出来ることから
1 お友達を呼んだアーデルハイト
みなさま、おはようございます。
本日は、お友達を呼んで個人的なお茶会をする予定となっております。
お茶会を開催すると申しましても、それが出来るようになるのは、10歳のお披露目会を終えてからになります。
誕生日によってはお茶会シーズンの真っ只中でお披露目会をすることになる子もおりまして、そういった場合は、お茶会を開くのは翌年からにすることが多いです。
わたくしがお披露目会を終え、お茶会を開く頃には、シーズンの中頃を過ぎておりまして、そうなると、皆様の予定がそこそこ埋まった後だったりします。
お披露目会を終えていない状態で、それを見越して茶会の招待状を送るのは、とても失礼なこととされていますので、事前に招待するわけにはいかないのです。
それと、王太子に招待されたとなると、余程のこと、つまり病気や怪我で本人が出られないとか、家族が亡くなったとかではない限り、予定が入っていたとしても、王太子からの招待を優先することになってしまいます。
それが分かっているので、こちらも皆様の予定を考えて日取りを決めるのですが、死ぬ前のときは、側近だった者たちにしてやられたのですわ。
死ぬ前のとき、わたくしが最初にお茶会を開くときに、シーズンの中頃を過ぎていることから、皆様の予定がだいたい埋まっていることを側近だった者たちに言われ、「この日であれば、皆様、空いておられますし、殿下に誘われるのを楽しみにされているでしょうから、大規模な茶会が望ましいと思いますよ」と提案され、それを疑うこともなく信じた結果、とあるお方の茶会を潰してしまったのです。
その茶会というのは、お庭が見事なことで有名な伯爵家の夫人が開催したもので、国王陛下も王太子であった頃に、その素晴らしさに感激したほどのお庭なのでございます。
その伯爵家の夫人が開催した茶会は、庭の花が見頃で、近年では稀に見るほどの素晴らしさであったことから、例年よりも規模を大きくしたもので、招待された者たちはとても楽しみにしていたのです。
それを王太子アーデルハイトが同じ日に大規模な茶会を開いたため、招待された者は、泣く泣く伯爵家の茶会を断り、王太子宮へとやって来たのですが、せめて王宮で開催していれば、まだマシな庭だったのでしょうが、死ぬ前のときの王太子宮の庭は、周りに言われるがままにさせていたので、香りの強い派手な花ばかりで、とてもお茶を楽しめるような庭ではなかったのです。
お茶の香りが霞むどころか強烈な花の匂いしかしない庭で、お茶菓子も顎が痛くなりそうな酷い甘さのもので、出席者の顔色が悪く、中にはわたくしを睨みつけてくる令嬢もおりました。
わたくしは、言われた通りのことをしたのに、出席者たちが喜んでいないどころか、睨んできたりしたため、困惑していたのですが、今になればその理由は分かります。
あれは、ない。本当に、ないわ。思い出すと、あの強烈な花の匂いと甘い菓子が過ぎり、気持ち悪くなりそうです。
しかも、皆様が楽しみにしていた茶会を潰して、アレでしたからね。
本当に申し訳なく思うわ。
庭には、見頃というものがありまして、王宮や王太子宮などの庭が見頃になる日を予想して、だいたいはその日を空けておいてくださるのです。
王族から招待されれば断るわけにはいかないのですから、最初から空けておいてくださるとはいえ、わたくしは、事前に調べることもせずに側近だった者たちに言われるまま、予定を決めておりました。
今回は、信頼できる側近たちが、きちんと提案してくれましたので、どこかの茶会を潰すようなことはないでしょうし、庭もお茶の香りを楽しめるような花にしております。
本当に、こういった女性らしい知識が欠けておりまして、王太子としての勉強以外は、そちらを磨くことになりましたわ。
それでも、信頼していることと、自分で確認することは別だと思いまして、ダンスの練習相手になってくれているエルトマン伯爵家のレギーナ嬢に「この日にお茶会を開くつもりでいますが、ご都合は如何かしら?」といった内容の手紙を送りまして、予定を確認いたしました。
もし、その日にどなたかが茶会を開く予定であれば、それとなくレギーナ嬢は返事の手紙にそのことを書いてくださるでしょうからね。レギーナ嬢がわたくしに対してイジワルをしなければ、ですけれど、そこは大丈夫でしょう。
個人的なお茶会ということで、招待するのは、エルトマン伯爵家のレギーナ嬢、ヴァルター卿のお孫さんであるヴェルナー殿、元王宮侍従長イグナーツ様の曾孫であるイザーク殿と妹のイリーナ嬢、王族の教師を務めていたグスタフ様の曾孫であるグリゼルダ嬢、王太子直属部隊隊長フランツの妹フローラ嬢、マヌエラの孫マリウス殿の合計7人です。
