿下のお友達として、ここにいられるのだと思うと、頑張った甲斐がございますわ。だって、アーデルハイト王太子殿下は、とても聡明でお優しいのですもの」

「分かります。過去の幼い自分を褒めたいですよね」

「ええ、本当に」


 レギーナ嬢とイザーク殿のお話で、過去の幼い自分を褒めたいというものが出てきて、わたくしもそう思いました。

でも、死ぬ前のときの、あの敵しかいなかった幼い頃の自分を褒めてあげたいと思う反面、もう少し何か出来たのではないかと残念に思う気持ちもありますわね。


 お次は、フローラ嬢で、フランツが兄であると知らず、「結婚するのー!」と言い張って聞かなかった話でした。


 フローラ嬢の兄である王太子直属部隊で隊長をしているフランツは、庶子であることから別の場所で暮らしており、フランツの母親が亡くなったことを切っ掛けに、正妻たちが暮らす邸へと連れて来られたそうです。

しかし、フローラ嬢が生まれた頃には、既にフランツは成人しており邸にはおらず、庶子であることから里帰りもせずにいたそうで、フランツを知らずに育ったのだとか。


 それが、フランツが王太子直属部隊の隊長となったため、その報告に里帰りした際に、フローラ嬢がフランツに一目惚れし、「この人と結婚するのー!」と、しがみついて離れなかったそうです。


 「フランツお兄様が兄だと教えられ、結婚できないのだと言われて、それはもう泣きましたわ」

「私も覚えているぞ。あれは酷かった。私の一番のお気に入りをあげたのに、泣き止まず、何故か更に泣き出して、しかも怒っていた」

「当たり前でしょう!?どこに初恋の失恋で泣く少女に、爬虫類の死骸をあげるのよ!?」


 グリゼルダ嬢にとって、その死骸はとても大事なものだったので、喜んでくれると思ったそうなのですが、さすがにわたくしもそれをいただいたら顔が引きつって取り繕えないと思いますわ。


 そんなグリゼルダ嬢なのですが、彼女は、幼い頃のことはあまり覚えていないそうで、記憶を辿っても出てくるのは、小さいフローラ嬢が必死になって、書庫から自分を連れ出そうとしていることくらいなのだそうです。

フローラ嬢曰く、グリゼルダ嬢は幼い頃に母親を亡くしており、そのことが記憶に蓋をしているのかもしれないと、大人が話しているのを聞いたことがあるとのこと。


 「まあ、母親の記憶がなくとも本は読めるので、問題ございませんぞ」

「いえ、問題あるかどうかでは、ないような気もしますが……。でも、そっとしておいた方が良さそうですわね」

「お心遣い痛み入りますぞ、アーデルハイト王太子殿下」


 ちなみに、グリゼルダ嬢の喋り方は、彼女の曽祖父であるグスタフ様に似ております。

幼い頃にグスタフ様のところへ預けられていた時期があり、王族の教師をされておられたグスタフ様がグリゼルダ嬢に教育を施したことで、喋り方が似てしまい、もう修正が効かないのだそうですわ。


 マヌエラの孫であるマルクス殿は、幼い頃はお人形遊びをしていたそうです。

マルクス殿は兄が1人、姉が2人、妹と弟が1人ずつおり、幼い頃は、姉2人と妹と一緒にお人形遊びに付き合わされていたのだとか。


 「着せ替えが出来る人形で遊ぶ際には、次女のセンスが斬新過ぎていて、そのままの感性で育つと困ると、母に言われましたので、いつもそれを長女と共に修正しておりました」

「なるほど。どのような感じだったのか、お聞きしても良いかしら?」

「……はい。えーっと……、その、ズボンを頭に被せてみたり、靴を手にはめさせてみたり、小さい人形のスカート部分を大きい人形に襟巻きのように使ったりしておりました」

「それは……、本当に斬新ですわね」

「自分の頭にぬいぐるみをリボンで括り付けたりもしておりましたが、今では、刺繍に没頭しているので落ち着きましたけれど」

「まぁっ、刺繍に?それならば、いずれ刺繍の会を開く予定でおりますので、ご招待したいわ」

「光栄にございます。姉も喜ぶと思います」


 頭にぬいぐるみで思い出したわ。

死ぬ前のときに、ウサギのぬいぐるみが付いた大きなリボンを頭に載せている子がいました。

 あの子が、きっとマルクス殿のお姉さんね。だって、マルクス殿とお顔が似ておりますもの。


 でも、今は刺繍に没頭して落ち着いているということなので、あの大きなリボンに、ぬいぐるみが鎮座した彼女を見ることはなくなってしまうのでしょうか。

初めて見たときは驚きましたが、彼女はとても堂々としていて、自分の好きなものを何に恥じることなく身につけて、それを楽しんでいるようでした。


 わたくしは、周りに似合うからと言われて、好きでもない色や物を用意されて、それをただ受け入れているだけでしたから、彼女のことを少し羨ましく思ったものです。

場に合わせた装いやマナーといったものがありますので、あまり奇抜なものは顰蹙を買いますが、わたくしは、彼女の装いが好きでしたわ。

 

 こうして、お茶会を恙無く終えたのですが、結局、子供らしくとは、どういったものなのか分からないままでした。

でも、皆様の幼い頃の思い出話は、とても楽しくて、少しハラハラしたりもして、同年代とのお茶会が楽しいと思えたのは初めてでしたので、またお誘いしたいですわ。


 お茶会を終えて自室に戻り、ひと息ついたところでマヌエラから「あまり気になさる必要はないかと存じますわ」と、微笑みながら言われました。


 「アーデルハイト殿下。王侯貴族というものは、地位に相応しくあるようにと教育を施されますので、子供らしく振る舞うことを許されない場合がございます。恐らく、教皇様は、まだ王位についているわけでもないのだから、政治を気にし過ぎないように、父君である国王陛下にお任せしなさいと、そう仰せになりたかったのではないかと愚考いたしますわ」

「あ……。え、そういうことですの?」

「はい。アーデルハイト殿下が時戻りをされていることをご存知ないでしょうから、教皇様はそうお思いになられたのではないかと存じます。決して、イタズラを促していたわけではないと思われますわ」

「…………。ふふっ、いやだわ。教皇様とお約束しましたもの。イタズラはしませんわ」


 おかしいですわね。口にしていないのに、どうしてイタズラしようかと思っていたことが分かってしまったのかしらね?



 

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