閑話 アーデルハイトが変えた未来

 その日、ヴィヨン帝国の先代皇帝は、胸の熱さで目が覚めた。

久しくなかったその熱さに喜び、そして、先程まで見ていた夢の内容に驚愕した。


 「未来が……変わった、だと?あの小僧アイゼン王国国王め、やりおったな。いや、この場合、娘の方か……」


 先代皇帝は、王たる証である夢見の能力を受け継いでおり、夢で見た内容が未来で起こるものであった場合、胸にある王たる証が熱を持つ。

そのことから、先程まで見ていた内容が、未来に起こることだと分かる。


 その夢の内容とは、黒い髪をした少女にも見える年齢の女性が背筋を伸ばし、目を眇め、笑みを浮かべていた。

その女性の頭上には王冠が載っており、燃えるような赤い色のマントを身にまとい、右手には王笏が握られている。


 そして、その右手の甲には、綺麗な模様があった。


 「あれは……、恐らく受け継いだものではないな。とすれば、あの娘は祖となる王か……?」


 先代皇帝は、トントン……と人指し指を動かし、思考にふけった。


 今までに夢見で見た未来は、全てその通りに起きている。

それほど多くはないし、重要ではないものもあるが、それでも今まで夢見で見た未来が覆されたことはない。


 先代皇帝が見た未来の中で、アイゼン王国に関わるものは、二つ。


 危険な魔物がいる森から魔物が溢れ、それに呼応するようにして、各地で魔物の行動が活発化していき、果てには凶暴化するのだ。

これに気付いた老将が対処するも、人員も資金も不足し、後手後手に回ることになる。


 次は、王の凱旋。

剥奪者であるアイゼン王国王家から王位を奪還すべく、王たる証を持つ者が取り戻しに来たことで、今のアイゼン王国国王は最後の王となる。


 「魔物の行動が活発化し始めるのは、……いや、もう始まっていてもおかしくはないな。……ああ、あれか。王太子直属部隊とやらが出来たと暗部から報告にあったな。それを引退した将軍に任せてある、と。フッ、人員も資金もたんまりと王太子予算から割かれていれば、あの老将のことだ、上手くやるだろうよ」


 アイゼン王国国内のことに関しては上手くやったようだが、王たる証を持った者には敵わない。


 「あの黒髪と、彼女の後ろにいた小僧アイゼン王国国王とを合わせて考えれば、王太子アーデルハイトが祖となる王になるのか。ということは、未来を覆すのは、彼女か?ククっ、なるほど、なるほど。自力で証を得るほどだ。未来を変えることも可能か。……チッ、惜しいことをしたものだ」


 アイゼン王国が今代で終わることが分かっていた先代皇帝は、あちらと縁を結ぶことの無意味さから、第三皇子の画策を阻むことはしなかった。

どうしても結ぶ必要があるなら第四皇子を向かわせれば良いと考えたのもある。


 しかし、それはアイゼン王国王太子アーデルハイトが、ただの王太子であれば出来た対応である。

祖となる王となってしまえば、あちらから拒否されても文句は言えなくなる。


 「これでは王位の奪還は潰れるだろう。王たる証を持っていたとしても、祖となる王には敵わん。はぁ……、そうなると、証を持った者が男であれば、女王となった彼女の王配を望むか。それは、面白くないな……」

 

 祖となる王と、証を受け継いだ者との婚姻は何としても阻止したい先代皇帝は、夜の明けきらぬ空を睨み、動くことを決めた。


 「どうせ第一皇子の亡命に手を貸しておるのだろう。それならば、アレ第一皇子を婿入りさせるか。王たる証を手に入れられる前に婚約を結べば、こちらのものだ」


 先代皇帝は、未来は変えられずとも、そこに至るまでの間に出来ることはあると知っている。

だからこそ、その日のうちに動いたのだが、あることを失念していた。


 王太子アーデルハイトが祖となる王の証を手にし、女王となるのは成人後であることは夢見で知っていても、その証をいつ手に入れたのかまでは知らなかったのだ。


 いつもより早く起き出し、皇帝となった息子へと会いに行った先代皇帝が、亡命した第一皇子をアイゼン王国王太子アーデルハイトへと婿入りさせよと言い放つと、それを受けた皇帝は、「相変わらずですね、父上」と、冷笑を浮かべながら言葉を返した。