ヴェルナー殿、イザーク殿、イリーナ嬢は侯爵家、グリゼルダ嬢、フローラ嬢、マリウス殿は伯爵家なのですが、ここに子爵家以下の家の子がいないのは、招待できないからです。
子爵家以下の子息令嬢とは、学園に入ってから親交を深めることになっており、それ以外ですと、紹介してもらうことになるそうです。
「ねぇ、レオナ。子爵家以下の方々を招待するのはいけないのかしら?」
「そうでございますね、しっかりマナーが出来ている子ばかりではないでしょうから、粗相があってからでは遅いので、ご招待なさらない方が、お相手のためかと存じますわ」
「あぁ……、なるほど。そういった意味で呼ばない方が良いのですか」
「はい。学園に入る頃には出来ていなければなりませんので、学園に通われている方々であれば問題ないかと存じますが、御友人を介して親交を持たれた場合は、御友人の負担になることもございますので、やはり、学園に入られてからになされては如何でしょうか?」
「ああ、私も私もと王太子との繋ぎを次々にねだられるのも面倒ですわよね。格下の家からの要望とはいえ、断れない間柄というものもあるでしょうし」
まあ、マナーが出来ていないのは、何も下位の者たちだけではないのですけれどね。
わたくしのお披露目会のときに許可なく名前を呼び、話しかけて来たオーベルト侯爵家のご令嬢は、どうやらワザとではなかったことが、後に判明しましたから。
オーベルト侯爵からの謝罪が込められた手紙には、王太子と仲良くなるために話しかけてみたらどうかと娘に勧めた結果がアレだったのだと、まさか名前を許可なく呼ぶとは思わず、大変失礼なことをいたしましたとあり、娘を修道院へ入れることにしたと言うのです。
侯爵自身は王太子へ声をかけても問題ありませんが、その子供が王太子に許可なく声をかけることは立場上許されていないのに、それを「話しかけてみたらどうか」と娘に勧めた時点で、その失態はオーベルト侯爵家令嬢ではなく、オーベルト侯爵自身にありますよね?
それを修道院へ入れることで無かったことにするのは、何か違うように思えて、もう一度、教育を徹底して様子を見てもらうことにしました。
わたくしも、死んでからもう一度チャンスをいただきましたからね。
せめて一度くらいは挽回の機会があっても良いでしょう。
それでもダメだったのならば、それは仕方のないこととして、修道女として生きていくしかありませんわ。
マナーを守れない令嬢など、どこも引き取り手はないでしょうからね。
レギーナ嬢から返ってきたお手紙には、わたくしがお茶会を開く予定の日について、特に何もなく、参加するのを楽しみにしているとのことでしたので、予定通りお茶会を開催しました。
つらつらと色々と思い返しているうちに予定の時間となり、招待客が揃っているということなので、お庭へと向かうことにしました。
初夏の瑞々しい青葉の茂る庭には、エルダーフラワーやスノーボールといった白をメインとした花が咲き、アクセントに薄水色のアジサイや薄桃色のカンパニュラが咲いております。
妖精たちがカンパニュラの花の中に光を点して、ランプにしている様子が絵本に描かれたことを切っ掛けに、カンパニュラは別名「妖精のランプ」と呼ばれるようになったのですが、妖精を見たことがある人はいても、カンパニュラに妖精が光を点しているのを見たことがある人はいないそうよ。
アジサイは、セラ様の好きな花で、わたくしが個人で楽しむ庭には、セラ様のお色である紫と、わたくしの色である薄水色のアジサイが植えられており、まるで、わたくしとセラ様が寄り添っているようです。
ただ、同じ場所に直に植えてしまうと、アジサイの色が変わってしまうことがあるそうで、鉢植えにして、そこを見えないように工夫してくれています。
わたくしが茶会の場へと姿を現すと、皆さん一斉に席を立ち、礼をとって出迎えてくれました。
「面をあげてください。皆様、ようこそお出てくださいました。今日は、楽しんでいってくださいね」
「お招きいただき、恐悦至極に存じます」
ここで代表で挨拶をするのは、招待客の中で唯一成人しておられるイザーク殿です。
優先順位が一番高いのは爵位で、その次が成人しているかどうか、そして、爵位と年齢が同じであった場合、跡継ぎかどうかで代表して挨拶をする者が決まります。
それらも全て同じであった場合は、主催者の政治的判断や好みで決めることになりますし、招待状にて「代表をお願いしますね」と、それとなく伝えておくので、茶会の場で誰が代表になるのか揉めることはありませんわ。
ご招待した皆様とは、お手紙のやり取りもございますので、お人柄も多少は存じ上げておりますが、グリゼルダ嬢がお怪我をなさっているとは思いませんでしたわ。
お手紙には、そのようなことを書かれておりませんでしたので、ご招待したのですが、体調は大丈夫かしら?