 「これでは、私が皇帝となった意味などないのではありませんか?暗部も勝手に動かし、私は父上に指図されるままだ。私は、ただの飾りで、面倒な執務だけを父上に代わってこなすだけの都合のいい人形でしかない」

「それが証を持つ者と持たぬ者の差だ。文句があるなら証のない自身を恨め」 

「…………それで?亡命した第一皇子に何用です?」

「今言ったことを聞いていなかったのか?」

「聞こえておりましたよ。こちらから縁を反故にしておいて、図々しくも再縁を望むと?いくら証を持つ者とはいえ、厚顔が過ぎるのではございませんか?」

「口答えするなっ!!いいか、アイゼン王国王太子アーデルハイトが祖となる王の証を得る前に何としても縁を結べ!!」

「ああ……、なるほど。夢見ですか。……ククっ」

「何がおかしい」

「アイゼン王国から招待状が届きましたよ。王太子アーデルハイト殿下が祖となる王の証を手にしたと教会が認めたそうで、そのお披露目会への招待状が」


 ここに来て先代皇帝は、夢見でアーデルハイトが女王となり、祖となる王の証を手にしていることまでは知ったが、証を手にしたのが、いつなのかまでは夢見では分からなかったことに気付いた。

こんなことになるならば、第三皇子の画策を阻んでおくか、そうでなければ、皇子の誰かと仮婚約を結び直させておけば良かったと悔やんだ。


 その様子を皇帝は嗤いながら見ていた。

王たる証を持っていることで、先代皇帝はいつも他の皇族を見下していたことを息子である皇帝は、腹立たしく思っていたのだ。


 どのような基準で持って生まれて来るのか分からないが、皇帝からすれば、自力で得たものではないことを偉そうに、と考えることもあった。

王たる証が必要なことは分かっていても、それでも、それを理由に他者を見下していいとは思えなかったのである。


 「ああ、お祝いには是非とも父上がご出席くださいね。アイゼン王国国王もお会いしたいそうですから。父上に色々と教えられたことに感謝しているらしいですが、どうせ、王たる証を持たぬ家系が図々しく王となっていることに腹を立てていただけなのでしょう?素直な若者は、ときに厄介なものですねぇ。ククク……」

「…………。とりあえず、第一皇子を連れ戻せ。良いな?」

「分かりましたよ。帰還命令を書いて暗部に渡せば良いのでしょう?」


 だが、皇帝は知っていた。

第一皇子が亡命先で運命的な出会いをして、その亡命先で既に結婚してしまっていることを。


 父である先代皇帝が執務室から去るのを見送った皇帝は、おかしくて笑いが止まらなかった。


 「ええ、帰還命令を書いて暗部に渡しますとも。結婚したのだから、妻となった女性を連れて、顔を見せに来いとね」


 亡命した際に、第一皇子は継承権を放棄している。

そうしなければ命が危うかったからだ。


 継承権のない第一皇子を離婚させて、祖となる王の証を持ったアーデルハイトと婚約を結ばせるのは無理である。

祖となる王の証を持つ相手にそんな無礼なことは出来ないと、皇帝はサラサラと帰還命令書を仕上げた。


 「父上、あなたが動かしている暗部が、全てだとは思わないことです」


 王たる証を持つ者がとうとばれ、国に必要なのは確かではあるが、それでも人には心がある。

証を持った先代皇帝よりも、証はなくとも国のために必死で働く今の皇帝を支持する者もいるのだ。

 

 皇帝は、帰還命令書に「共にいる者も一緒に」と記し、それを信頼できる暗部の者に渡すと、いつものように執務を行なったのだった。


 

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