「グリゼルダ嬢、お身体は大丈夫かしら?」
「問題ございません」
「ご無理なさらないでね?片目だけでは不自由なこともございますでしょうし、メイドをつけさせましょう」
「慣れておりますので、問題ございませんぞ」
本当に、お怪我されている状態でこちらへ赴くなど、女性としてお辛いことでしたでしょうに……。どうしましょう……。と悩んでいると、フローラ嬢が目にも留まらぬ速さでグリゼルダ嬢の腕辺りをスパンっ!と叩きました。
なんてこと!?グリゼルダ嬢はお怪我をされておられるのに、どうしてフローラ嬢は暴力など……。
フローラ嬢は、王太子直属部隊隊長フランツの妹なのですが、このようなことをなさるお方だとは思いませんでした。
お手紙ではとても気遣いのできる優しい性格でしたのに、やはり本来の性格は違うのでしょうか。
「あの、アーデルハイト王太子殿下」
「はい、なんでしょうか、イザーク殿」
「グリゼルダ嬢のことは、そっとしておきましょう。いずれ治りますから」
「それはそうでしょうけれど……」
「あの眼帯も、何も怪我をしているわけではないですし、他に怪我もしておらず、至って元気です。眼帯は、外そうとしないだけでして……」
「何を言うのだ、イザーク様。この右目に封印されし力を抑えるためには、必要なことなのだぞ!」
「ああ、うん、そうだね。うん、でもね、王太子殿下の御前でそれは止めようね?」
よく分からないやり取りがされているのですが、グリゼルダ嬢も能力持ちなのかしら?
でも、右目に封印?
…………まさか!?魔眼ですの!?
ハッとして、そばに控えていたマヌエラを見ると、こう……なんとも言えない笑顔でグリゼルダ嬢を見ておりました。
危険な魔眼ではないのかしら?マヌエラが何も反応しない上に、友人としてグリゼルダ嬢と関わることを反対していないのですから、きちんと封印できているのかもしれませんね。あとで、聞いてみましょう。
でも、暴力はいけませんわ。
「フローラ嬢。グリゼルダ嬢に優しくしてあげてくださいね」
「はい。申し訳ございません。つい、いつものクセで叩いてしまいました」
「ああ、そういえば、フローラ嬢とグリゼルダ嬢は従姉妹でしたわね」
「はい、そうです。夏の休暇は、書庫からグリゼルダを引きずり出すことが、わたくしの仕事でした」
「書庫から?」
王族の教師をしていたグスタフ様がお住まいになられているお邸には、とても大きな書庫があり、夏の休暇に家族でそのお邸に集まると、グリゼルダ嬢がその書庫で寝泊まりしようとしているので、フローラ嬢は、その書庫からグリゼルダ嬢を引きずり出すようにと、親族たちから頼まれていたのだとか。
食事もそこで取ろうとするほど、書庫に入り浸ってしまうグリゼルダ嬢を何とかしようとしたのですが、書庫に入ることを制限したところ、グスタフ様の書斎の机の下に隠れてしまっていたそうで、それを見つけたグスタフ様が腰を抜かすほど驚かれたことから、食事や就寝の時間になるとフローラ嬢が書庫から引きずり出すことに落ち着いたのだそうです。
うーん……。これが、子供らしいということなのかしら?
いえ、でも、グリゼルダ嬢は確か13歳だったはずですので、子供らしさとは少し違うのでしょうか。
わたくしと年齢が近いのは、フローラ嬢が10歳、イリーナ嬢とマルクス殿は12歳ですわね。
イリーナ嬢は、目の前のお菓子に目を輝かせているようですし、子供らしい感じがしますけれど、マルクス殿は、完璧なマナーで、まるでお手本のように座しているのですが、これは、そばに彼の祖母であるマヌエラがいるからでしょうね。
つまり、子供らしさのお手本には、しっかりしていそうなフローラ嬢ではなく、お菓子に目を輝かせている、イリーナ嬢を参考にすれば良いということかしら?
そう思って、目の前にあるお菓子に視線を向けると、普段の茶菓子よりも繊細に細工の施された、美しくも美味しそうなお菓子があるのは分かりますが、これといって目を輝かせるほどには思えません。
難しいですわね……。
「アーデルハイト王太子殿下。あの、イリーナと菓子を見比べて、何やら難しいお顔をされておられますが、如何されましたか?」
「ああ、いえ、イリーナ嬢に何かあるわけではないのよ?そこは、心配しないで大丈夫よ、イザーク殿。あのね、未成年なのだから、子供らしくしていて良いのだと、そういったことを言われまして、子供らしくとは、どのようなことなのか、それを考えておりましたの」
「子供らしく……ですか。ふむ……、では、それぞれの幼い頃の思い出を聞いてみるのは、如何でしょうか?」
「そうね、親交を深めるためにもそれが良さそうね」
そうして語られていく幼い頃の思い出は、楽しく聞いていられましたが、子供らしさとは、どういうことなのか、余計に混乱してしまったのでした。
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